弱小領地の生存戦略!

俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?
征夷冬将軍ヤマシタ
征夷冬将軍ヤマシタ

25回目 初めての部下

公開日時: 2021年5月4日(火) 22:55
更新日時: 2021年5月16日(日) 02:07
文字数:3,362



「ようこそお越しくださいました、クレイン様」

「忙しそうだな。儲けているようで何よりだよ」

「まあまあ、貧乏暇なしというやつです」


 トレックに「会合の前に会いたい」という連絡を入れてから二日後。

 クレインはスルーズ商会のアースガルド領本店を訪れていた。


 今日は毒殺事件の前日になる。


 都合の合う日を教えてくれという文面を受け取ったトレックは、午後の予定が丸々空いている日を提案。

 少し待たされる形にはなったものの、秘密の会合は実現した。


『お貴族様との関係を最優先にしよう!』


 という商人は多いのだが。

 取引先との先約をキッチリと守るところも、クレインが彼を気に入っている理由だった。


 それはさておき、これからの話は重要だ。

 下手を討てないので、クレインは思考を現実に戻す。


「大事な話があるんだ。まずは人払いを頼む」

「大事な話ですか? 分かりました。奥へどうぞ」


 それなりに大きな店の二階に上がって、彼は一番奥の部屋へ通された。

 茶を淹れた後はクレインとトレックの貸し切りとなり、二人は高級そうなソファの上に腰かける。


「それで……お話というのは?」

「ああ、サーガ商会とヘルメス商会のことについて知りたくてな」

「私が知る情報でよろしければ、いくらでもお話ししますよ」


 そう言うトレックの口から出てきたものは、クレインも知っているものばかりだ。


 サーガ商会は財政が苦しいだとか。

 ヘルメス商会は王都で最も大きな商会だとか。

 毒にも薬にもならないような話である。


 基礎知識の確認がてらに聞いていたクレインだが。

 十分ほど話を聞いてから、いよいよ本題に切り出していく。



「世間的には、今聞いた話が全てだろうが。……もっと商人的な裏話を聞きたいな」

「と、言いますと?」

「どこの貴族と繋がりがあるか、とか。後ろ盾になるような人物がいるか、とか」


 商会の集まりを足掛かりにして、他の貴族と繋がりを持っていきたいのだろう。

 そう考えたトレックは。

 別に隠すことでもないので、何気なく言う。


「サーガ商会は東伯くらいでしょうか? ヘルメス商会は色々な家と懇意にしていますが……最近では北侯とよく取引をしているそうです」


 東伯とはヴァナウート伯爵、北候とはラグナ侯爵のことだ。


 つまりサーガ商会はロリコン伯爵との関係が深く。

 ヘルメス商会は因縁の仇敵である、ラグナ侯爵家と繋がりを深めているらしい。


 と、情報を頭で処理したクレインは。

 まず動きを止めて。


「え、あ、ああ。うん、そうか」


 数秒してから、途轍もないぎこちない返答をトレックに返した。


「他には……っと、どうされましたか?」

「いやいや何でもないんだ、続けてくれ」


 何気なく聞いたクレインは度肝を抜かれ。

 何気なく言ったトレックはきょとんとしている。


 その後も色々な家との逸話が出てきたのだが、クレインはもう気が気ではない。


 第一王子やブリュンヒルデがやったことと言えば、領主の殺害だけだ。

 クレインが政治的に邪魔だから頭をげ替えた。というだけの話になる。


 しかし東伯と北候は違う。


 東伯は「狙っていた少女との間に婚約を結んだ」という理由を掲げて、クレインどころか領地ごと滅ぼしてきたし。

 ラグナ侯爵家は「飛び地の間にあるアースガルド領が邪魔」という理由を付けて、街を焼き払い、人々を皆殺しにしたのである。


 今は乱世で誰も彼も危険人物だが。

 厄介な人物のツートップと関わりがあるというだけでも、クレインの警戒心はマックスだった。


 そんな背景を持つ商会が暗殺まで企ててきたのだから、もう数え役満だ。


「ああ、そういう・・・・ことね。はは……」


 ヘルメス商会に忍び込もうとしたクレインを、ブリュンヒルデが殺害しにきた理由も――何となく見えてきた。


 未来の世界で、ラグナ侯爵家には黒い噂が山ほどあった。

 麻薬や、違法な奴隷売買に手を出しているという噂が広まっていたのだ。


 そんな侯爵家と、仲良くしている大手の商会がいたらどうだろう。

 少しつつけば、後ろ暗い取引の一つや二つや三つや四つ、いくらでも出てくるはずだ。


 クレインがヘルメス商会へ不用意に乱入すると、ラグナ家との闇取引の証拠を速攻で消しかねないし。

 一度警戒されてしまえば恐らく次は無いのだ。


 第一王子から見れば、ここでの動きは今後に大きく関わるだろう。


 片や、クレインを味方にすることで手に入る影響力。

 片や、クレインの行動によって失われるラグナ侯爵家への攻撃機会。


 この二つを天秤にかけた時、不利益の方が勝ると判断した。

 だからブリュンヒルデは未然に殺害を実行した、ということだろう。


 全てが綺麗に繋がったことで。

 いや、繋がってしまったことで、クレインは追い詰められた気分になっていた。


「ああ、そうか、なるほどね」

「……あの、大丈夫ですか?」

「何でもない。急に面会の予定を入れて悪かったな。今日はこれで失礼す――」


 立ち上がろうとしたクレインの手を、がっしりと掴み。

 驚きで動きが止まった彼に目を合わせながら、トレックは力強い眼差しを向けた。


「クレイン様。顔色が悪くなったのは、商会と繋がりのある家を聞いた直後からですね」

「え、あ、いや……」

「隠さなくても結構です。その様子を見れば、何かのっぴきならない事情があることも分かります」


 そう言うなり。

 トレックは手を放してから、深々と頭を下げた。


「クレイン様のお声がけが無ければ、私は商会を潰し、部下を路頭に迷わせるところでした。……私は、貴方に恩があります」

「ト、トレック……?」

「何かご事情があるのなら、遠慮なく巻き込んでください」


 そこまで直球で来られると、クレインとしても言葉に詰まる。


 確かに未来では、あっさりと商会が潰れてラグナ侯爵家に乗っ取られた。

 今の時点で新規事業の利権に噛ませても、再起ができるかどうかはギリギリのところだったのだ。


 スルーズ商会が一番危ないと知っていたクレインは、第一王子経由ですぐに声をかけさせて――結果としてわずか数か月で復権した。

 元々の身代が大きかった分、サーガ商会などあっさり抜いてしまったくらいだ。



「命の次に大事な、商会を救われた恩があるんです。何か困りごとがあるなら、私も動きますよ」



 何もしなければ没落の一途を辿っていたはずの商会が、クレインの助力で再び表舞台に引き揚げられた。

 そう語るトレックの目は真剣そのものだ。情熱の炎すら見えるようだった。


「……なぁ。厄介な案件だって、分かってるだろ?」


 驚いたクレインではあるが。

 恩を果たすという姿勢に、嘘は見えなかったらしい。


「だからこそです。簡単に解決できる問題へ手を貸したとして、恩は返しきれませんので」

「……お人よしだな」

「利息がつくのが嫌なんですよ」


 軽口を叩いているが、要するに目の前の優男は甘ちゃんだった。


 部下を切り捨てられない。取引先が困っていたら助けたい。

 そんな義理人情こそが、トレック・スルーズの弱点だ。


 彼の周りを狙い撃ちするだけで、彼の力を削ることができ、あっさりと叩き潰せるのだ。

 それは倒しやすいだろう。


 そんなだから、ラグナ侯爵家の汚い謀略にあっさりと負けるんだ。


 などと呆れる一方で。

 この一本気なところもまた、クレインがトレックを気に入った理由の一つだった。



 輪廻のことはもちろん話せない。

 話せるのは今、目の前にある事実のことだけでも――それですら命の危険が及ぶ、危ない橋だ。


「話したら、後戻りはできない。分かってるな?」

「ええ。元より覚悟で」

「はぁ……分かったよ、それなら全部話す。ただし後悔するんじゃないぞ」


 軽い頼み事を引き受けるように、ごくあっさりと。

 平然とリスクを受け入れたトレックに対して、クレインはもう溜息しか出なかった。


「最後まで話すんだからお前も俺のお抱えで。もう一蓮托生だ」

「光栄です。……ああ、こうなれば私も、クレイン様の家臣のようなものですね」

「はは、違いない」



 こうしてクレインは、先代の頃から屋敷に仕えていた人間以外の部下。

 自分に忠誠を誓う、初めての配下を得た。


 一つ違うとすれば、田舎の純朴な雰囲気で生きてきた屋敷の人間とは違い。陰謀が渦巻く王都で戦って来たトレックには、裏方のこと・・・・・も相談できるという点だ。


 寄って来る人間の誰もが疑わしく見える中で、初めて信頼できそうな人物が現れたのだ。


 トレックと握手を交わしたクレインは。

 ずっと感じていた胃の重みが、少しだけ軽くなったような気がしていた。



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