正装に着替えて、家臣一同と共に客人を出迎えるクレイン。
「ようこそおいでくださいました」
「歓迎に感謝します」
彼が真っ先に着手したのは、婚姻による周辺との関係強化だった。
誰が顔合わせに来たのかと言えば。クレインの領地であるアースガルド領から見て南西の方角にある、ヨトゥン伯爵家のご令嬢だ。
家格が上の相手を出迎えるとあって、普段はゆるい雰囲気のマリーですら緊張の表情を浮かべていた。
「この度は急な申し出に応じていただいたのですから、こちらこそお礼を言いたい」
「いえいえ。当家の先代もアースガルド家のことは気にかけておりましたので」
さて、ここで地理の話になるが。
王国には東西南北に最低でも一つずつ、侯爵家と伯爵家が配置されている。
南の伯爵は南伯、西の侯爵なら西侯などと呼ばれており、南伯のヨトゥン家は平野部に一大穀倉地帯を持つ大勢力だ。
領土は当然広く、クレイン率いるアースガルド子爵家など比べ物にならないほどの力を持っている。
――しかし前の人生でも、ヨトゥン家からクレインへの縁談は来ていた。
彼は「南伯がアースガルド家の乗っ取りを企てているのか」と警戒して、話を流してしまった過去がある。
しかし今回は応じるどころか、自分から話を持ちかけにいったらしい。
実際には彼らとクレインが遠縁であり、両親を失ったクレインのことを気にかけていた先代ヨトゥン伯爵が気を利かせたらしいのだが。
彼がそれを知ったのは今から二年後くらいの話だ。
その頃にはお嬢様の嫁ぎ先が決まっていたので、他に年が近い縁者も見つからずに話は終わった。
それを思い出したクレインが正式な縁談を持ちかけたところ、二つ返事で婚約の了承があり。
最終決定前に、まずは顔合わせという運びになっていた。
最初の手紙を出したのが二週間前、そして顔合わせが今日だ。
クレインから届いた手紙の返答すのと同時に、お嬢様一行は出立準備を始めたらしい。
ヨトゥン側には急ぐ理由もないと思うクレインだが――驚きの速さで見合いは実現した。
「伯爵家の邸宅と比べれば質素とは思いますが。ご不便はおかけしませんので、どうぞご安心ください」
「ご謙遜なさらないでください。由緒を感じる、いいお屋敷だと思います」
前世では独身のままに一生を終えたクレイン。
彼は縁談にやって来た少女の姿を見て、生き残り戦略を立ててよかったと、心の底から思っている。
お見合いに来た少女は、かなりの美少女だったのだ。
サラサラの髪にぱっちりした瞳が印象的で。顔のパーツも整っており、抜群の将来性を感じさせる。
「クレイン様、如何されましたか?」
「はは、見惚れていました。お話はかねがね伺っておりましたが、噂で聞いていたよりも――ずっとお美しいな、と」
「まあ、お上手ですね」
クレインは、相手の容姿や性格に多少問題があろうと、南伯と縁を結べるなら我慢しようと思っていた。
が、お世辞を言う必要もないくらいの美少女が現れたのである。
性格も、一見して問題があるようには見えない。
彼女の姿を見たことがあったなら、前世でも謀略など気にせずに求婚していただろう。
歳は五歳差――現在のクレインが十五歳で彼女が十一歳――だが、貴族的には許容範囲でもある。
美しい妻を出迎えて、南方との関係を強化し。
南伯以外とも親戚づきあいを増やしながら、貿易を始めて領地の収入を増やす。
そうして勢力を増強して、兵力を増やし。金を稼ぎ、傭兵も雇う。
周囲とも力を合わせてラグナ侯爵家の侵攻を防ぐこと。
それがクレインの目標だ。
実際には多少戦力を水増ししたところで勝てるわけもないし、何かあった時に南伯や親戚たちが本腰を入れて救援に来る可能性も高くはない。
だが南伯がバックにつけば、おいそれと手は出せないだろうという打算もあった。
もちろん向こうにも政略的な意図はあるのだろうが、ヨトゥン家は主に善意で動いているのだろう。
そうでなければ、娘は同格の伯爵家へ嫁に出していただろうと予想はできた。
クレインは申し訳ない気持ちを抱いたが――ともあれ、お見合いはつつがなく続く。
「ご趣味は?」
「お茶と詩を少々」
などというテンプレートな会話が行われ、相性は別段悪くもないことを確認して。
その後数日、何でもないような日々を一緒に過ごし。
やがてヨトゥン領に引き上げたお嬢様御一行だが。
向こうに帰ってからすぐに、縁談を進めたいという親書が送られてきた。
何なら、年内には結婚式を挙げたいという要望付きでだ。
「……なあ、爺。婚約から結婚までって、こんなに短いものなのか?」
「いえ、お嬢様のお年がお年ですし、数年待ってもいいような気はします」
「そうだよなぁ。……まあ、早くて問題もないけど」
何故こんなに慌ただしいのだろうかと、多少腑に落ちないところはあったクレインだが。
彼としてもこのチャンスは逃したくない。
こんな何も無い領地が格上との婚姻を結べる機会は、恐らくこれっきりなのだ。
「何か嫌な予感はするけど、まあ、いいか」
アースガルド側もその提案を了承し、年内に披露宴をやることが決定された。
――しかし。クレインの不安が現実のものとなるまで、そう長い時間はかからなかった。
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