「まあ、考えてばかりいても仕方がない。まずはサーガ商会の従業員を全員拘束してくれ。財産の持ち出しはさせないように」
「承知致しました。閣下」
ブリュンヒルデにはサーガ商会への接収を任せて、クレインはヘルメス商会へ向かうことにした。
今回は趣向を変えて、表から、正々堂々と乗り込むつもりだ。
『お前の店で毒殺されかけたわけだが、何の詫びもなしか?』
という名目で、圧力をかけにいくというのが表向きの用事だ。
「あのジジイからも譲歩の一つや二つ、引き出してやるさ」
「ご武運をお祈りしております」
下手な小細工を弄するのは店に到着してからであり。
ブリュンヒルデには、今の段階では正直に訪問することを伝えておいた。
抗議に行くのは普通のことだし。接収も早めに済ませておきたい。
接収の指揮官はクレインでなくともいいので、抗議に行ってくる。
という完璧な理論武装をぶつけてみたところ、秘書官は特に口も挟まず従ったのである。
ブリュンヒルデがあっさりとサーガ商会の接収に向かったところを見て、クレインは衛兵たちに笑いかけた。
「まあ、実際には荒事になるわけだが」
「はぁ……またですか」
「ハンスにも活躍してもらうかもしれないが、基本的には俺がやるよ」
昼間に尋問と言う名の拷問を任せられたハンスは、まだ青い顔をしていた。
次はクレイン主導でやると聞いて少しだけほっとした顔を見せたが。
――近くで護衛をするなら、いずれにせよ現場は見ていなければいけない。
そこに思い至ったのか、ハンス率いる衛兵隊は顔色が悪いまま進んだ。
ともあれ、既に賽は投げられている。
前回よりも早い時間帯にヘルメス商会を訪問し、領主という身分を明かしながら乗り込んだのだから、強面の警備員も丁寧な対応でクレインを出迎えた。
下にも置かない対応で奥に通されたクレインたちは、貴人用の応接室に通される。
クレインと三人の護衛が部屋に入れば――ソファには既に、商会の主が座っていた。
「おお、クレイン様。ようこそお越しくださいました」
「飲んでいたのか」
「ええ、お飲みになりますか?」
「いや、酒は止めておこう」
笑顔でワイングラスを傾けるジャン・ヘルメスが待ち構えていたのだが。
暗殺事件の追及をされると知ってなおこの態度とは、ドミニクとは役者が違うな。と、クレインも警戒を強める。
領主が飲まないというので、流石にワインは片付けて。
代わりに紅茶が運ばれて来たところで、話し合いは始まった。
「さて、用件は先ぶれで伝えた通りだ」
「そうですな。我が商会が経営するレストランで起きた事件ですので、聞き取りをされるのは当然のことです」
好々爺然として笑うヘルメスは余裕の態度を崩さず。むしろクレインよりも先に一手を切り出す。
テーブルの影から大きめの木箱を取り出し、ソファに腰かけたクレインの前へ差し出した。
――迷惑料を支払って、手打ちにしようとしているのか?
と、クレインが今後の展開を予想していれば。
無造作に開かれた箱の中には、首が二つ入っていた。
「サーガ商会から小金を渡され、ワインに毒を仕込んだ輩です。こちらで手討ちにしておきましたので、お納めください」
「随分と、動きが速いな」
「ええ。商人は信用が第一ですので。……この者の勤続年数は二十年。この者は支店の采配を任せた者だったのですが、まさかこのようなことになるとは……」
急に生首を出されたクレインは内心で驚いているし、彼の後ろに立つ衛兵たちはもう顔面蒼白だ。
「まったく、残念ですよ。ええ」
内部調査で犯人捜しを終えて、裏切者は既に処分しておきました――と、笑顔で語る老人。
そこには得体の知れない薄気味悪さがあった。
用済みになれば、自分の部下ですらあっさりと殺し。
その首を笑顔で献上する様を見て、クレインは己の認識を改める。
目の前にいるのはやり手の商人などではなく、もっと悍ましい怪物なのだ、と。
「……そうか」
「もちろん首だけで済むとは思っておりません。慰謝料も相場の倍でお支払い致しますし、便宜も図らせていただきますとも」
そしてクレインは直感した。
これは謝罪などではない。
便宜を図るという名目で安く商品を流し、ヘルメス商会が無ければアースガルド領は立ち行かなくなるところまで、雁字搦めにするつもりだ。
サーガから聞き出した仕打ちを聞けば、善意であるはずがない。
シェアを奪った時点で、クレインにも無理難題を吹っ掛けてくるに決まっている。
「なるほどな」
しかし今は情報を聞き出すことが先だ。
そう思い直し、クレインは笑みを浮かべる。
「まあ、こちらとしても大いに頼りたいところではある。……ヘルメス商会長は、何も知らなかったんだな?」
「ええ、もちろんでございますとも」
領主への毒殺を目論んだのだから、自分の命が危ういことは分かっているはずだ。
ましてや共犯者のサーガは既に捕まっているのだから、高確率で口は割らされている。
そうでなくとも、任命責任やら監督責任やらで追及することはできるし。
クレインがもう少し直情的な性格をしていれば、この場で首を刎ねてもおかしくはない。
しかしクレインの経歴や性格から判断して、理性的に、最も利益が得られる道を選ぶと踏んだのだろう。
そこまで計算の上で計画を立てていたのだとすれば、恐ろしく頭が回る男だ。
クレインがそう思っていれば、ヘルメスは次なる手を打ってきた。
「主犯がサーガとはいえ、当商会の不手際でもございますので。特に不足している食料品は三割引きで、今までの倍ほどの量を卸すことをお約束しましょう」
そして詫びとして用意された財貨に手を伸ばせば、知らぬ間にアースガルド領全域へ毒が回る。
大金と引き換えに、ヘルメス商会へ依存しなければ領地が立ち行かなくなる――甘美な毒だ。
領主への殺害が失敗したと見るやすぐさま懐柔策に切り替える辺りから、柔軟性も感じられる。
「ふむ……輸送能力は足りるのか?」
「ええ。他の地域から応援を呼んできます」
仮にクレインが、人生を繰り返していなければ。
仮に複数の情報網から、裏事情を聞き出していなければ。
仮にヘルメス商会と組むラグナ家が、三年後に何をするのかを知らなければ。
あっさりと罠に嵌まり、また領民たちを犠牲にしたのだろうなと。クレインは目を閉じて想う。
思案したのは数秒のことだ。
目を開いたクレインは、真っ直ぐにヘルメスを見つめて話す。
「まあ、悪くない話だ」
「これが当商会からの誠意でございます。ああ、こちらの金子もお納めいただければ幸いです」
しかし今までの仮定はあくまで、仮の話だ。
今のクレインとは全く異なる、本来の人物像でしかない。
「クレイン様。私はこれから先も、末永く。仲良くしていきたいと思っているのですよ」
目の前の老人は謝るフリをしながら。
まんまと罠にかかった。とでも思っているのだろう。
踊らされたフリをして、情報を集める。
クレインとしても、それが最善手だと分かってはいた。
――しかし。
三日月のように目を細めて笑っているヘルメス。
その奥に覗く昏い瞳を見た時――何故だかクレインは、どうしようもなく自制が利かなくなった。
彼は笑顔のままでいるヘルメスの頭へ手を伸ばし。
白髪頭を力任せに掴み。
そのまま顔面を、応接室のテーブルに叩きつけた。
「がはッ!? な、何を!?」
ドガッ! という音を立つほど強く、ヘルメスの顔面をテーブルにぶつけてから。
クレインは、目の前の老人を見下しながら言う。
「悪く無い話だ――が、ふざけるなよクソジジイ。そんな甘言に、乗るワケがないだろうが」
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次回、領主様大暴れ お楽しみに。
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