そして、四ヵ月が経った。今は八月の半ばだ。
この間にクレインが何をしていたのかと言えば――特別なことは何もしていない。
少し頑張って内政をしたくらいだろうか。
「あ、あの、クレイン様。このような財産の使い方は!」
「父上は、いざとなったらこの金を使えと言っていただろう」
何もしていないというか、彼は時期を待っていた。
クレインは今日のために。各地の街へとある広告をバラ撒いていたのだ。
「献策大会の受付はこちらでーす。出場部門ごとに別れてお進みくださーい」
執事長がクレインに「本当にこれでいいのか」と抗議していると。
ちょうどメイドのマリーがプラカードを持って、集まった大勢の人間を誘導しながら通り過ぎていった。
今回アースガルド領に集まったのは、学者、兵法者、傭兵崩れ、商人など。
統一性のない無数の人が、クレインの屋敷の前に、わいわいがやがやと詰めかけている。
「領地は発展させたいが。正直な話、俺の頭では限界がある」
「だからと言って、賞金に大盤振る舞いをし過ぎではないかと……」
「大丈夫だって」
そう、クレインの腕では無難な内政以外はできない。
だから各界の有識者を根こそぎ集めて、子爵家の貯蓄の八割を賞金にした大会を開くことにしたのだ。
領内を発展させるアイデアを出した者には高額賞金が出るとあって、かなり遠方からも人が来ているし。
目に留まった者は片っ端からスカウトする算段でもある。
「有望な人材が集まってくれば領地は安泰だ。それに父上も、贅沢品に金をかけるくらいなら人に使えと言っていたじゃないか」
「それはそうですが、これは何かが違うような……」
無駄遣いをせずに二百年、アースガルド家が七代かけて築いた財産は色々ある。
蔵に貯めた金貨や銀貨はもちろんだが、土地や牛、馬、屋敷や関所などの建物なども資産の一つなのだ。
その中で、今回手放すのは現金のみ。
ただし、そのほとんど全部を、今回の大会で放出する。
土地や牛などを急に現金化するのは難しいので、飢饉でも起これば一発でアウトな状態になっているのだ。
執事長の慌てぶりも無理はなかったが、クレインは余裕綽々である。
「冷害に備えて、北方品種を買い付ける策は当たっただろ? 大丈夫だから、もっと俺のことを信用してくれよ」
「ううむ……そこまで仰るなら、何も申しませんが」
七月の後半辺りになると、冷夏の影響が目に見えて出ていた。
近隣で不作の影響を受けていないのは、アースガルド領くらいのものである。
あそこまで時流を読めるなら、外部の意見などいらないのでは?
という意見は飲み込み。
主人の政治手腕や先見の明は確かなようなので、執事長も素直に引いたようだ。
さて、本日開かれた大会だが、三部門ある。
まず開発政策部門。
農業、工業、鉱業、鋼業と、まあ産業にも色々あるが。
アースガルド領に突出した分野は一切なく、ごく普通の領地になっていた。
今ある資金を、どこにぶち込めば効率よく発展できるか。
要するに、経済で言うところの「選択と集中」の提言をさせる部門だ。
六人でグループを組み、激論を交わしていた――が、皆、目に$マークが見えるような有様だった。
「私の調べによれば、南東の森林にはまだまだ鉱石が埋まっています!」
「そうですね、当家の歴史書にも、それらしき記載がありました」
「情報を組み合わせよう。最優秀賞を獲るのは我々だ!」
この部門では、儲けが出せそうな提案をした全員に賞金が出ることになっている。
そのため足の引っ張り合いは起きず、同じテーブルになった面々が力を合わせて、賞金獲得を目指していた。
先ほどからクレインも聞き耳を立てたりしているのだが。近場に銀の鉱脈がありそうだ、などという話まで出てきている。
どこまで信頼できるかは怪しいが、大鉱床が見つかればそれこそ一発逆転は可能かもしれない。
「願わくばいいアイデアがでてきますように……っと」
冷やかしがてらに各テーブルを回ってみるが、どこも大盛況だ。
この分ならいい献策も出てきそうかなと思いつつ、彼らは歩いて行く。
そして、次にクレインたちが様子を見に来たのは軍事政策部門だ。
どことは言わないが、外敵が攻めてきた場合の撃退方法を論じる部門である。
この部門に出された、今日のお題は三つ。
三千人の敵が攻めてきた場合。
二万人の敵(騎兵多め)が攻めてきた場合。
三万人の敵が攻めてきた場合。
それぞれで、どう守ればいいかという論題になっていた。
一番現実的な、自分たちと同程度の相手というのはダミーで。
期待しているのは伯爵家と侯爵家の軍勢を相手に粘る方法である。
これは別に、勝てなくてもいい。
生き残れそうな方針を示した者たちに賞金が出ることになっていた。
「北西の丘を利用して、遅滞戦術をするしかなかろう!」
「援軍のアテも無いのに、侵攻を遅らせてどうするってんだ!」
「やあやあ、そこは某に案がござる」
地政学などに優れた人間が集まり、よく見れば他家の武官も紛れているのだが。
お小遣い稼ぎなのかスパイなのかクレインには見分けがつかないし、追い返すメリットもない。
だからこれは放置してある。
というか、そこら中にどこかで見たような顔が並んでいるのだから、執事長は苦笑していた。
「……しかし、堂々と出席する他家の家臣を見るのは、どうにも違和感がありますな」
「どこも苦しいんだろ?」
少し前に王族の毒殺事件が起きたのだが。
その後は本来の歴史通りに、どこも生き残りをかけて必死だった。
より強い家にすり寄るために接待で金を使い果たしたり。
財宝を献上して守ってもらおうとしたり。
とにかく、貧乏になる中小貴族が続出したのだ。
そこに来て不作の予兆が出てきたのだから、各家は戦々恐々としていた。
既に倉庫はすっからかんなのに、夏野菜の収穫高はかなり低い。秋の収穫も似たようなものだろう。
極貧生活を強いられた領地があれば、給料未払いで暴動が起きる領地も出てきている。
こんなご時世に、自分の能力を活かして出稼ぎに行こうとする家臣たちを誰が責められようか。
というわけで、巨額の賞金に釣られた賢者たちが大挙して押し寄せていたわけだ。
「ふむ。それにしても、あちらは盛況のようです」
「そうだな。やはり格闘技は盛り上がる」
そして最後に武闘部門。
各地から集結した荒くれ者どもが本気で戦い、仕官を目指してトーナメントの優勝を目指す部門だ。
仕官の権利は副賞であり、ほとんどの人間が賞金目当てで戦っているのはご愛敬だろう。
クレインはこの間、伯爵家の軍勢と戦って分かったことがある。
自分に軍隊を指揮する才能は無いし、兵士たちは弱兵ということだ。
一から鍛え直してくれるような猛将はいないかな、と、前二つの部門のオマケで開催されていた。
「おっ、あの槍使いは強そうだな」
「ふむ。剛槍のランドルフという名前でエントリーしているようです。無所属の浪人ですな」
「それはいい。後でスカウトに行こう」
そんなことを呟きながら、クレインは見どころがある参加者たちの名前と所属。それから住所を暗記していった。
さて、午前から行われた各種の大会は無事に終わり、有益な情報は収集できたと言っていいだろう。
クレインが一人で政策を考えた時よりも、遥かに具体的な政策が並んでいるし。集まったアイデアの数も段違いだ。
有力な在野の将もチェックし終えたので。もしも次があるなら、大会を開かずとも仕官の打診ができる。
「むしろ今年の冬くらいにスカウトした方が、安く買い叩けたんだけどな……」
時が経つ毎に苦しい台所事情の家が増えるので、少し時間を置けば切羽詰まった有力な人材を、少ない投資で集めることはできる。
しかし残された期間は三年しかないのだから、領地の改革には早めに手を付けたいところだった。
――だから賞金額を跳ね上げることで、各地から強引に人を集めて見せたのだ。
そして結果は上々。
各家の機密に触れるか触れないか。ギリギリの情報を叩きつけ合った献策大会は、大盛況で幕を閉じたことになる。
「くくく……金に目が眩んだ賢者たちから、色々な情報が手に入ったぞ。これで領地を発展させていこう」
これはあくまでも先行投資だ。
仕官者希望者もそれなりに出たので、稼いだ金をアースガルド領で消費して、経済を回してもらおう。
蔵で眠っていた金が市場に出るのだから、領内の経済活動は活発になるはずだ。
と、そんな目論見もあった。
「完璧だな。少し高くついたが、武将も文官も集まったし。改革のアイデアもざっくざくじゃないか。……よーし、やるぞッ!」
狙い通りに思うさまアイデアを集めたクレインは、ここから一気に内政を進める決意をしつつ。
民衆の前で、各部門の受賞者に賞金を配っていったのだが。
◇
「クレイン様は何を考えてんだ!!」
「そんな金があるなら税を下げろ!」
後日。この不景気にこんな無駄遣いをするボンクラ領主を嘆く声が続出した。
クレインの屋敷前ですら、領主へ抗議するデモ活動が行われる始末だ。
「み、皆! 落ち着いて俺の話を聞いてくれ!」
「引っ込めー!」
「いったぁ!?」
領地の北部で反乱が起きそうになったと聞き、慌てて説明に出てきたクレインに対して。民衆は怒りを鎮めるどころか、盛大なヤジを飛ばしていた。
そして集まった民衆の誰かが放り投げた石が、クレインの頭にクリーンヒットすることになり。
「貴っ様ぁ! クレイン様に何をするかぁッ!!」
その様を見た衛兵隊長のハンスは槍を片手に、暴徒と化した市民を取り押さえようとしたのだが。
「うるせぇ! 領主の腰巾着が!」
「構うことはねぇ! やっちまえ!!」
「ぬ、ぬぉぉおお!?」
と、衛兵隊と住人が乱闘騒ぎを起こして、街中は騒然とし――
――頭にぶつかった石の当たり所が悪く、クレインは死んだ。
王国歴500年8月13日。
この日、アースガルド領で反乱が起きた。
乱戦の最中に領主が死亡し、アースガルド家の歴史は終わりを告げる。
信長の野〇で言えば蜂須賀小六レベルの将が数人いたのですが、獲得失敗です。
ちなみに人類史上最も多くの人類を殺した武器は、剣でも銃でもなく「石」だとか。
そして次話から、ようやくクレインにも運が向いてきます。お楽しみに!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!