弱小領地の生存戦略!

俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?
征夷冬将軍ヤマシタ
征夷冬将軍ヤマシタ

55回目 灼熱の想い

公開日時: 2021年10月8日(金) 17:06
文字数:4,482



 考えてみれば妙な話だ。

 今までクレインは、自分は義務感から領民を守りたいものと思っていた。


 しかし、その責務だけで数十回も殺され。

 なお心が折れないものか。


「南に向かった者も、南伯が始末してくださるのでしょう?」

「ああ、領地の境目で殺すように言い含めておいた」


 どうしてこんな辛い思いをしてまで、輪廻を繰り返したのか。


 何をしても報われず。

 味方だった者に憎悪をぶつけられ。

 周囲は敵ばかり。

 それも国が誇る大勢力ばかり。


 どこをどう動かしても、生き残るための勝ち筋は見えなかった。

 最後は上手くいきそうだったが、一生暗殺者に狙われる道だ。


 それでも今回の静養期間を経て、彼はまた立ち上がろうとしていた。

 それは何故か。


 どれだけ忘れようとしても、例え記憶から消されていようとも。

 心のどこかでは覚えていたからだ。


「こんな呪法に頼るとは私も落ちぶれたものですが……ええ、ヘルメスの言う通り。試すだけならタダ・・ですからね」


 己の家臣を。

 愛した人を。

 故郷を。

 彼を慕う領民たちを。


 その全てを犠牲にした者たちが、良心に何らの呵責かしゃくも覚えていないこと。

 何一つ、悪びれる様子がないこと。


「さて、起動はできたようですが……伝承通りだとすれば。下賤な血・・・・を触媒にしても、戻れるのは二、三年ほどでしょうか」

「二年あれば十分。儂らの目的は果たせる」


 今も平然と生贄を足蹴にし、術を発動させようとしている場面を見て。


 彼は思い出す。


 ここに至り、失われていた記憶の全てが蘇り。

 己の原点を思い出した。


「呪文が魂に定着するまでの間、おおむね半年ほどは意識の混濁があるそうですが。――まあ、大した障害でもないでしょうからね」

「成功するまで、ただ繰り返せば良いからな。……それが本物ならば」


 やり直しを始めた当初は、あらゆる記憶が飛びがちになっていたこと。

 トラウマの封印が上手くいったのも、この副作用が上手く働いた結果だった。


 クレインも一時期、己の記憶力が急激に落ちたことを疑問に思っていたが。それは術が身体と馴染んでいなかったが故のことだ。


 始まりの記憶を失っていた理由の全てに、納得ができた。


 しかし今の彼にとって、そんなことはどうでもいい。

 もう、封印する必要が無いからだ。


「疑り深いお方ですね。ただの与太話を、王家の秘伝として扱うわけがありません」

「酔狂で記録を残す変人もいると聞くが……。いずれにせよ、すぐに分かることだ」


 東候はある程度信用を置いているが、東伯は欠片も信じていない。

 その意見が出るたびにヒリついた空気が流れるところを見れば、まったくの一枚岩では無いと見えた。


 しかし誰がどのような思惑を持っているか。彼にとっては、それすらどうでもいい。


 この記憶を取り戻した彼が、何をするか。

 この光景を見た彼が、どう行動するか。

 全ては本来の歴史通りだ。


「しかし、西候も意外と頼りない」

「その点については、我が配下の不甲斐なさもございます故」


 西侯と、東侯の配下にある貴族家で挟み撃ちをさせても、北侯は健在だった。

 それは王家の支援があることも大きいが。


 そんな裏事情も、今は置いておく。


 今の彼は、ヘルメスに向けた感情とは比較にならないほどの激情を胸に抱き。気絶させた兵士から剣を奪い取ると、足が赴くままに中庭を抜けて食堂のドアを開けた。


 回り道をしたのは、窓から入れば彼女までの距離が遠いからだ。


「王は都から落ち延びる姫を、アースガルド領で捕えようとしたようですな」

「ええ、それで随分足止めされたものですが。移動経路も変えてみて……ん?」

「どうされました、姫様――」


 ヘイムダルとヘルメスは、正面から乗り込んで来たクレインを見て固まり。

 二人は言い訳をしようかと、手を伸ばしかけた。


「し、子爵、あの、これは……」

「ほっほ。これはまた……どうしたものか」


 しかし足元で彼の家臣が死んでいるところを見られては、まともな交渉などできるはずがない。

 だからすぐに、穏便な説得は諦める。


「……子爵、立場は分かっておろうな?」

「こうなったのには、その。事情がありましてな。子爵領での反乱を成功させれば、このことも恩賞に含まれるはずだから……い、一度落ち着いてほしい。でないと、なっ?」


 ヘルメスは、不穏な動きをすれば殺すと脅し。

 ヘイムダルは怪しい儀式のために人を殺した気まずさからか、言い淀みながら飴をチラつかせる。


 だが、その二人はクレインの視界に入っていない。


「……マリー」


 二度目の人生で目覚めた直後。

 彼女が何者かに殺害される映像が頭に浮かんでいた。


 街中で、兵士から無差別に虐殺される絵ではない。

 それは今の光景と、寸分の違いなく重なる。


 違いがあるとすれば、今の彼女は彼の子どもを身籠っていた。

 その点だけだろうか。


「あら、この使用人はお手付きでしたか?」

「ひぇひぇ。それは悪いことをしたかの。……まあ気にするな。女ならいくらでも宛がってやる。もっと上玉をな」


 小首を傾げて、可愛らしく聞くアクリュース。

 マリーよりもいい女を用意してやると上機嫌で笑うヘルメス。

 彼女たちは、人の心が分からないわけではない。


 力と権力で全てをねじ伏せることができたため、人の心を考える必要が無くなっていただけだ。


 目の前にいる人物が今、彼女らに対してどのような気持ちを抱いているのか。

 それを考えることすら、必要無いと思っている。


「……ふぅむ?」

「子爵。このようなやり方は好かんが、生き残りたければ考えることだ」

「さ、さあ子爵。賢明な判断を!」


 クレインの様子がおかしい。

 そこに気づいた東候は値踏みするような目を向け、東伯は腰の剣を抜いた。

 ヘイムダルは東伯の陰に隠れたが、彼は最初から最後まで眼中に無い。


「贄が必要でしたら、最初から教えてくだされば良かった」


 王女の方を向いて、少し俯きながら。

 クレインはゆっくりと呟く。


「貴方が、用意してくれたと?」

「必要な人間がいましたので。……死ぬなら、不要な者だけで良かった」


 燭台の光は、当たり加減が悪い。

 だから王女の位置からはクレインの顔が見えないとしても、その表情は無感動に見えていた。


「家臣を殺された程度では、動じませんか」

「それくらいの損得勘定はできるようですな。……まあ、使い道はあるでしょう」

「そ、そうです子爵。それが利口な行いですぞ?」


 ヘイムダル男爵は身の危険を感じて本能的に後ずさったが、これは本能の話だ。


 殺されていった者たち。

 守れなかった己のふがいなさ。


 そして何より。目の前に立つ、薄ら笑いを浮かべた女の顔。


 その女に下卑た顔をして追従する者たち。

 殺しておいて、何の関心も持たない者たち。


 それらを前にしてクレインが抱いた感情は、あらゆる動物が生まれながらにして持つ、本能から生まれ出ずるものだった。


「ええ、そうです。この世に不要な人間から、死ぬべきだ」


 そう言って、クレインは兵士から奪い取った剣を抜き。

 迷わず、王女を殺しにかかる。


「――やらせん」


 東伯が横合いから剣でクレインを突き、彼の胸からは明らかに致死量の血が溢れ出した。

 しかし、その程度では止まらない。


 歴戦の武人が放った一撃でも、既に痛みなど感じていない。

 彼は感情のままに、アクリュースの首筋へ剣を叩きつけにいく。


「チッ……死兵、か」


 東伯はクレインの胸に突き立てた剣を押し、その攻撃を空振りさせようとしたが、最初から死ぬつもりで仕掛けたクレインは強引に剣を振り切った。


 そして王女の首を落とすことは叶わないまでも、その首筋を浅く切り裂くことには成功する。


「え? きゃあ!?」

「姫様ッ!」


 直撃とは言わないが、首筋に剣が掠ったのだ。

 殴られたことすらない王女は、床の上を転げてから呆然としていた。


「血? わ、私、の……?」

「な、何をバカなことを!」

「医者を呼べ! 止血するんだ!」


 王女は深手でもない。精々が服の首回りに、赤い染みを作る程度だ。

 床まで流れることすらない。


 しかし初回の人生では、王女まで剣は届かなかった。


 剣術の研鑽に励み、二年半の修練を積んだこと。

 その時間は無駄ではなかったと噛みしめながら、クレインは膝をつく。


「復讐のつもりか。こんなことをして、何の得がある!」


 ヘルメスは焦りで声を荒らげるが、それで動じる段階など、何十回も前の人生で既に通り過ぎている。


「思い、出したからな」

「何を……この、気狂いがぁ!」


 ヘルメスはクレインの肩を足蹴にして踏みつけたが、もう痛みは感じていない。

 それは死に際ということもあるが、精神的な理由の方が大きかった。


 自分を突き動かしていたものは領地を失ったことに対する、悲しみではない。

 民が命を失ったことへの哀れみでもない。

 ましてや嘆きでなど、あるはずがない。


「……ふざけるなよ」


 その身を焦がす激情。それは全ての動物が当たり前に持つ、本能。


 怒りの感情。


 頭で忘れていようと、心が覚えていたもの。

 それこそが、これまでクレインを動かしてきた原動力だ。


「……もう、二度と。諦めるものか」


 全てを思い出した彼は、決意する。

 幾度の人生を生きようと、幾度となく死のうと。必ず生きて、最上の未来を掴み取ると。


「こんな、理不尽が。許されて……たまるか」


 平穏な未来を勝ち取るだけでは足りない。

 身勝手な理由で数多の人々を不幸に陥れた悪漢どもに、必ずや報いを受けさせてやると。


「絶対に……。何が、あろうと」


 彼は己に、今まで犠牲にしてきた全ての者に誓う。


 そして、憤怒。ただ怒りの感情を胸に灯し、この場の全員を睨みつけた。



「一人残らず。俺が、必ず――――!」



 剣を取り落とし、力尽きる寸前に彼は叫ぶ。

 断末魔とはまた違う、獣の如き咆哮だ。


 目を見開き、食い殺さんばかりの視線をヘルメスに向けた。


「ひっ!」


 クレインは微かに涙を浮かべているが、悲しみによるものではない。


 怒りの涙、そして咆哮。


 尋常でない様子のクレインを見て、流石のヘルメスもたじろいだ。

 しかしそれを見た東伯は真顔のまま、クレインの頭上に剣を掲げる。


「仇討ちのために命を落とすか。……嫌いではないがな」

「な、何を悠長な! さあ、トドメを!」


 焦ったようにヘルメスが急かすと、東伯は刃を振り上げた。


 しかし王女を押し退けて、クレインが今いる場所は、どこか。

 気づいた王女がその動きを止めるのは、間に合わなかった。



「い、いけません、そこ・・で殺しては――!」



 刃が振り下ろされ、クレインの命は尽きる。

 しかし。彼が死んだ場所は、初回の人生・・・・・と変わらず・・・・・魔法陣の上だ。

 既に王女が垂らした少々の血など、クレインが流した致死量の血で塗り替えられた。


 たとえ東伯に斬り捨てられて、刃が届かずとも。

 初回の人生で、刺し違えてでも王女を殺す決意をしなければ、何も変えられなかった。


 クレインにこの術がかかることもなく、彼の歴史はここで終わっていただろう。


 だが――王女が自分に掛けたかった術は、既にクレインへ掛かっている。

 彼は使命を果たすまで、何度たおれようと蘇る。



 戻るは王国歴500年4月1日。



 折れていた心は既に癒えている。

 消えていた情熱には再び火が灯った。


 生き残るだけでは、足りない。


 胸を焦がす灼熱の想いを抱き、彼は再び立ち上がる。



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 次回 プロローグ「物語の始まりに」


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