現状の問題点を確認する回になります。
三章では主に、兵力の拡大を目指してやっていきます。
銀山が安定して稼働してからというもの、クレインの領地は黄金期を迎えていた。
収入は右肩上がりに爆増しており、昨今の不景気の中でアースガルド領だけが飛躍的に力を付けている状態だ。
全てが順調のまま、時は流れている。
そして、季節はもうすぐ冬という時期になって――クレインは頭を抱えていた。
「兵士を増やすのって、難しいんだな」
元々アースガルド領では、屯田兵を採用してきた。
普段は農家をやっていて、有事の際には兵士として働くという形だ。
兵士専門の人間など五十人もおらず、大抵は有事の際に素人を徴兵するのである。
一応訓練は受けているので、予備役制と言ってもいいかもしれないが。
ともあれ、この制度を変更してプロの戦闘集団を作ろうとすれば、いくつかの問題が持ち上がっていた。
「何はともあれ、食料が足りない」
アースガルド領はバランス型の領地だ。
牧畜も農業も鉱業も何もかも。突出したところが無い代わりに、領内の生産物だけで生活を回していけるような安定経営をしていた。
しかし銀山の出現を皮切りに、鉱業へ特化した街づくりが行われている。
銀以外にも資源は見つかっているので、未踏の大森林を急激に開拓中だ。
副産物として木材を輸出できるようになったし。林業のノウハウについては王宮からの出向組が知恵を出したので、形にはなってきた。
新規の分野が伸びる分、人口も加速度的に増加してはいるのだが。
そうなると、今度は民を食わせていくための食料が不足してきたのである。
今のところは上手く回っているが、兵を増やすとなればまた話が変わってきた。
「ブリュンヒルデ。兵士を雇えるとして、どれくらいの数になるだろう?」
「平時であれば人口の2パーセントまでと言われていますが、アースガルド領の食料事情を考えれば、1パーセントほどに抑えた方がよろしいかと」
「だよなぁ」
農業生産高が高い肥沃な地域なら別だが。山がちなアースガルド領では戦争が無い時で、人口百人につき兵士一人が適正になる。
戦働きの核となる、ベテラン兵を囲える数はそこで限界だ。
緊急時にはもちろん徴兵するが、上限は人口の20パーセントと言われている。
それを超えてくると、戦後の経済立て直しが利かないどころか。社会機能の維持が難しくなってくるのだ。
クレインも二回目の人生で、東伯と呼ばれるヴァナウート伯爵家が攻めてきた際に、三千の兵士を動員したことはあった。
あれが、当時のアースガルド領に出せる限界に近い数である。
「今の人口は領都で二万前後、次に大きな街で五千、その次で二千。その他の村とかを全部合わせて、更に三千ってところか」
領地全体の総人口が三万人ほどになろうとしているので、戦時に根こそぎ動員すれば六千ほどの兵が確保できるだろう。
しかし、今領内にいる人間が三万人というだけで。中には出稼ぎの労働者がかなりの割合で入っているのだ。
戦争が始まれば地元に帰る人間も多いだろうと予想は着くので、クレインの中では五千ほどの兵が集まれば上出来だと思っている。
「元々の限界が三千だと考えれば、この半年で補強できたのが二千くらいだ。1.6倍の兵数になったと言えば、中々強化されたものなんだがなぁ……」
つまり、一年につき四千人の兵が徴兵可能になるペースで成長している。
これが三年間続ければ、一万二千ほどの戦力が増やせるのだ。
元からいた三千の兵を合わせれば――クレインの目標である、兵数一万五千が実現できる。
「しかしここに来て、食料問題が出てきた」
「ええ。何か手を打つ必要はございますね」
基本的に、兵士とは何も生産しない職業だ。
兵士の数が増えるほど、農業や商業に従事する人数が減る。
やろうと思えばできる数。徴兵できる兵士の限界が人口の二割だ。
とは言っても。本当に人口の二割を戦争のために動員すれば、その場を凌いだところで領地の経済が破綻してしまう。
「最大兵力になるように徴兵したら、どれくらい保つものだろう?」
「兵となるのは、ほとんどが働き盛りの若い男性です。備蓄の量を見ても、半年がいいところかと存じます」
「村や街から、男手が全部消えるんだもんな……そりゃあ、キツイか」
戦場には、基本的に戦える年齢の青年たちを連れて行く。
兵士たちが戦場に出ている間。彼らは金と食料を食い潰すだけで、何の利益も生まない。
農作業の効率はかなり低下するし、鉱山の稼働率も落ちるだろう。
何より、大規模な開戦が行われた場合。
生き残りが女性に偏れば出生率が大幅に下がり、あとはもう坂を転げ落ちるだけになるのだ。
「この間読んだ兵法書に、「戦争の極意とは戦争を避けること」と書いてあってね」
「はい」
「何のことだ、戦い方を教えろと思ったものだが。まあ、現実的にはこういう問題があるからなんだよな」
クレインの目標は領地の存続なので、できれば最大動員兵力は人口の一割ほどに収めたい。
そしてクレインが目指す兵数はラグナ侯爵家の半分である、一万五千。
逆算すると二年半後までに、人口十五万に届かせなければいけない。
半年前までの人口が二万足らずだった領地を、二年半後には十五万に届かせる必要が出てきた。
つまり単純に考えれば、発展のペースを二倍にしなければ追いつかない計算だ。
しかしここで最初の問題に戻る。
戦争云々を抜いたとして、増える人口を支えるだけの食料が無いのだ。
「金ならいくらでもあるんだがな……」
「不作の影響が響いておりますね」
圧倒的な資金力を持ち始めたクレインでも、買えないものはどうしようもない。
冷夏の影響で、ヨトゥン伯爵領でも例年ほどの作物は収穫できず。そもそも買い付けできる食料の数に限界があった。
農村などには十分な食料が回っているものの、食料が足りない地域はどうしても出てきており。
クレインの本拠地である領都は、輸入に頼っている状態なのだ。
「南伯との関係が悪化したら終わるな、これ」
「……左様でございますね、閣下」
食料の大部分は、南伯と呼ばれるヨトゥン伯爵家からの輸入品だ。
運搬するのは第一王子が声掛けをして集めた大商会のメンバーとなる。
商会の中には堂々と裏切りを企む曲者がいることは分かっているし。王子が裏から回している人脈的な支援が途絶えたら、それはそれで詰む。
「……ああ、まあ、来年が豊作であることを祈ろう。今のところは少数精鋭で回すしかないんだから、まずは兵の鍛錬からだな。将を用意しないと」
「騎士の派遣を追加で要請しますか?」
「殿下から人手を借り過ぎて、殿下の活動が滞っては本末転倒だよ。どこかから人材を引っ張ってくるしかない」
第一王子は絶賛裏工作中のようで、味方になる貴族を増やしている最中らしい。
手足となる人材を借りただけその効率は落ちるだろうし、何よりあまり借りを創れば後々が恐ろしい。
ということで。
「まずはスカウトからだな」
と、クレインは少数精鋭の猛者を集めるべく、方々に向けた手紙を書き始めた。
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