「お前今は俺の部下だろうがッ!!」
掟破りの、総大将御自らの特攻に失敗した男。
潜入前に命を落としたクレインは、理不尽を嘆いていた。
お目付け役の意味合いが強そうだとして。
一応ブリュンヒルデは、補佐官として貸し出されているのだ。
どうして部下からあんなにあっさりと殺害されねばならないのかと、彼はベッドの上で、不条理に対して唸っている。
「ぬおぉぉぉおおお……!!」
芋虫のように身を捩らせたり、首でブリッジするような体勢になったりと、クレインはせわしなく悶絶していた。
そうして呻くこと三分ほど。
「おいおいおいおい、どういうことだよ! 監視のついでに尾行されていた? 俺、そんな怪しい動きしてたか!?」
クレインは臆病なくらい慎重に周囲を見渡してきた。
斬られる瞬間まで気配を全く感じ取れなかったクレインには、いつから尾行されていたのかすら分からない。
そして不法侵入する彼を止めるでもなく、咎めるでもなく。
声すらかけずに、ノータイムで殺しに来る理由はもっと分かっていない。
「確かに黒ずくめの服装をして路地裏に居れば怪しいだろうが! それで即殺害とは、思い切りが良すぎるんじゃないか! ああん!?」
毒殺事件のあと。ブリュンヒルデの前では、変な発言も妙な行動もしないように気を付けていた。
クレインが細心の注意を払って行動していたにも関わらず、彼女は殺しに来たのだ。
どこから疑われていたのか。
まさか毎日尾行されていたのか。
ブリュンヒルデの他にも監視役がいるのか。
色々な考えが頭を巡る。
しかし、やはり一番印象深いのは、彼女が起こした行動についてだ。
「普通さ、事情を聞いたり叱ったりするのが先だろ? ああ、もう……どうして初手が殺害なんだ」
領主が泥棒を働いている。
そんな衝撃の瞬間に立ち会って、気が動転して攻撃したというならまだ分かる。
しかしそれは、侵入中に家主と鉢合わせした場合に起きることだろう。
尾行して、じっくりと行動を観察して。
その上で冷静に殺害を決定されたとすれば、もう計画的に殺られたとしか思えない。
そう推測したクレインは状況を整理していき、考えたくない事実に行き当たった。
「……そう言えば商会も、ほとんど殿下の口利きで来たんだよな」
いくら銀山ができて栄えると予測できても、ツテがなければ田舎の子爵家に大商会が殺到するなどあり得ない。
クレインの策を王子が後押ししたから、今の状況が出来上がったのだ。
今領地に集まっている商会のほぼ全部が、第一王子の声かけで集まったメンバーである。
「内政官たちもそうだが、密命を持たされている奴の一人や二人いるはずだ」
そもそもクレインは、彼らの素性もよく知らない。
彼がここ最近やって来た人物を思い浮かべた時。
自ら関係を築きに行って打ち解けた人物など、スルーズ商会のトレックくらいのものだと気づいた。
政商をやっているならば当然、どこかの貴族のひもが付いているだろう。
しかし、どの商会がどこの勢力と、どういう関係を持っているかも一切不明な状態だ。
「つまり最悪の場合は、全員グルって可能性もある」
全員に王子の息がかかっており、領地の乗っ取りを企てている可能性。
一部の商人に何らかの密命を与えて、領地を探らせている可能性。
純粋にヘルメスだけが、単独で何かの謀略を張り巡らせている可能性。
これについても色々と可能性はある。
「ぬがぁぁあああ! 分からん! 一体何がどうなってんだこの野郎!」
クレインも色々と推測してみたが、答えは出ない。
侵入を試みただけでブリュンヒルデが襲撃してきたところを見ると、少なくともジャン・ヘルメスと王子の間に、何らかのつながりがあることは濃厚だろう。
そう結論付けてはみたものの。それが正解なのかも分からないし、彼がやることは変わらない。
単純に、調べるべき背後関係が増えただけだ。
「はぁ……はぁ……まあいい。一歩前に進めたんだから、収穫はあった」
ヘルメス商会を家探しするにはブリュンヒルデを遠ざけなければいけないこと。
そして、毒殺の実行犯がドミニク・サーガで確定したこと。
前回分かったことはこの二つになる。
そして、前回調べきれなかったこと。
誰の、どんな思惑で事件が発生したのかを調査するのが今回の目的だ。
幸いにして「あー、毒殺の三日前からやりなおしたーい」と唱えていたので、今回はすぐにリスタートができる。
前々回までは会議に出席する人間を選んだり、毒物が入った料理を特定する手間があったりした。
しかし、事件解決までの道のりは既に明らかなのだ。
今回は何をせずとも、家探しの直前までは辿り着けるだろう。
と、クレインは己を落ち着かせる。
「そうだな……考えていても仕方ないか。まずはブリュンヒルデを適当に――」
「私がどうされましたか? 閣下」
「えっ、ひえっ!?」
気づけば部屋の入口にブリュンヒルデが佇んでおり。明け方の薄暗い中に、ぼうっと幽鬼の如き存在感を放っていた。
見た目が美しいだけに。中身の殺人鬼っぷりと、この場の雰囲気が余計に際立つ。
天敵が寝起きに現れたのだから、クレインはもう内心で恐慌状態だ。
金縛り状態に遭ったかのように固まって――口だけがパクパクと動いている。
「……ご気分が優れませんか?」
「い、いや、そんなことはない」
どうしてマリーではなくブリュンヒルデがモーニングコールに来たのか。
クレインがそんな顔をしていれば、彼女は微笑みながら答える。
「私の耳はいい方なのですよ、閣下」
部屋の扉が半開きになっていたのが気になり、近づいてみれば自分の名前が呼ばれていたので声をかけてみた。という話だった。
確かにいつもなら、マリーがダッシュで逃げて行く時間ではある。
しかし今日は深く考え込んでいたため、気づいた時にはもう逃げ出した後のようだ。
ブリュンヒルデはマリーと入れ違いでやってきたのだろうと推測して、クレインは己の発言をごまかしていく。
「そ、そうか。聞かれていたら仕方がない。今度殿下に何か贈り物をしようと思うんだが、何か適当なものを選んでくれないか?」
「私がですか?」
「ああ。領地の特産品で、何か殿下が気に入りそうなものがないか、考えてみてほしいんだ」
「承知致しました」
何とか収拾はついたが、ベッドの上でぶつぶつ呟いている内容まで聞かれていたらしい。
しかもなんだか「いつでも話は筒抜け」という意味の、脅しに取れそうな発言まであったのだ。
これからは自分の部屋でも油断できないと知ったクレインは――自然と、胃薬に手が伸びていた。
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