「ふむ。サーガとヘルメスが手を組んで、クレイン様を毒殺しようとする動きがあると」
「そうだ。情報の出どころは話せないが」
「ええ、構いませんとも」
トレックは秘密の情報先と聞いて、真っ先に第一王子を思い浮かべたようだが。
そう察しつつ、クレインは訂正せずに続きを話す。
「ヘルメス商会の方はラグナ侯爵と手を組んで、裏で色々やっているようだからな。俺の毒殺計画が露見した時点で、多分、ブリュンヒルデから調査への妨害が入る」
「秘書官殿が? ……ああ、なるほど。今はまだ時期ではないということですか」
トレックも王都の老舗商会でトップを務めるだけあって、中々に頭の回転が早い。
彼が考えついたのが、「王子側は今の段階で弱みを掴みたくない」という事情だった。
政敵の弱みを握る時は水面下で、相手に気づかれないようにしておくのが一番効果的なのだ。
相手が予想をしていないタイミングで出すからこそ、事前に対策を練らせないままダメージを与えられる。
大っぴらに調査をして、対策されるのは好ましくないのだろう。
そう考えた上で、一つ付け加える。
「侯爵と殿下に隔意があるのは知っていますが……まあ、現状では殿下に打つ手が無いのでしょうね」
「そうなのか?」
「ええ、支持基盤が弱すぎますからね。確かに今すぐ何か暴露したところで、大した問題にもできませんよ」
弱みを握ったとして、そもそも第一王子側の手勢が十分でないと効果は薄くなる。
そう言われるとクレインも腑に落ちた。
王子としては、侯爵家の政敵になれるほどの勢力を確保してから攻撃を仕掛けたいと思っているのだろう。
まだ味方探しが終わっていないのだから、今すぐ全面戦争へ突入するのは悪手だとすぐに分かる。
「しかし、仮に毒殺を防いでサーガ商会を潰したとして。クレイン様は丸損ですね」
「そうか?」
「ええ。単純に、支援する商会が一つ減るというのもそうですが。今アースガルド領の事業へ噛んでいる商会で……東部への販路を持つところは少ないので」
「そうか、サーガが消えた分、東との商売がやりにくくなるか」
王国の東部は異民族との戦いに明け暮れている。中央の指示を待っていては戦えないということで、東侯と東伯を中心に独立独歩の気風があるのだ。
文化が独特なため新規の販路開拓については難易度が高く、東から大規模に輸出輸入ができる商会は意外と貴重だった。
むしろ。サーガ程度の資金力で会合に出席できるのは、その貴重性が評価されているからである。
「私どものところで代われたらよいのですが、急には難しいですね」
「分かってるよ。まだ王都の商戦で受けた傷が回復し切っていないんだろ?」
「はは、アースガルド領で在庫一掃ができれば、以前と同じくらいの規模にはできますよ」
何があったか詳しく聞いていないクレインだが、トレック率いるスルーズ商会はまだ回復中という時期にある。
彼が大規模に動くなら、まずは地盤を固めないといけないところだった。
「まあ、何にせよヘルメスとサーガが関わる割合を減らしていきたい」
「サーガの方は、暗殺を目論んだ罰として財産を没収してしまえばいいです」
「そんなことをして、反感を買わないか?」
もしも自分が商人だったとしたら、どうか。
商人の財産を没収するような領主とは付き合いたくないなと思うクレインだが。これにはトレックも、気楽に首を振った。
「ご心配なく。貴族に喧嘩を売って没落したマヌケが一人いたな。くらいで、笑い話にされるのが関の山でしょう」
「……そういうものか?」
「平民の間じゃそんなものです。ましてや彼らも商人ですし、よほどアコギにやらない限りは利益がある方につきますよ。商人の観点としてはそんなものです」
貴族に毒殺など仕掛ければ、一族を処刑された上で、財産を根こそぎ奪われても別に不思議ではない。
アースガルド領は平和だとしても、少し北の小貴族が密集している地域では毎日のようにそんな事件が起きている。
そんな情報を付け加えつつ、トレックは何でもないように締めくくりにいく。
「ま、サーガ商会程度なら毒殺の証拠が挙がった時点でカタが着きます。会合の席で堂々と暴いてやれば、特に問題はありませんよ」
あっさりとそう言えるのは、クレインと立場が違うからだ。
平民と貴族の、考え方の違いを知っている。
別な地域での状況を把握している。
そして彼自身も、商人の思考を理解している。
なるほど、トレックは己に無い観点を多く持っているなと確認したクレインは感心していたのだが。
ヘルメスに関して言えば、トレックも難しい顔をした。
「……しかしヘルメス商会の方は、何でも手広くやっていますからね。急に商いを減らすのも難しいでしょう」
「それはそうだな。気づけばこちらが依存しそうになっているし」
人口が爆発的に増えているアースガルド領では、常にあらゆる物資が不足気味だ。
現状でもギリギリなのである。
今のところは精力的に活動してくれている、国一番の商会。
それが急にいなくなれば、もちろん物流面での悪影響は避けられない。
一気に何とかすることは難しいと認識した上で、クレインはトレックに聞く。
「トレックから見て、信用できそうな商会はあるか?」
「武器商のブラギ商会か、飛脚便のヘルモーズ商会辺りは信頼できると思いますね」
トレックはにっこりと笑いながらそう言うが。その二つは中堅どころで、クレインは特に気に留めたことも無いような商会だ。
「その心は?」
「変に価格を吊り上げませんし、いつでも安定経営ですし、組むなら安心できます。ついでに、規模の割りには貴族との付き合いが薄いんですよ。まあ、商人的には前二つの理由が結構大事です」
「……俺からすれば、後者の理由の方が重要だな」
クレインとしても商家との繋がりは増やしていきたいところなので、変な陰謀の臭いがしない商会であれば大歓迎だ。
トレックからの提案へ特に異論はなく、二人は先の展望を詰めていった。
暗殺を目論んでいる商会の介入を徐々に減らしていく。
信用できそうな商家との関係を構築していく。
目下の目標がそう定まったところで。彼らは具体的な今後の動きを、二時間ほど話し合った。
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