ヴァンパイア狂奏曲

吸血鬼連続殺人事件
sola s
sola

寿司政が・・・

公開日時: 2021年8月3日(火) 02:02
文字数:3,363


 全速力で駆け抜けた僕が寿司政についたとき・・・・



 玄関は全開で、扉は店の中へとばらまかれていた。


 竜巻が、店を直撃したのだろうか。

 そんな、ばかな感想が頭に浮かぶ。

 そんなばかなことがあるか!

 大将は?女将さんは?

 店の中は壊滅状態。

 が、人は、いないか?

 閉店時間だったのだろうか、物は散乱するも、人的被害はなかった。


 だったら二人も無事か?

 僕はちょっとだけ、息をつく。



   ガッシャーン!


 そのとき2階の方から、何かが壊れる音が!



 僕は、階段を駆け上がる。


 2階に上がると、まずはその黒い塊が見えた。

 天井にまで届く、黒い巨体。

 猫背気味のその大きな体は、黒い障気を纏わせている。

 アパートで遭遇したタールのように激烈な臭気はしない。

 しかし、ビンビンと感じる存在の力は比べものにならない。


 人型。しかし大きな胴に対して、長く細い手そして、手の半分ぐらいの長さの細い足。あの巨体を支えられるとは思えない体型。


 それが何よりも強く存在を主張している。


 その化け物の足下を見た。


 僕は、頭が沸騰した。




 足下には折り重なる大将と女将さん。


 「何をやっている。」


 今まで出たことのないような、低く冷たい声が、僕の口から溢れた。


 そいつは、ゆっくりとこちらを見た。


 首をまわしたが、そこに目も鼻も口もなかった。つるんとした頭。マンガのモデル人形みたいだ。

が、今の僕にはそんなことは気にはならない。


 強そう?

 ああ、だけど、許さない。


 奴の周りの障気がギュッと固まって、一回り小さく、でも何か凶悪なものになるのが分かった。

 僕は、きっと赤い目をしているんだろう。

 牙も生えているかも知れない。

 爪だって、間違いなく尖っている。

 そうさ、おまえを屠れるように。

 僕はひよっこだろう。

 パパみたいに強くない。

 おまえは強いか?

 だが、やられてなんか、やらない。


 そいつは、僕を見て歓喜した。

 うまそう、よこせ、よこせ、力をよこせ・・・


 生意気に僕をくらおうというのか?

 反対にくらってやるよ。

 僕は長く鋭くなった自分の爪を、ゆっくりと舐めた。



  ギョアーーーー


 そいつは、音にならない雄叫びを上げて、僕へと躍りかかってきた。



   遅い!


 僕は床を蹴って、奴の頭を飛び越えざま、長い爪を振るう。



    ◇*!!!


 音にならない叫びを上げる化け物。

 悲鳴を上げながら狂ったように、その長い腕を振り回す。

 長くて細い腕をまるで鞭のように振り回すも、僕にはあたらない。

 それにいらだってさらに狂ったように両手を暴れさせる化け物。


 おい、何をする!


 狂ったように振り回す腕は所構わず切り裂き、大将達のところにも迫った。


 僕は慌てて、二人のもとへ飛ぶ。


 間一髪、体をねじ込ませて、二人に覆い被さった。



  バシュッ


 化け物の腕が僕の背中を削る。

  ッ!!!

 背中が焼けるようだ。

 僕を傷つけた化け物は歓喜の雄叫びを上げる。


 その隙を見て、二人を倒れかけたタンスの後ろへ!



 「ナ・ル・・・?」

 その時、殺されている、と、思っていた大将が言葉を発した。

 「大将!」

 「ナル・・・どうして、・・・帰ってきた?」

 「大将!」

 「馬鹿だなぁ、何を泣いているんだ。変身までして・・・」

 「あ・・・大将、僕、怖い?」

 「ハハハ、何が怖い、だ?ああ、きれいだぞ。赤く輝いて、女神様みたいだ。」

 「やだなぁ、僕、男だよ。」

 「そうだったな・・・俺の自慢の息子だ。」

 大将は息も絶え絶えにそんな風に話しかける。

 その時、僕の頬を撫でる優しい手が・・・


 女将さんが、息も絶え絶えに、僕にほほえみかけた。

 「かわいい、ナルちゃん。ああ、八重歯もすてきよ。すてきなチャームポイント。あなたのかわいいところをもう一つ知れて、私は幸せよ。」


  ケホッ、と血を吐く二人。


 「もうしゃべらないで。絶対に助けるから。」

 「俺たちはもうダメだ。いいか、ナル、よく聞け。おまえは優しい子だ。人間じゃなくても、誰よりも人間だ。だから自分を責めるな。自分を愛せ。俺たちが愛せなかった分もしっかり自分を愛してやれ。自分を愛せない奴が本当に人を愛することは出来ない。人に成れ。人に成ろう、そうやって名付けられたように、おまえは誰よりも人に成るんだ。人は一人じゃ生きていけない。いいか。自分を愛してくれる人をしっかり頼って、しっかり愛し返せ。俺が、俺たちが出来ないことを、おまえにしてくれる人をのがすんじゃないぞ。」


 僕は、ただ泣きながら、頷くしか出来なかった。


 大将も女将さんも、もうどうやって生きているか分からない状態で・・・


 それでも、僕のことばかり心配して・・・


 僕なんか、全然優しくないのに・・・


 僕の周りの人はみんな僕より優しいのに・・・・


 ああ、行ってしまう。


 大将が、女将さんが・・・


 僕にほほえみと愛を残して、


    逝って、しまう・・・・




 ああ、うるさい!


 大切な時間なのに。


 やめろ!



 僕の背中を障気が打つ。

 狂ったように、嬉々として。


 何が嬉しい?

 おまえの相手なんか、してる暇はないんだよ。


 打つ、打つ、打つ・・・



 いい加減にしろ!!


 僕は、その鞭のような障気の手を、背中越しにがっしりと掴んだ。

 

 そしてゆっくりと、そいつに振り向く。


 僕は掴んだその手に力を入れた。ちぎれる障気。




  ギャーーー!

 そいつは悲鳴を上げた。


 うるさい!

 僕はやつに爪を振るう。

 縦に、横に、斜めに。

 振るっても振るっても、奴からは血が出ない。

 ただただ障気が、障気のかけらが飛び散る。




  タ・タ・タ・タ・・・・


 どのくらい爪を振るったか。


 突然、この均衡を打ち破る音。


 誰かが階段を駆け上がってくる。



  「ナル!」


 走り込む黒い影が二つ。

 なんだ、倫久と桜宮か。

 邪魔をするな。


 チラッとそちらをみた隙に、奴の腕が僕を襲った。 


 それは直撃し、僕ははじき飛ばされる。


 「ナル!」

 「ナル君!」

 二つの影は、僕と化け物の間に飛び込んできた。


 二人とも、キラキラと光る粒子をまとわせて。

 同じく光る粒子でできた刀を構えている。


 邪魔をするな。そいつは僕の敵だ。

 そう思って、立ちあが・・・る・・・・?


 あれ?立ちあがれない?


 「ナル、無理はするな。おまえはもう限界だ。」

 「ナル君、ひとりでよく頑張りましたね。後は任せて。」

 言うやいなや、二人は刀で化け物に斬りかかる。

 斬る度に、光の粒子に触れて消える障気。

 目にもとまらぬ早業で、化け物を切りつけ、削り・・・・



 あっという間だった。



 僕が何回斬っても、飛び散るだけだった障気が簡単に消されていく・・・

 あー、何だったんだろう、僕のやったことって・・・


 「よくやりましたね、ナル君。あなたがここまで削ってくれたから、簡単に倒せましたよ。」

 小さな塊になった障気を倫久に残し、涼しい顔でこちらにやってくる桜宮。

 「おや?自分でやっつけたかったですか?でも、もう限界でしょう?」

 そう言って、僕の前にしゃがむ桜宮。

 「ふふふ、かわいい牙ですね。その爪、そして瞳。発する気といい、やはりそうでしたか。あなたは、ヴァンパイア、いえヴァンピールでしょうか。」

 僕の胸がドクン、と鳴った。


 コロサレル?


 「あ、怖くないですよ。あなたを害するつもりはありません。あなたのご両親、どちらか分かりませんが、相当に上位の存在じゃないですか?」



  ・・・・


 「天草四郎。」

 僕は目を見開いた。

 「やっぱりね。」

 フフフ、そう言うと、桜宮は、立ちあがった。


 桜宮が退くと、化け物退治を終えた倫久が、じっと僕を見ているのが目に入った。

 いつも以上に冷ややかで感情を見せない目で、立ちあがれない僕を見ている。


 ああ、僕を殺すのはこいつか・・・

 まぁ、それもいいかな。

 僕は、なぜか達観した気持ちで、そう思った。


 僕を表情のない目で見た倫久は、その無表情のまま、桜宮の姿を目で追う。

 桜宮は、大将と女将さんの様子を見ると、タンスの後ろから、畳の上へ、無残に壊されていない場所を選んで寝かせてくれていた。


 二人を寝かせると、丁寧に頭を下げ、手を合わせている。

 ああ、お葬式、出してあげれなかったな。

 ごめんね。

 でも、僕も今からそっちに行くよ。

 倫久におとなしく殺されよう。

 僕は、覚悟を決めて、倫久を見上げた。


 倫久も、すでに視線は僕に戻していた。

 僕は静かに目を閉じた。


 ・・・・・・

 ・・・・

  ?


  るなら早くってよ・・・


 僕はそおっと目を開ける。


 倫久はまだじっと僕を見ていた。


 「何をやってる。帰るぞ。」


 え?


 「なんだ立てないのか?ヴァンパイアのくせになさけない。さあ。」


 倫久が、僕に手を差し出した。



  ・・・・





 僕は、ゆっくりと、その手を掴んだ。

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