「何をしている。」
小さな音量にもかかわらず、腹の底に響くような声で、その人物=幸徳井倫久は、成人に、そう言った。
僕は、息をしているのだろうか。
頭の片隅で、そんな風に考える自分がいる。
これは、なんだ?
僕の目は見開かれ、瞬きも忘れているだろう。
これもまた頭の片隅で感じていること。
心も身体も、なんだか現実味が乏しくて、僕はただ、その黒い人を見ていた。
そんな僕を見る、その人。
確か、幸徳井君と言ってた。
この前亡くなった寺田由梨恵さんの妹、麻理恵さんのクラスメート。
お通夜の日にやってきた転校生。
そんな風に聞いている。
そういえばお通夜のとき、お手伝いをしていた僕に話しかけてきたっけ。
あのときも、無表情に、「おまえは何をしている。」と突然言われてビックリしたな。普通に「お手伝いですよ。」と答えたけど。
そうしたら、しばらく沈黙して、「私が分かるか?」そう言ったんだっけ?
僕は、自転車で転けたときに見てた人だってすぐに分かったから、
「はい。転けたときに心配してくれた方ですね。」
て答えた。
そうしたら、なんか、変な顔をして、「まあいい。」と言うと、クラスメートたちと帰って行った。
不思議な人だな、と、あのときも思った。ううん、初めて会った時も・・・
なんか、他の人とは違う匂い?というか、ちょっぴり怖い、とか、うまく言えない違和感?
それをずっと感じてた。
でも・・・
これは違う。
何か分からないけど、これは違う。
違和感、とかですまないこの感じ。
コロサレル?
怖い恐いこわい・・・・
僕はただその人を尻餅付いたまま見上げるだけ。
いつまでも外れない、その冷たい視線に、体が勝手に震えている。
どのくらいそうしていたのだろう。
僕を見つめる目が、きゅっと細められた。
そして、忍者みたいに胸の前で組んでいた手を、そっとほどいて、自然に下ろす。
幸徳井君は、ほー、と長い息をはき、吐き終わると、頭を振った。
そして、その長い髪をかき上げ、目を瞑ったまま空を見上げる。
こわいんだけど、なぜか魅せられたように目が離せなかった。
世の中には、こんなに怖くてこんなにきれいなものがあるんだ。
とりとめもなく考えながら、惚けていたのだろう。
彼は音もなく踵を返し、再び闇の中へと消えていった。
僕はしばらくそのまま動けなかった。
どのくらいそうしていただろう。
このあとの記憶は、なぜかなくなっていた。
気がつくと、僕は自分の部屋の自分の布団の中で目を覚ましたのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!