あの日、僕は山にいた。
大好きだったお婆ちゃんが、行方不明になった日に。
「ユウちゃん。婆ちゃんが朝からおらんくなった」
母親から電話がかかっていた。
仕事が終わり、20時過ぎの電車に乗ろうとしていた矢先だった。
慌てた様子で取り乱している声を、スピーカー越しに聞いたのは。
「どしたん!?」
「ばあちゃんがおらんのよ。どこにも…」
僕は状況を説明してくれと母に求めた。
わけがわからなかったからだ。
「いなくなった」という言葉が、耳の淵にこびりついていた。
…いなくなった?
いなくなったって、どうして…
「今町の人たちで捜索にあたってくれとるけど、今日はもう夜も遅いから一旦打ち切るかもって」
「ちょっと待って。朝からって、誰も見てないの?」
「隣のおばさんが言うには畑仕事をしてたって。私は仕事でいなかったから…」
母は地元の介護施設で介護士の仕事に就いていた。
もう15年にもなる。
父が経営していた会社が倒産し、巨額の借金を抱えてしまった当時。
父と母は離婚し、僕は母親側の親権に入った。
父の会社の事務員だった母は、生活費のために新しい職を探した。
それが、「介護士」の仕事に就いたきっかけだった。
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