最強先生、褒めて伸ばしてボッチイキリヤンキー少女を更生させる

原雷火
原雷火

9.昔は追いかけられるほどモテておりました

公開日時: 2020年9月14日(月) 00:00
文字数:3,057

 人通りの無くなった通学路で、一人芝居を見終えて名探偵ルーナは頭を抱えた。


「あの、いかがでしたでしょうか? 可能な限り再現したのですが」


「裏声キモッ! あとなんか妙に上手かったのもあれだけど……それって……マジなのか? 盛ってるよな? 作りだよな?」


「いいえ、誓ってそのようなことはありません。わたくしと対峙した時のサスエットさんを、可能な限り再現いたしました」


「じゃあセンコーに言ったのか? 『……じっと……見ないで……呼吸……止まりそう……胸……苦しくなるから』なんてさ?」


「ルーナさんはあまりモノマネが得意ではないようですね」


「センコー基準で考えるんじゃねえええ! 他にも『……とても……こんな気持ち……初めて……胸が押しつぶされそう……心臓……ドキドキ』とか」


「初対面だというのに、サスエットさんを緊張させてしまいました」


 ルーナの視線がジトっと重たくなった。


「なんで緊張したと思う?」


「わたくしが怖かったということでしょうか」


「怖いやつをわざわざ追っかけないだろ」


「それもそうですね。では、いったいなぜ?」


「あのさぁ……センコー彼女とかいなかったわけ?」


「以前の仕事では知り合う機会こそ多かったのですが、すぐにお別れすることばかりでした。お恥ずかしい限りです」


「そのモテたんだかモテてないんだかわかんないのやめろ。つーかアレだな。ルックスはいいけど中身を知ってフラれるパターンが多かったんだろうな。頭ピンクくらいならあれだけど、中身までお花畑だし」


「はい。概ねそのような……と、待ってくださいルーナさん。わたくしの過去や遍歴については一切問題ありません」


「自分で言い切った!?」


「自信を持つことはとても大切です。ルーナさんもきっと自分を信じられる日がきますから」


「このタイミングでなんか良いこと言った風にすんな。ともかく問題なんだよ! くっそなんでアタシがこんなこと教えなきゃいけないんだ」


「差し支えがないようでしたらお教え願えませんか?」


 ミルクも砂糖も入っていない、カカオを固めただけのチョコレートを食べたような、苦々しい顔でルーナはこちらを指さした。


「センコーのくせに生意気にもモテ期が来てんだよおおおおお! 守衛(おまわり)さんこいつが犯人だ!」


「わたくしも一時期は同性異性問わず、多くの方に追いかけられたことがありました。すでにモテ期は過ぎているかと存じます」


「男も女も関係なしだとッ!?」


「あの頃は毎日がハートの奪い合いでした」


「それは人としてどうなんだ?」


「昔の話です。お気になさらず。それにわたくしは今、ルーナさんに心を奪われている状態です。ご安心ください」


「あ、安心とかわけわかんねぇし……だいたい気にするなって言う方が無理だから! センコー相手に緊張してドキドキする女子が逃げたってことはだなぁ……つまりそのぉ……」


 ルーナが言いかけたところで――


 遠く校舎の方から始業五分前を知らせる予鈴が鳴り響いた。


 教師と生徒、合わせて遅刻決定である。




 ◆




 調理実習室は三十人あまりが作業できる造りとなっており、たった二人で使うにはいささか広すぎる。が、自由に使えるオーブンがあるのは、この部屋くらいなものだ。


 ルーナが恥ずかしがらないよう、彼女とおそろいのピンクのエプロンを装着した。


 胸元のウサギのワッペンが愛らしい。


 コンロが設置された調理台を前にして、ルーナが腕組みして唸る。


「むぅ……おいセンコー。単刀直入に訊くけど、今日のコレはなんだ?」


「調理実習です」


「それって意味あんのか?」


 口をとがらせるルーナに微笑み返す。


「軍魔法学校を卒業したからといって、軍人になるとも限りません。大切な人にクッキーを焼いてプレゼントしたくなることも、将来あるかもしれませんから」


「甘っちょろい考え方だな相変わらず」


「ルーナさんの未来には無限の可能性があります。もしかすれば世界一のクッキー職人になれるかもしれないのです」


「だ、誰がなるか!」


 吠えながらも少女の視線は、調理台に並ぶ材料に注がれた。


「クッキーお好きですよね」


「き、嫌いじゃないけど……こんなんで本当にいいのか?」


「特別補習の内容は担当教師に一任されていますから」


「もっとこう、せめて将来の事を考えるなら資格を取るための勉強とかあるだろ」


「刺客を獲る? ああ、それはオススメしかねます」


「アタシには無理だっていうのか!?」


「わたくしと同じ過ちをルーナさんには繰り返していただきたくないのです」


「資格って……そんなに難しいのかよ」


「刺客はクッキーを焼くようにサクサクとはいきません。では、さっそく本日は基本のバタークッキーを焼いてみましょう」


 少女はなだらかな自身の胸元に視線を落とした。


「ところで、なんでセンコーとおそろいなんだ?」


「XLサイズとSサイズを買うとセットで割り引きだったもので。色はルーナさんに似合うピンクを選んでみました。とても明るい色でよくお似合いですよ」


 ルーナは顔を背けた。


「そういうセンコーは髪のピンクとかぶっててアレだな! ともかくアタシの勝ちだ!」


「はい。ルーナさんの愛らしさに勝るものなどありません」


「そういうのやめろマジやめろ」


「これは早くもクッキー作りをしたいと気持ちが高ぶっていらっしゃるのですね。前置きが長すぎました。早速始めましょう!」


「ち、ちが……ああもうそれでいいから!」


「力を合わせて最高のクッキーを焼きましょうねルーナさん」


「魔法の練習もしないし剣の稽古も馬術訓練もしないで、クッキー作りかよ。ったく、本当に先が思いやられるな。アタシくらいしか付き合ってらんないだろこんな温い授業……」


 二人並んで調理台の材料に対峙する。


「お菓子作りで大切な事はレシピの分量を守ることです」


「そ、それくらい知ってっし。基本だから。よし! 同じ材料と同じレシピでどっちが上手く作れるか勝負だセンコー! ま、勝つのはアタシだけどな」


 少女はエヘンとなだらかな胸を張った。




 小麦粉をふるいにかけ材料を混ぜ合わせて生地を作る。包丁を使う作業はないものの、ルーナの手元は不慣れで危なっかしい。


「な、なあセンコー! 粉をちゃんとふるいにかけてやったぞ! 社会のふるいにかけられるとみんな同じようになるんだな」


「ルーナさん、まだダマが残っていますよ?」


「この一番大きなダマがアタシだ! ふるいになんて負けないからな!」


「なるほど。では指で押しつぶしてしまいましょう」


「なんだと? アタシに圧力をかけるのか?」


「そうしなければおいしいクッキーにはなれませんよ。皆が渾然一体となることで生まれるハーモニーを奏でるためにも、どうか決断なさってください」


「ぐぬぬ……そ、そこまで言うなら……ごめんアタシ!」


 少女はこし器の上に残った大粒の小麦ダマを指で押しつぶした。サラサラと崩れて小麦粉はパウダースノーのようになめらかになる。


「また一つ成長されましたね」


「ふっふっふ。アタシが本気になればこれくらい楽勝だっての」


 教室で講義を受けている時よりも、ルーナは生き生きとして楽しげだ。


 モノを作るというのは、とても楽しいことである。平和を愛するには平和を知り、人を愛するには人の幸せを知ることが、きっと必要なのだ。


 自分にはできなかったことをルーナに代わりにしてもらっているようで、彼女への押しつけではないかという不安もあるのだが、幸運にも彼女はクッキー作りに夢中になってくれた。


 一つ、問題があるとすれば――


 調理実習を始めてからずっと、実習室の扉の外に何者かの気配があって、こちらの様子をうかがっていることだ。


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