少女はびしっとこちらの顔を指さした。
「勝負……ですか?」
「アタシが勝ったら教師を諦める」
「わたくしが勝ってしまったら、いかがいたしましょう」
「特別補習を受けてやんよ」
「おお! やる気を出していただけたのですね。すばらしい! では、さっそく勝負と参りましょう」
ルーナは突き出した指を立てて左右に揺らした。
「チッチッチ……勝負はするけど内容はこっちで決めさせてもらう」
ちらりと窓の外に視線を向けて少女は口元を緩ませた。
「アレで勝負だ」
野外運動場では二年生が剣の素振りをしていた。
「素振りの回数で競うのですか?」
「んなわけあるか! 剣だよ剣! 剣術の試合で勝負だ! 魔導士のセンコーなんて、貧弱が服着て歩いてるようなもんだろ? 怖いんならやめてもいいけど、そしたらこっちの勝ちだぞ?」
不戦敗はもったいない。
「剣ですか。得意分野ではありませんが、承知いたしました。正々堂々、お互いに力をぶつけ合い理解を深め合いましょう」
少女は舌打ちする。
「チッ……余裕ぶったキモいこと言えるのも今日までだかんなセンコー。こっちは入試で剣術トップの成績なんだぞ」
「それは……実にすばらしい。ますますあなたを退学にはできなくなりました。本校の損失は未然に防がねばなりません。あなたはこの学校に必要な人です」
「ひ、必要とされてないからあのクラスから追いだされたんだ! やれるもんならやってみろ」
体格も小柄だというのに、少女は腕に覚えがあるらしく、自信満々に控えめな胸を堂々と張るのだった。
◆
たまたま空いていたため、外ではなく剣術試合用の道場で、一対一の試合をすることになった。
ルーナが選んだのは小剣だ。手首を返してクルクルとバトンのように剣を回す。
「ほらセンコーも選べよ。槍でも斧でもいいからさ」
壁には試合用の武器がずらりとかけられていた。
「では、わたくしはこちらにいたしましょう」
小剣よりもさらにリーチの短い、短剣を手に取った。
刃引きはされているが重さは通常の短剣と変わらず、有効打を判定する宝玉が柄にはめ込まれている。
ルーナは剣を手にやや半身の姿勢をとった。ウサギの耳を思わせるリボンをしているが、身のこなしは猫のようだ。
「んじゃ、かかってきなよ」
「よろしいのですか? では失礼いたします」
縮地の足さばきで懐に入ると、ルーナの首筋に短剣の刃をそっと添える。
「えっ?」
「あの……ルーナさん。正面からの踏み込みでしたが……ああ、なるほど。わたくしに気を遣ってわざと反応なさらなかったのですね」
「ち、ちが……そーだけどぉ? い、今のはちょっとタイミングが合わなかったっていうか……さ、三本勝負だから、一本目をとらせてあげただけだっつーの」
「では、二本目に参りましょう」
ゆっくりと三歩下がって、仕切り線まで戻る。
「は、はいここで特別ルール! 一本とったら武器チェンジだから!」
ルーナが剣の切っ先をこちらの顔に向けて言う。
どうしてだろう。彼女は涙目だった。
短剣との試合に、何か哀しい思い出があるのかもしれない。
教師として励ましてあげなければ。
「それは面白いですね。ただの試合に遊び心を加えるなんて、ルーナさんには退屈な日常を変えるアイディアが備わっているようです」
「う、うっせーばか! 武器変えろ早くしろ! っていうか、こっちの剣より小さいの禁止な!」
ますます彼女は涙目になってしまった。踏んでしまったのだろうか。彼女の心の地雷を。
「承知いたしました」
短剣をラックに戻してから、ふたたび壁に掛かった武器を吟味する。
ルーナは大きな武器と戦いたかったのかもしれない。小剣よりも小さな短剣に勝っても、彼女としては不満なのだ。
だから敢えて動かなかった。そう考えると、次の武器は自ずと決まった。
鉄板のような両手持ちの大剣を手にする。
さすがに短剣よりは重たかった。
「へ、へー。センコーにしては良い趣味してんじゃん。デカい図体にもぴったりだし」
どうやら武器の選択は上手くいったらしい。ちゃんと扱えるというところも見せておこう。
こちらが無理をしているとルーナに悟られないよう、両手剣を片手持ちし斬撃の嵐の型を演舞のように披露した。
構え。集中。動。静。制。残心。
一通り見せ終える。名人や達人たちには遠く及ばない完成度だが、それでも動けるところを見せたことで、ルーナも安心して戦えるだろう。
「では、始めましょう」
「ちょっ! 待てって! 剣は苦手って話だろ?」
「武器全般が苦手なのですが、前の仕事の都合上、ある程度は扱えないといけなかったものでして。少し荒い動きになってしまうことを、あらかじめお詫び申し上げます」
大剣を肩越しに担ぐようにして構える。
ルーナが仕切り線から下がった。
間合いを計るために距離を置いたのだろう。冷静な判断力だ。
「では、行きますね」
「ストップ! センコーさっき先行だったよな」
「あ、あはははは、あはははは」
「なんで笑うんだよ!?」
「今、センコーと先行が掛かっていたもので」
「ふっざけんな! そういうんじゃねーから!」
「天然でダジャレを言ってしまわれたのですか?」
「う、う、うるせー! 死ね! マジで!」
またしくじってしまった。意図したダジャレならばウケたで済むが、そうでなければ相手が恥ずかしい思いをしてしまう。
「失礼いたしました。今のはスルー推奨だったのですね」
「いちいち腹立つんだよテメェは。いいか……今度はアタシが先行だ」
「承知いたしました」
肩に担ぐようにした大剣を正面中段に構え直した。
「じゃ、じゃあ、こっちから行くからな!」
「右側から回り込んでの斬撃も、足下を狙う斬りつけも、左側からの刺突も、剣を投げつける奇襲も、魔法を使っての剣圧飛ばしも、フェイントを入れてからの首筋狙いも、なんでもしてみてください」
「ばかああああああ! 全部言うなあああああ! 何もかもがやりにくいぃッ!」
彼女はシンプルに正面から飛び込んできた。
こちらは平突きで返す。少女は跳んでかわすと大剣の上に立った。とても素早くキレのある動きに、ルーナが入試の剣術試験で首席の実力だと納得した。
彼女の体重を支えることはできるが、大剣を手放す。ルーナの足場が崩落する。
「武器を手放すくらいまでは予想済みだコラアアアアア!」
大剣を空で蹴って飛び込みながらの、小剣の突き。
それを紙一重でかわすと、飛び込んできた彼女の身体を受け止めて、そのまま投げの体勢に移行し身体をひねる。
終わってみれば、壁ドンならぬ床ドンである。少女を床に組み敷くような格好になっていた。
「な、な、な、なんでアタシが投げられて床に組み伏せられてんだああああああ!」
顔を真っ赤にして少女が腕や脚をじたばたとさせたので、解放して立ち上がり手を差し伸べた。
「立てますか?」
「センコーの手なんて借りねぇし」
ルーナは立ち上がって小剣を構えた……ような格好になった。
「って、あれ?」
「念のため剣はあなたを投げた時に、手の届かぬようあちらに蹴り飛ばしておきました」
少し力加減がうまくいかず、小剣は道場の壁に根元まで埋まるように刺さっていた。
あとで始末書と修理要請書を書かなければならなさそうだ。
「それで、二戦目の勝敗ですが……いかがいたしましょうか?」
床に投げ捨てた大剣を手にして訊くと――
「さ、先に武器を落とした方が負けだから! うちの地元じゃそういうルールだから!」
「そうでしたか。ではこれで一勝一敗ですね」
「け、剣術はこれくらいにしといてやんよ」
「わたくしに気を遣って引き分けにしてくださるのですか?」
ルーナは口振りこそ激しいところはあるものの、根は優しい子らしい。
「そ、そんなんじゃねぇけど、ま、まぁ多少は目上のメンツを立ててやったってだけで……。い、いいか! 剣術勝負はまだ序章にすぎないからな!」
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