商業地区からなら学校まで歩いても移動できるのだが、一日乗車券もあるため公園までトラムで移動することにした。
最寄りのトラム停車場に向かう間も、ルーナは買ったばかりの木刀を手に鼻歌交じりだ。
「センコーはどこで剣を習ったんだ?」
「様々な武技武術に関する文献がわたくしの先生でした」
「本読んだだけで強くなるとかマジかよ……だから図書館推しだったのか」
少女は首をかしげた。どことなく疑惑の眼差しだ。
「まあ、アタシも半分は我流だけど、普通は師匠とかいるもんだろ。ははーん、さては生徒にイイカッコしたくて話を盛ったな?」
「そうですね。師匠というわけではありませんが、書物で得た知識を実践する機会にだけは多く恵まれましたから」
「なんだやっぱり誰か練習相手がいたんだな。きっとそいつが有能だったんだ」
「はい。ルーナさんの仰るとおりです」
前の仕事の都合上、命をかけてしのぎを削る相手には事欠かなかった。
「アタシは貴族のお抱え剣術指南役みたいなのに教えてもらったんだけど、儀礼だのなんだのってうっさくてさ。貴族のボンボン剣術なんてやってらんないっつーの」
少女は木刀を天に掲げた。周囲に人がいないのを確認してから、ビシッと振り下ろす。
と、その先に赤い十字の看板を掲げた、白い建物があった。
「おや、献魔施設ですね」
白壁の建物は一見すると病院のようだ。
「なんだ? けん……献血か?」
「その魔法力版と言ったところでしょうか。魔法力も血液と同じく型がありますから、大都市にはこういった施設があるのですよ」
「魔法力を集めてどうするんだよ?」
「研究に用いたりするそうです。強制ではなくあくまでボランティアですが、献魔するとおやつをもらえたりするんですよ。何度か献魔をしてポイントを集めれば、ここでしか手に入らない限定グッズなども手に入るそうです」
「へー……痛いのか?」
「わたくしはやったことがありませんので、詳しいことまでは存じ上げません。ただ、魔法力を抜くわけですから、一時的に軽度の魔法力欠乏症になるかもしれません。なので、健康状態がよくなければ献魔できないこともあるそうです」
木刀を肩に担いで少女は笑う。
「よっし、じゃあ勝負だセンコー!」
「はい?」
「どっちがたくさんポイント稼げるか勝負だっての!」
言うなりルーナはこちらの手を引いて、トラム乗り場のある通りとは反対側の献魔施設へと歩き出した。
「一日にできる献魔の量は決まっているので勝負もなにもないと思うのですが」
「じゃあ泣かなかった方の勝ちな? アタシはこう見えても結構我慢強い方だぞ。ほらキリキリ歩く! たっぷり絞ってやっから」
「看護師の資格をお持ちだったとは驚きました」
「えっ……資格いるの? お互いに吸い合うみたいな感じじゃ……ないよな! し、知ってたし!」
負けず嫌いな彼女に引っ張られるまま、施設に連れ込まれた。
昼下がりの日曜日で待合室に人の姿はまばらだった。献魔を終えた人々はおやつコーナーで午後の憩いのひとときを過ごしている。
初回ということで、登録前に簡易の魔法力検査をするらしい。白衣の看護師が非接触型の検査用魔導器で、ざっくりとした魔法力値と系統を測定する。
栗毛の看護師が検査器を手に目をぱちくりさせた。
「あら、ご兄妹のようにも見えませんけれど……」
「わたくしは彼女の……」
「よく似てないって言われるけど、気にしないでいいから」
ルーナがこちらの言葉を遮った。
「ルーナさん。なぜそのようなことを……」
少女は膝かっくんをしてこちらをかがませると、背伸びをして耳元で告げた。
「センコーは大人で、アタシは未成年だろ。変な誤解をされるくらいなら兄妹って思わせとけばいいんだって」
「思わせる……ですか?」
「だ、だってほら……ええと……アタシだって一応はその……女の子なんだぞ」
「はい。もちろん存じ上げております。ルーナさんは大変可憐な乙女です」
「いやいやいや今そういうの困るから。真面目に聞けよぉ」
「わたくしはいつだって真剣にルーナさんの言葉に耳を傾けております」
少女の顔が赤くなる。
「センコーとアタシじゃ年齢が違うだろ。一緒に町をブラついてたら……ご、誤解されるかもしれないし」
「社会科見学だと正直に申し上げれば良いではありませんか」
「み、見られると恥ずかしいんだ。なんか冷静に考えたらそうだって気づいて……」
「本日は半日以上、すでにあちこち二人で歩き回ってしまいました。不特定多数の目撃者をしま……」
「しま?」
「いえ、なんでもありません。ともあれ手遅れかと存じます」
「手遅れって言うなバカ」
お互いに庭球のラリーのごとく耳打ちしあうやりとりに、看護師がきょとんとした顔になる。
「あの、どちらから先に検査しますか? お兄さんからにしましょうか?」
「あ、アタシが先攻だぞ!」
ここはルーナのやる気を尊重しよう。
看護師が検査器を少女の額にかざすと、ものの数秒で――
けたたましい警告音が鳴るとともに、静かだった館内が赤い回転灯で照らされた。
控えめにいって緊急事態である。
「な、なんだよこれ」
「福引きの大当たりのようなものでしょうか。きっと一番すごいおやつをいただけるはずです」
納得したのかルーナは「あーなるほど。アタシってすごいじゃん」と自慢げに胸を張った。
が、看護師は首を大きくぶんぶんと左右に振る。
「大当たりじゃないです! あ、あの、申し訳ないのですが、献魔をお断りさせてください」
すぐにアラートは解除されたのだが、献魔を断るというのはどういうことだろう。
ルーナが目尻をあげた。
「な、なんで!? これでもアタシ、魔法力は人並み以上にある方なんだが? 売ってんのか?」
看護師は小さく首を左右に振った。
「簡易測定ながらも大変高い数値ですがその……闇属性の魔法力の献魔は……」
途端に少女の肩が小さく震えた。
「……っだよ……またそれかよ……いいよもう慣れっこだし」
闇属性の魔法はこんなところでも悪い意味で特別扱いのようだ。
「やっぱアタシって誰の役にも立てないんだな」
悲しげに自虐的な笑みを浮かべるルーナを見ていると、いたたまれない気持ちになった。
「そんなことはありません。ルーナさんを必要としている人間が、少なくともここに一人いるのですから」
金色の瞳がじわりと潤む。ルーナは目元を袖で拭った。
「じゃあ、アタシの分まで献魔してよ」
「よろしいのですか?」
「いいから早くやれって!」
自分が誰からも必要とされないと、ルーナが苦しんでいる。
かつて闇の魔導士が帝国を脅かしたことには違いないのだが、ルーナにはなんの罪もない。
「わかりました。ルーナさんの分まで献魔いたしましょう」
看護師に向き直ると、彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。
「あの、ご兄妹ですと……魔法の属性は遺伝的な形質によるものがあるので……」
「ご安心ください。わたくしとルーナさんは義理の兄妹のようなものですから」
すると看護師はほっと胸をなで下ろした。
「そうでしたか。どうりでさっきから妹にさん付けなんですね。では測定しますね」
否定はしないでおこう。嘘をついたのではなく、相手がそう、思っただけなのだ。
駆け引きは苦手だが、こういうことも生徒のためにできるようになっていかねばならない。
今日はそれを学ぶことができた。
看護師が測定器をこちらの額に向ける。
ルーナの無念を晴らすためにも、がんばりどころだ。
静かな決意とともに気合いを込めると――
「あら? 故障かしら……属性の表示が出ないし……えっ!? 数値の上昇が止まらない? 四百……八百……二千……五千五百……二万……十四万……五十三万……きゃあッ!?」
測定器が赤熱して看護師の手から落ちると、白煙を噴いてボンッ! と爆ぜた。
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