瞬間――
左腕に魔法力を込めて、熱と衝撃を遮断する防御壁の魔法を測定器にかける。
爆発は魔法力の檻の中に閉じ込められた。
防壁を解除すると、止まった時間が動き出したように、床に測定器だったものの部品が散らばる。
「お怪我はありませんか?」
「す、すみません。あの……測定器が爆発するなんてことはこれまで一度もなかったのですが……」
「どのように優れた魔導器であっても、故障はするものです」
「す、すぐに別の測定器を持ってきますね」
「いえ、それには及びません。また体調を整えて出直して参ります」
おそらく、この施設にある簡易測定器ではどれも同じ結果になってしまうだろう。壊れているのは魔導器ではないのだから。
「は、はぁ、そうですね。あの、こちら記念にどうぞ」
看護師は驚きつつも、焼き菓子の入った小袋を二つ渡してくれた。
◆
外に出るなりルーナが木刀をこちらに押しつけると、焼き菓子の小袋を二つ手にして首をかしげた。怪訝そうに訊く。
「なあセンコー何したんだ?」
「わたくしは何もしておりません。勝手に壊れてしまったのです」
「何もしてないのに壊れるかッ! 測定器爆発したよな? あれってつまり測定不能すぎてボカンッてなったってことだろ」
「はっはっは。ルーナさんはとてもユニークな発想をなさるのですね。体重計や温度計は測定不能になったからといって、爆発はしませんよ」
「あっ……そっかーなるほど……って騙されないからな! それに爆発したけどなんかその……あんまり被害出なかったし」
「不幸中の幸いでした」
「怪しいセンコーだな。本当に捕まんじゃないぞ」
言いながら、さっそくルーナは焼き菓子の包みを開いてポリポリ食べ始めた。
「ルーナさんは食べている時、とても幸せそうな顔をなさいますね」
「ば、バカ! じろじろ見るな殺すぞテメェ!」
殺気をみじんも感じさせない彼女の声に「それは恐ろしいです。どうかおやめください」と返しつつ、再び通りを横断してトラムの停車場に向かう。
ちなみに、一定の距離を置いて半日ずっと尾行を続けてきたサスリカも、物陰や人混みを利用して巧みについてきていた。
彼女に課せられた任務も本日はこれにて満了となるだろう。
結局、サスリカは何を探っていたのだろうか。彼女に収穫はあったのだろうか。
何もなかったのであれば、彼女は叱責を受けないだろうか。
心配だが、こちらから接触を試みれば、前回の二の舞である。
気づかないふりをし続けるのも、存外大変だった。
「おいセンコー? なにぼーっとしてるんだ?」
「いえ、その……少々考え事をしておりまして」
「へ、変なこと考えるんじゃないぞ!」
「変なことといいますと、いったいどのようなことでしょうか?」
「言わせんなバカ恥ずかしいだろぉ!」
ルーナが隣にいると、いつも賑やかだ。不思議と心が温かくなる。
あの方の隣で共に戦った日々には感じることのできなかった、安らいだ気持ちだ。
「今日はとても楽しかったですねルーナさん」
「そ、そっか? アタシは別に普通だけど……せ、センコーが楽しかったっていうなら、またそのうち付き合ってやるから」
少女は口を尖らせ伏し目がちにボソリと呟いた。
トラムの到着を待つ人々の列の一番後ろに、二人並んだところで、ルーナは早くも焼き菓子の袋を一つ空にした。
「なあセンコーは本当に食べなくていいのか?」
「ええ、きっと焼き菓子もルーナさんに食べられる方が幸せですから」
「じゃ、じゃあ仕方ないな。うん。もらっておいてやる!」
少女が満足げに笑ったところで、ちょうどトラムが道の向こうからやってきた。
一日乗車券を見せられるよう準備していると――
「ドケドケェッ! 今からこのトラムはオレらの貸し切りだッ! 散れッ! 散れッ! バカどもが!」
まだ日も出ているというのに、酒瓶を手にしたガラの悪い男たちの一団が、列に並ぶ人々を押しのけ追い散らす。
比較的治安の良いノルンヴィノアであっても、こういった手合いは一定数存在する。大都市であればこその悩みだ。良い人間も悪い人間も、等しく集まってしまうのだから。
こんな時に限って治安維持局の警邏がやってこない。
「おら退けよババァ!」
男の一人が身重の女性を恫喝した。
帝国は皇帝陛下の定めた法の下にある国家である。
こういったトラブルは公権力によって取り締まられるべきなのだが……。
「おいセンコー! あいつらむちゃくちゃだぞ! ちょっと木刀返して!」
悪ぶっていても真っ直ぐな心の持ち主であるルーナには看過できないようだ。
「実力行使に出るおつもりですか?」
「大人にだってアタシは負けないし!」
言いながら彼女はこちらに預けていた木刀を奪うように手にした。
「わたくしとの勝負も引き分けだったのに、相手は八人もいるのですよ?」
「うるせーッ!! 一般魔導士三十人分くらいの強さだろテメェは! 売ってんのかコラァ!」
「それは誤解です」
一般魔導士換算で三十人では控えめに言って足りない。
「この場は治安維持局に通報いたしましょう」
「センコービビってんのか!?」
ヒートアップしたルーナの声を聞きつけて、ガラの悪い男たちが、ぞろぞろとこちらにやってきた。
合わせて蜘蛛の子を散らすように、並んでいた人々が逃げていく。
ルーナと二人、半ば包囲された格好だ。
敵意むき出しの野犬のような連中は総勢八人。見た目は北方系の顔つきで、観光客というにはガラの悪い連中だった。全員そろいの短剣を所持しているが、魔導士の短杖は誰の手中にも見当たらない。
つまり一般人である。魔導士が相手をすれば過剰防衛にもなりかねなかった。
「誰が誰に売ってるってんだガキが?」
リーダー格らしき眼帯にスキンヘッドの大男が一歩前に出て、ルーナに詰め寄った。
「なんだオッサンやんのかコラァ!」
「んだとガキが吠えてんじゃねぇぞコラァ!」
「ハァ!? 誰がガキだって?」
「オメェだよオメェ! イキッてっとブチコロがすぞ?」
「それはこっちの台詞だバーカ! ハーゲ!」
「シンプルな罵倒やめろやクソガキ! これは剃ってんだよハゲじゃねえんだよ! 身体的特徴で差別するのダメってかーちゃんに言われなかったのかツルペタ胸フラットチビ!」
「初対面の相手に言って良いことと悪いことがあんだろハゲオヤジ!」
身長差や体格差は歴然だが、まるきり同レベルの応酬に、つい吹き出してしまった。
「ぷっ……ふふ……ははは……おっと、これは失礼。ルーナさんは初対面の方とも仲良くなれるのですね」
ルーナと眼帯男がそろって声を上げる。
「「どこが仲良しだコラァ! 頭がおめでたい色しやがって! テメェからシメんぞ!?」」
「まあまあお二人とも落ち着いてください。えー……トラムはこの町の人々の財産です。皆様は観光か強盗か組織犯罪のためにノルンヴィノアへやってきたのでしょうか?」
「なんだピンクのニーチャン? このガキの保護者か? どういう教育してんのか親の顔が見てぇと思ったら、テメェも大概じゃねぇか?」
眼帯男がチラリと視線で取り巻きに合図をした。
男たちが短剣の柄に手を掛ける。
「なあニーチャンよぉ……わび入れんなら今のうちだぜぇ?」
ねっとりとした眼帯スキンヘッド男の口ぶりには、台所などに突然現れる黒光りした例のアレ的な生理的嫌悪感があった。
「謝罪をするのは貴方です。ご婦人を恫喝し、町の人々を脅すのはよろしくありません」
「なぁにがよろしくありませんだぁ! オレは結社の元幹部だぞ?」
スキンヘッド男が眼帯に手をかける。そっと親指でずらすと、くぼんだ目の部分に義眼がはめ込まれていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!