最強先生、褒めて伸ばしてボッチイキリヤンキー少女を更生させる

原雷火
原雷火

10.二人で焼いたクッキーは焦げていても甘いものです

公開日時: 2020年9月15日(火) 00:00
文字数:3,166

 おそらくサスエットだろう。


 どう声を掛ければいいだろうか。サスエットの目的は不明だが、上手くすればルーナとの仲を取り持つことができるかもしれない。


 友人ができれば学校は楽しくなる。楽しくなれば好きになる。


 ルーナが学校を好きになった時が、もしかすれば特別補習の終わりの時なのかもしれない。


 オーブンの前に張り付いていたルーナが、こちらにやってきて下から顔をのぞき込んだ。


「おいセンコーどうしたんだ? なんか哀しそうな顔して」


「わたくしが哀しげな顔を?」


「ははーん。さてはクッキー勝負に負けると思ってるんだな」


「え、ええ。ルーナさんの仰る通りです」


「早く焼けないかなぁ楽しみだなぁ……って、べ、別にそこまで楽しみになんかしてないぞ! けど、さっきからバターの香ばしい良い匂いがして……クッキー焼くのは悪くない授業だな」


「オーブンの前で見張りをするルーナさんはとてもかわいいですね」


「おいバカやめろおおお! だ、誰も見てない時でもそういうのはアレだぞ。は、ハラスメントっていうんだからな!」


「失礼いたしました。じっと待つのも手持ち無沙汰ですから、ラッピングの案でも一緒に考えませんか?」


 ストーブの前の猫だったルーナが、ぴょんと跳ねるようにやってくる。


 暑いのか顔は赤いままだ。


「色のついた包み紙とリボンに袋か。もしかしてセンコーは、あ、あた、アタシのラッピングしたクッキーがほ、欲しいのか?」


「わたくしにプレゼントしてくださるとは、大変お優しいですね」


「べ、別に自分用も作るから、そのついでだし」


 少女は伏し目がちになりながら、こちらで用意した包み紙を吟味し始めた。




 授業終了のチャイムが鳴り響く。


 ちょうど焼き上がったクッキーもほどよく冷めて、ラッピングを施し完成である。


「ラッピングに黒いリボンを選ぶのはルーナさんらしいですね」


「わ、悪いかよ?」


「用意したのはわたくしです。どれを選んでも悪いなどということはございません」


「けど……黒じゃなきゃ何色がいいんだ? センコーはどんな色が好きなんだ?」


「そうですね。プレゼントで一般的といえば赤やピンクといった、暖色系のリボンでしょうか」


「そういうのは先に言えよ!」


「黒のリボンは大人っぽさがあって、これもまた良いものですから」


 少女は胸をはった。


「だ、だよなぁ! まあ、その……大人っぽさ? みたいなのは意識してたし」


「では早速、クッキーをプレゼントいたしましょう。本当はわたくしもルーナさんのクッキーをいただきたいのですが……」


「な、なんだよ? いらないっていうのか!?」


「せっかくですから、今から実習室を出て、最初に出会ったどなたかにプレゼントしてはいかがでしょうか?」


「はあっ!?」


「それがきっかけで友達ができるかもしれませんし」


「は、は、恥ずかしいだろ!」


「おや、ルーナさんにも苦手なことはあるのですね」


「で、で、できるに決まってるだろ!」


 言うなり少女はクッキーの包みを手にして廊下に飛び出した。


 こっそり様子をのぞき見ると――


「あっ……オマエたしか……」


「……」


 町で追跡してきた銀髪の少女――サスエットとルーナが鉢合わせになった。


 ルーナの反応からして、名前を知らないだけで顔見知りだったようだ。


「ま、まあいいや。これ、たまたま実習で作ったクッキーが余ったからやるよ」


「……ありがとう」


「え、えっと……アタシのこと覚えてないだろうけどさ」


 サスエットはふるふると首を左右に振った。


「……ルーナ」


「なんだよ名前知ってたのか。えっと……ごめん。アタシはアンタの名前、覚えてないんだ。同じクラスだったけど、すぐに追いだされちゃったし」


「……サスリカ」


「サスリカか。じゃあこれ、サスリカにプレゼントだ。毒は入ってないし味見した時に控えめに言って超美味しかったから、食べてくれ」


 ルーナはクッキーを銀髪の少女に押しつけると「じゃあな!」と背を向けた。


 受け取った銀髪の少女は、きょとんとした表情だ。


 おっと、ルーナが戻ってきてしまう。


 扉の前からそっと離れる。と、黒髪の少女が実習室に逃げるように飛び込んで来た。


「おかえりなさいルーナさん」


「見たことある顔のやつだったから、ちょっとびっくりしたけど渡してきたぞ」


「有言実行で偉いですね」


「これくらいできてあたりまえだからな」


 ルーナは誇らしげに胸を張った。


「ところで、お知り合いの方だったのですか?」


「アタシを追放した教授のクラスにいたやつだった」


「お名前を伺ってもよろしいですか?」


「はあ? 別にセンコーには関係ないだろ」


 頬を膨らませルーナは口を尖らせる。


「それはそうなのですが……」


 少女の口元がにんまりとなった。


「ほっほーう。センコーも人並みに困るんだな」


「わたくしなど至らぬところばかりで、常に困っているようなものです」


「ま、面白い顔見られたから特別に教えてやんよ。サスリカっていうんだ」


 先ほどのやり取りをこっそり見ていたのだが、間違い無く彼女はサスエットだった。


 双子でもなければ名前が違う理由で思い当たるのは、偽名を使ったということだろう。


「前のクラスのお知り合いというと、ディートヘルム教授のクラスの生徒さんなのですね」


「知り合いってほどじゃないけど、なんかアイツもいっつもボッチで……ってアタシは別にボッチじゃねえし! あとこれ! センコーにやるから!」


 黒いリボンの包みを少女はこちらに押しつけるように渡してくる。


「これはルーナさんの自分用のクッキーではありませんか?」


「いいんだよ。代わりに……センコーのくれよな」


「ええ、では交換いたしましょう」


「よし! 交換だ! 貸し借りなしだからな!」


 同じ材料から作って、同じ調理器具で型抜きし、同じオーブンで焼いたものだ。


 それでもお互いにプレゼントとして贈り合うと、特別なクッキーになったように感じられた。


 さて、サスエット……改めサスリカだが、彼女の目的はなんなのだろうか。


 偽名を名乗った以上、知られたくない何かを隠しているのだろう。


 ルーナが心配で様子を見に来たにしては、授業時間の間もずっと監視の目を光らせていたのが不可解だ。


 エリートクラスの生徒が授業を受けずに特別補習をこっそり見学に来るものだろうか?


 それをディートヘルム教授が許すとも思えない。この時間はエリートクラスも授業があるはずだ。教授は一度の欠席すらも許す人ではないと、


噂を耳にしたことがあった。


 となれば、サスリカの監視は教授の指示なのだろうか?




 ◆




「それで、どうだったねサスリカ君」


「……調理実習室でクッキーを焼いていました」


「なんとくだらぬ事に時間を費やしているのだ。落ちこぼれた人間らしいと言えばらしいがな」


「……教授も食べますか?」


「そんなもの捨ててしまいなさい。ハトの餌にもなりはしないだろう」


「…………」


「何か不服なのかね?」


「……いいえ」


「他にわかった事は?」


「……ありません。あの……質問をしてもいいですか?」


「なんだね」


「……教授は指輪をつけないんですか? いつも持ち歩いているものです」


「指輪? さて、なんのことかわからんな」


「……時々、じっと見つめているので……気になって」


「余計な詮索はしないことだサスリカ君。引き続き監視任務を続けたまえ。将来を棒に振りたくはないだろう」


「……はい」


「ところで君は将来、国立魔法研究所に入所して、何を研究するつもりなのだね?」


「……感情……です」


「自分が持っていないものを求める……か。実に君らしい研究テーマだな。まあせいぜい精進したまえ」


「…………」


「もしかしてイラついているのかね?」


「……いいえ。わたしは魔導機械人形……ですから」


「君のような学生がいてくれて本当に助かるよ。使えない人間があまりに多すぎる」


「……では、失礼します」




「この指輪に気づいていたとは……。あの厄災を生き延びたからと、私も少々緩んでいたようだ」


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