そうだ。せめてその入り口まで案内するというのはどうだろうか。中に入って様々な本を実際に目の当たりにすれば、興味を持って手に取ってくれるかもしれない。
「今日は本を借りたり読んだりするのではなく、図書館にどのような本があるのかをざっくりと見に行くだけですから。何も怖がることはありませんよ? 大丈夫です無理矢理椅子に縛り付けて読ませるようなことはいたしませんので」
「それ時と場合によってはやるってことだよな?」
「誓ってそのようなことはいたしません。あの、それとも本当に本が怖いのですか? でしたら無理強いはできませんね」
仕方ないと諦めかけたその時――
少女は平らな胸をはった。
「ビビってねぇから! ただ単に興味ないって言ってるだろ。本なんてなくても生きていけるし!」
言葉とは裏腹に口ぶりには「行きたくない」という意思が感じられた。
「ジェラートの時もそうでしたが、ルーナさんは直感で物事の本質を捉えることができる、素晴らしい才能の持ち主です」
「挑発しても褒めても図書館になんて行かないからな! 本なんて役に立たないんだ」
「役に立たない……つまり一度は試されたのですね」
少女はうつむいてしまった。
「それ以前の問題だったんだ。学校には闇魔法の本が一冊もなかったし……学校の会議で闇魔法の本は去年末に処分されたって……どんだけデカくても、どーせ図書館だって同じだろ?」
闇魔法学科の廃止とともに、関連する書籍まで学校は処分したというのだろうか?
まるで無かったことにするかのようだ。
闇魔法の恐ろしさを伝え残す意味でも、残しておくべき……と言いたいところだが、後の祭りである。
「ルーナさんはご自身の魔法について、使うことを苦手としていらっしゃいます。それはどうしてでしょう?」
「どうしてって……なんだよ急に!?」
「本当は闇の魔法……その真髄とも言える人の心に作用し恐怖を巻き起こし、相手の心をかき乱す力について、ルーナさんは知りたいと思っていらっしゃるのですよね」
闇の系統は相手の精神に作用する。集中を欠けば魔導士も魔法を使えないただの人だ。
つまり闇魔法とは魔導士殺しの系統なのである。
「ち、ちげーし!」
「ノルンヴィノア帝国軍魔法学校に入学したのも、正しい知識を学ぶため。かつて大切な人を傷つけてしまった力を制御し、己に打ち克つため。その学びたいという気持ちを裏切られて、ルーナさんは深く傷つき失望したかと存じます」
「うっせーバカ。どうでもいいだろそんなこと」
「どうでもよくなどありません。が、闇属性の魔法を使えないわたくしには、直接その制御法をお教えすることができないのも事実」
少女の金色の瞳が潤み、じっとこちらを見据えた。
「やっぱセンコーにも無理なんだ」
「だからといって、何もしないわけにはいかないのです。人は自分の足で一歩ずつしか前には進めませんから」
「さっきトラムに乗って楽に進んだじゃん」
「失礼いたしました。そう言われてはぐうの音もでません」
途端に口をとがらせていた少女が「ぷふっ」と吹き出した。
「落ち込むなって。例え話だろ。センコーは本物の先生みたいに教え導きたかったんだよな」
「本物の先生ですとも」
「まだクラス担任もしたことないのにか?」
「それを言われては、ぐうの音も出ません。わたくしの心など、ルーナさんにはすべてお見通しのようですね。仰るとおり先生のように振る舞いたかったのです」
「開き直るなっての! ったくきまらないなーセンコーは」
「はい。まったくです」
「怒らないのか?」
「事実を並べられて怒る方がいるのですか?」
少女は小さく息を吐く。
「いるんだよなぁ。センコーみたいな大人の方が珍しいんだ。で、ノルンヴィノアの町の図書館ならアタシの力について解るのか?」
自身の胸に手を当て小さく一礼する。
「国立図書館ですから、きっと闇属性について書かれた蔵書がいくつもあるでしょう。禁書として封印されているかもしれませんが、ルーナさんが知りたいと願うなら、わたくしが図書館に掛けあいます」
「センコーが掛けあって見せてもらえるとは思えないぞ」
「できるかできないか、賭けをするのはいかがでしょう?」
少女の頭で揺れる赤いウサ耳リボンがピクンと反応した。
「できない方にジェラート十個!」
「では、確認のために図書館へと参りましょう」
少女はにんまり口元を緩ませる。
「図書館には興味ないけど、賭けの結果を知るためだからな」
どんな理由であっても彼女が図書館に足を運んでくれる。
これほど嬉しいことはなかった。
本棚が整然と立ち並ぶ巨大図書館の入り口へとやってきた。カウンター越しで案内業務にいそしむ司書の女性に訊いてみる。
「すみません。闇属性の魔法に関する本を見せていただけませんか?」
「そちらは原則非公開となっております」
「そこをなんとかお願いいたします」
「できません。お引き取りください」
「そうですか。あまりこういった方法は取りたく無かったのですが……」
「脅すつもりですか? 衛兵を呼びますよ?」
眉一つ動かさず司書の女性は毅然としたまま、机の下にあるであろう非常警報スイッチに触れようとしている。こちらからは死角になっているが、所作ですぐに理解した。
「お待ちください。どうか早まらず、わたくしの話を聞いていただけないでしょうか?」
「闇属性の魔法に関する情報は、権限のない方には一切開示できません。皇帝陛下の勅令です」
「勅令? では、それに反した場合は国家反逆罪に問われるということですね?」
「ご理解いただけてなによりです」
「わたくしはノルンヴィノア帝国軍魔法学校で教師をしている者です。怪しい者ではありません。身分証もここに……」
上着の胸ポケットからカードサイズの身分証を取り出す前に「教授職の方でしたら閲覧いただけます」と、司書の女性は先回りをした。
そのままカードをポケットに戻す。
「館内に公衆魔導回線はありませんか? わたくしもあまりこういったことで頼りたくはないのですが、もう少し上の立場の方に相談を……」
「教授職の方の紹介があってもお見せいたしかねます」
自分が連絡を取ろうとした相手は、学校の教授ではない。国家元首だ。
などと、言えるわけもない。実際に連絡は可能なのだが、その前に司書の女性に衛兵を呼ばれて大事になってしまう――
苦悩するこちらを尻目に、一瞬の沈黙をおいてから司書の女性はこちらの背後に視線を向けた。
「申し訳ありません。後ろがつかえていますのでお引き取りください」
振り返ると、受付カウンターに行列ができている。
「ですがその方に取りなしていただければ……」
「衛兵スイッチ押しますね」
「……ここまで……ですか。わたくしはなんと無力なのでしょう。ルーナさんのお力になれないだなんて」
一部始終を隣で静観していたルーナが、こちらの腕を掴んでカウンターから引き剥がす。
右手をぱっと開いて少女は楽しげに告げた。
「はいセンコーの負け! ま……粘ってくれてちょっとだけど嬉しかったし……ジェラートは五本にまけておいてやるよ。だからそんなに落ち込むなって」
彼女のためになにか少しでもできないかと思っていたのだが、逆に励まされてしまった。教師として情けない限りである。
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