最強先生、褒めて伸ばしてボッチイキリヤンキー少女を更生させる

原雷火
原雷火

3.わたくし乗馬は苦手です

公開日時: 2020年9月8日(火) 00:00
更新日時: 2021年3月20日(土) 17:18
文字数:3,330

「次があるのですね。これで終わりではない……と」


「ったりめーじゃん。次は馬だよ馬! 馬術(たんしゃころがし)で勝負だセンコー!」


 びしっとこちらの顔を指さして、ルーナは小鼻を膨らませた。


「どうしたビビッてんのか? まさか馬に乗れないなんてことないよな?」


「一応、馬にも何度か騎乗したことはあります」


「んじゃ、乗れるんだな? もちろん今回のレースで使うのは軍馬だぞ? ロバとかラマとかじゃねぇからな?」


「軍馬となると最後に騎乗したのは五年前ですね」


「五年前だぁ? はっはっはっは! 勝ったなマジで。アタシは剣術だけじゃなく馬術もテッペン獲ったんだぜ。むしろ剣より馬の方が得意だかんな。ちなみに馬ってのは乗る奴が軽い方が速いんだ。覚悟しろよセンコー!」


「ルーナさんは多才な方ですね。退学などとんでもないことです。わたくしは、あなたを失うわけにはまいりません」


 途端にルーナの顔が赤くなる。


「と、止められるもんなら止めてみな」


「昔取った杵柄ではありますが、その勝負、受けて立ちましょう」


 普通の馬に乗るのは久しいが、言い訳にはしたくない。彼女を受け持つため全力を尽くそう。







 乗馬訓練と称して学校の許可をもらい、軍馬が並ぶ厩舎の前にやってくると、空から天馬が舞い降りてきた。


 前庭にたたずむ姿は美しい。芦毛ではなく純白の天馬には、意匠の施された高級な鞍がついていた。


 ルーナが目をキラキラとさせる。


「うわ! 天馬じゃん! すげぇ……実物初めて見たかも」


 天馬はこちらに頭を垂れた。頬を寄せてくるので撫でると嬉しそうに目を細める。


「わたくしはもう、あなたに騎乗することはできません。どうかお引き取り願えますか?」


「ヒヒーン!」


 一転、天馬は哀しげに嘶くと、帝都方面へと飛び去っていった。


「お、おいセンコー! 天馬だぞ!?」


「お騒がせいたしました」


「もしかして……アレってセンコーの馬(たんしゃ)なのか?」


「以前、さる貴人よりお借りしていたのです。わたくしの騎乗するという気持ちが伝わり、帝都より文字通り飛んできてしまったのかもしれませんね」


「天馬をブイブイ言わせてたのか……あれって城一つと同じ価値なんだろ?」


「お詳しいのですね。ルーナさんは本当に馬がお好きなようです。ああ、帰らせてしまいましたが、ルーナさんを乗せてさし上げればよかったですね」


 あっという間に遠くの空で点になった天馬を見上げて、つい言葉が漏れる。


「乗せろぉおお……い、いやべべべべべっつにぜーんぜん羨ましくなんてねぇし! つーか勝負だ勝負!」


 少女は涙目だ。


 天馬の美しさに涙できるのは、きっと彼女の心が清らかで、純白の天馬と同じくらい美しいからに違い無い。


「では厩舎の中に参りましょう」


 屈強な軍馬の並ぶ厩舎に入ると、ルーナは黒い巨馬を指さした。


「はい早いもの勝ち! アタシはこの黒曜号だから!」


「すばらしい馬をお選びになられますね」


 毛並みも艶があり馬体も大きく、この厩舎で最も優れた一頭だ。即座に選ぶ眼力はルーナが馬を愛している証拠と言えた。


「ルートは学校の外周を一周だからな! ま、この黒曜号より良い馬なんていないだろうけど……あ! さっきの天馬は無しだからな!」


「承知いたしました。では、わたくしはこの馬にしましょう」


 ブチ模様の古馬を選んだ。歳は取っているのだが、目の輝きに「若いもんには負けん」という、意気込みが感じられる。


「ぷふー! ザッコ! そんなジジイ馬を選ぶなんてセンスないな! ま、所詮は魔導士のセンコーだ。天馬をブイブイ言わせてたっていっても、素人じゃんか」


「この馬からは気概を感じます。では、外周一周勝負と参りましょう」




 互いに選んだ馬でのレースは、序盤こそルーナの選んだ黒曜号のペースだったが、中盤からは古馬が駆け慣れた外周コースを効率良く走り抜け、結果は僅差でこちらの勝利となった。


「な、な、なんでだ!?」


「経験の差でしょうか」


「ま、まだ終わってないぞ。次はお互いの馬を交換して勝負だかんな!」


「よろしいでしょう」


 古馬から黒曜号に乗り換えて、序盤で一気にスパートを掛ける。


 古馬は二周目ということもあり、スタミナ切れを起こしていた。


 結果――


 こちらが十馬身ほどの差をつけて圧勝だった。


 馬を降りてルーナが吼える。


「ず、ずるいぞテメェ! こっちの馬のスタミナ切れを知ってただろ!?」


「はい。一周勝負と考えておりましたので、余力は残しておりませんでした」


 少女がわなわなと肩を震えさせる。


「な、な、舐めやがって!」


「わたくしは真剣に勝負いたしました。それが馬に造詣の深いルーナさんへの礼儀というものです」


 途端に少女の顔が赤らんだ。


「ぞ、造詣とか……別にアレだけど……こ、これで一分け一敗か……」


「もしや、もう一勝負してくださるのですか?」


「ったりまえだろ! センコー相手に負けっぱなしでいられるか!」


 剣術、馬術とくれば、最後の勝負は――


「料理勝負でしょうか?」


「ば、バカなのか!?」


「では、どのような勝負にいたしましょう……ルーナさんは魔法術勝負はなさりたくないでしょうし」


「はぁ? なんで決めつけるんだよ?」


「魔法が得意でしたら、一番最初に勝負したでしょうし。教師が相手でも勝つと仰るはず。次の勝負、わたくしたちのこれからを決める、大切な一戦なのですからルーナさんにとっても、わたくしにとっても悔いの無いものとしたいのです」


「や、や、やってやんよ! 逃げるつもりねーし! いいぜセンコー……ま、ままま魔法術勝負だ」


 少女は顔を真っ赤にしてイキリちらした。なのにまたしても涙目で肩も膝もプルプル震えている。


「本当に無理なら無理と仰ってくださいね」


「無理じゃねーから! ほら行くぞセンコー!」


 肩を怒らせ少女は厩舎に古馬を連れていくと、水をやり飼い葉を与えブラッシングをした。


 間違い無く良い子である。




 ◆




 それからしばらくして、野外運動場の隅にある一対一の魔法術試合場に移動した。


 客席も備え付けられているが、本日は二人きりの貸し切りだ。


 縦二十五メートル。横十二メートルと、庭球のコートを少し広くした程度の試合場で、四隅には魔法が外部に漏れないよう、結界を生み出すポールが立っている。


 中央の仕切り線を挟んで少女までの距離はおよそ十メートルほど。四隅のポールから結界が展開し、透明な魔法障壁に囲まれる。


 一般用には十分な強度を持つクラス2のものだ。


 学期の途中途中で行われる校内トーナメント戦で、いくつもの名勝負が演じられてきた場所……とのことだ。(※ノルンヴィノア軍魔法学校広報誌より抜粋)


 少女は腰に手を当て胸を張ってはいるものの、どこかそわそわと落ち着かない。


「では、お手合わせよろしくお願いいたします」


 一礼すると石英製の六角柱短杖を構える。


 ルーナはプイッとそっぽを向いた。


「センコーは本気で立派な魔導士を育てたいって思ってるのか?」


「もちろんです」


「だったら……やっぱりアタシなんか放っておいた方がいいよ」


「それはまたどうしてでしょう?」


「う、うっせー! 人が厚意で言ってあげてんのに、口答えすんな!」


 生徒の言葉に耳を傾ける……つもりが、かえって怒らせてしまった。


「わたくしは、あなたが欲しいのです」


「ば、バカなのか!?」


「剣術と馬術の勝負をして、ルーナさんは物事に、一生懸命に打ち込むことができる人だと確信いたしました」


「そ、それは好きだからだ! アタシは魔法が嫌いなんだよ!」


「なるほど。実は、わたくしもあまり魔法が好きではありません。便利な力ですが、使い手次第では簡単に人を傷つけてしまう恐ろしいものですから」


「じゃあなんで魔導士のセンコーなんてしてんだよ?」


「好きな事が得意な事とは限らないのです。その逆もしかり……ですから。だからこそ、きちんと力の使い方をお教えしたいのです」


 ルーナはうつむいた。金色の瞳も哀しげだ。遠視の魔法を使わなくとも、この距離なら表情を読み取ることができる。


 ただ、その心の奥底まではわからない。


「ですから無理に好きになることもありません。自信の才能や適性と上手く付き合うことさえできれば、十分以上です」


 入学する生徒たちは、みな自身の魔法に誇りを持っている。得意なことが好きなことであれば、悩むことすらない。夢中になって打ち込むだけだ。


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