「うぬぬぬ…………ぬわーーーーーっ!? あれ……?」
「おはようございます、カーラさんっ! お体は大丈夫ですか?」
カーラが目を覚ました時。その目に飛び込んできたのは木製の滑らかな天井と、安堵の笑みを浮かべるミズハの姿だった。
「ミズハさん……? 自分は…………? あ、ああああ……あの大男はどこッスか!?」
「大丈夫ですよ……カーラさんの言うその方は、リドルさんと黒姫さんがお話ししてお帰り頂いたそうです。それに、騒動に巻き込まれた皆さんもご無事だと聞いています」
「そうだったッスか……良かったぁ…………って、自分の怪我も治ってるッス!?」
ミズハの言葉を聞き、安心したように溜息をつくカーラ。
見れば、相当な重傷だった筈のカーラの体も怪我一つ無い状態に回復していた。
「ふふっ。実は、ナーリッジに居るとっても素敵なお医者様にお願いして、ここまで来て頂いたんです。どんなお怪我もすぐに治して下さるんですよっ!」
「お医者様まで……うぅ……自分、また先走って皆さんに沢山ご迷惑をおかけしてしまったッス……申し訳ないッス……」
「そんなことないですよ。お二人から話は聞きました。街の人達を助けるために戦ったカーラさんは、とっても立派だったと思います」
「ミズハさん……」
半身を起こして悔し気に下唇を噛むカーラに、ミズハはそっと白湯の入った湯飲みを手渡した。
「でも、黒姫さんはこうも言ってました。カーラさんは私を侮辱されたから、一人で戦ったって…………」
「あ……っ!? う……そ、それは……ッス……」
「カーラさんのそのお気持ちはとても嬉しいです…………でも、今後は絶対に止めて下さい。もしあの場にリドルさんや黒姫さんが居なかったら、カーラさんだけじゃなく、街の人達ももっと酷い事をされていたはずです」
「はい……ごめなさいッス……」
白湯に一度口をつけたカーラに、ミズハは真剣な口調でそう言った。
あの時、あの場でゴウマが発したミズハを侮辱する言葉。
ミズハに憧れ、ミズハのようになることだけを夢見て生きてきたカーラにとって、ゴウマのミズハに対する侮辱は、到底看過できる物ではなかった。
勿論、あの場でゴウマに暴威を振るわれる親子を助けたいという気持ちが偽りだったわけではない。しかし、本来リドルや黒姫が最初から参戦していればカーラが傷つくこともなく、民家に被害が出ることもなかったのだ。
にも関わらず、カーラは飛び出す寸前の二人に「ここは自分に任せて欲しい」と願い出ていた。
ミズハへの侮辱は、弟子である自分が晴らさねばならぬと。
実はカーラは、戦う前から完全に冷静さを失っていたのだ。
「――――分かってくれればいいんです。最初から何でも上手くいく人なんていませんっ! そのために、私もカーラさんも一生懸命お稽古するんですからっ! ――――ね?」
「うぅ……ミズハさん……っ。ごめん、なさいッス……申し訳、ないッス……っ」
微笑むミズハの優しさに、カーラはついに抑えきれずボロボロと悔し涙を流した。
だがそれは、自らの実力不足による悔しさだけではない。
『――――大丈夫ッス! ミズハさんと修行して、自分も結構強くなったッス! 立派な門番として、こんな悪党に負けるわけにはいかないッス!――――』
そう――――カーラは浮かれていた。
完全に浮き足立っていた。
子供の頃から憧れていた門番となり、さらには雲の上の存在だった筈のミズハと友人として日々を過ごせるようにもなった。
門番となってから今日までの一ヶ月。
それはカーラの15年の人生で、全ての夢が叶った絶頂の時間だったのだ。
「っ……うぅ……ふぐっ! うぅ~~…………っ!」
「カーラさん……」
何が『師匠への侮辱は許さない』だ。
自分は、一体いつからそのような事を考えられる立場になったのか?
もしこの場にルーが居れば、彼女にどのような辛辣な言葉を浴びせただろう。
つい一月前まで、どこにでも居るただの冒険者だった自分。
偶然ルーという異質な存在に見出され、彼女によってプロデュースされ、彼女の思惑の中でミズハと知り合うきっかけを得た。
もしルーに出会っていなければ。
もし彼女によって適切なプロデュースを受けていなければ。
カーラは今も傷つきながら魔獣退治に精を出し、毎晩放送されるミズハの門番配信を、寒々しい野火の前で憧れと共に眺めていたはずだ。
何もやっていない。
自分はただ、運が良かっただけだ。
それなのに、自分は――――。
一度マイナスへと傾いたカーラの思考は、どんどんと下り坂へと落ちていく。
こんな思い上がった自分には、門番など相応しくない。
ましてや、ミズハの弟子を名乗ることなど。
そのマイナス思考は留まるところを知らず、まるで底なしの沼に沈むようにカーラの心を捉えようとした。だが――――。
だがしかし。
そんなカーラの心を支えたのは、やはり彼女の言葉だった。
「大丈夫です――――」
カーラの小さな手の平は、同じように小さなミズハの手によって握られていた。
「カーラさんが今まで積み重ねてきたことは、一つも無駄なんかじゃありません。他の皆さんは知らなくても――――私は、それをよく知っています」
――――君が今まで積み重ねた門番としての日々は、何一つとして無駄になどなってはいない。君の存在は、すでに大勢の人々の心に深く刻まれているのだ――――
ミズハが口にしたその言葉。
それはかつて、ミズハ自身が失意の底に沈んでいた際に差し伸べられた、心から慕い続ける師の言葉だった。
カーラが泣きはらした瞳を上げた先――――そこにはまっすぐに彼女を見つめるミズハの銀色の瞳が、優しく輝いていた。
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