世は大門番時代――!
伝説の門番クルセイダスが魔王の軍勢を討ち滅ぼしてから三十三年。
最強の門番ヴァーサスが全多元宇宙消滅の危機を救ってから二年。
今も変わらず世界中の権力者達はこぞって優秀な人材を門番に立たせ、自らの財力と人望を誇示することに躍起になっていた。
戦士も、魔法使いも、神官も、盗賊も、格闘家も、あらゆる職業全てが門番になるための通過点に過ぎず、勇者という存在はいつしか門番にその立場を奪われ死語となった。
権力者たちは門番を求め、門番を頼った。
民衆もまた門番を求め、門番を頼った。
世を脅かす邪神も、悪魔も、万を超える軍勢すら強力な門番の前では無力。
門番という存在は、あらゆる人々にとって英雄そのものだったのだ。
そして、そんな時代のナーリッジという街からほど近い森の中で――――。
「いいですよ、カーラさん。お好きなようにやってみてくださいっ!」
「おっけーッス! ミズハさん、お願いするッス!」
ナーリッジの街を囲む広大な草原にぽっかりと現れる半径数キロほどの森。
その森のほぼ中央にある開けた空間。
そこには大層立派な全長5メートルほどの門があり、その周囲には何件かの民家が建っている。
そして、その門のちょうど目の前。
短く揃えられた紫髪の小柄な少女と、長い黒髪を一纏めにした、銀色に輝く瞳が特徴的な更に小柄な少女が激しく火花を散らしていた。
紫髪の小柄な少女――――彼女の名はカーラ・ルッチ。
彼女はたった今対峙するもう一人の少女――――門番ランク2にして、大陸でトップの人気を誇るアイドル門番、ミズハ・スイレンに憧れて門番となったばかりの駆け出し門番である。
とある件で知り合った二人は、同年代ともあってすっかり意気投合。
元々カーラがトップアイドル門番であるミズハに対して強い憧れを抱いていたこともあり、今ではこうして二人で稽古に励むようになっていた。
「先崩の型――――開花旋掌ッ!」
「はいっ! その調子です、カーラさん!」
「崩しの型! 気崩の型! 雪崩の型! 雷崩の型!」
「はっ! ていっ! せいっ!」
カーラの戦闘スタイルは徒手空拳だ。彼女の装備する特注のグローブとブーツには超硬質の金属が仕込まれ、今では巨大なドラゴンの顎も一撃で砕けるまでに成長した。
しかし、見ればカーラの怒濤の連撃を受けるミズハもまた徒手空拳だった。
ミズハはどこか異国の匂いを感じさせるゆったりとした、それでいて活動的な服装を優雅に翻し、カーラの攻撃を全て紙一重で、瞬き一つせず完全に見切り続ける。
今や大陸一の剣士と呼ばれるまでに成長した彼女の愛用する二刀――――双蓮華は、彼女の腰ではなく門の前に丁寧に置かれている。にも関わらず――――!
「ぜぇ……! ぜぇ……っ! こ、これならどうッスか……っ! 地崩の型――震樹蹴撃……っ!」
「はい――――ここまでですっ。前よりもずっと良くなってますね!」
カーラが最後に繰り出した一撃。それは彼女の息が上がっているとはいえ、直撃すれば半径数百メートルを灰燼に帰す程の威力を秘めた蹴りだった。
しかしミズハはその一撃をそっと手を添えただけで受け止めると、カーラの蹴り足に込められた破壊エネルギーを完全に消滅させ、にっこりと微笑んでカーラの成長を称えた。
「あ、ありが……とう……ございましたぁ……ッス……(ガクッ)」
「大丈夫ですかカーラさんっ!?」
渾身の一撃を易々と受け止められたカーラ。
全身全霊を出し切った彼女はなんとかミズハに頭を下げて礼をすると、そのまま口から魂を吐き出してぱったりと倒れてしまう。
ミズハはそんなカーラを咄嗟に受け止めると、腰のホルスターに収められた水筒を差し出してカーラに飲ませた。
「ごきゅっ! ごきゅっ! ごきゅっ! ぷはぁーーーーッ! い、生き返ったッスーーーー! ありがとうッス、ミズハさん!」
「私も、カーラさんがとても熱心に励まれているので、ついつい嬉しくなってしまって……次からは、もう少し早めに止めるようにしますねっ」
「くぅううう……! 不甲斐ないッス! まだまだ全然駄目駄目ッス!」
「大丈夫ですよっ。焦らなくても、カーラさんはちゃんと強くなってますっ」
元より、一ヶ月前に門番になったばかりのカーラと、数多の門番の頂点である門番ランク2のミズハとでは、その戦闘力には天地ほどの差がある。
しかしそれでも、ミズハに愛刀を使わせることすらできない自身の実力に、カーラは両目をバッテンにして悔しがる。そしてそんなカーラの姿に、ミズハはかつての自分を重ねて微笑んだ。
「自分も結構強くなったかなーなんて思ってたッスけど、そう思えば思うほど、ミズハさんがヤバすぎるって分かってくるッス! やっぱりミズハさんリスペクトッス! 一生着いていきますッスーーーーーッ!」
「そんな……私なんて、師匠に比べればまだまだです……っ」
その黒い瞳をキラキラと輝かせ、尊敬の眼差しをミズハへと向けるカーラ。
彼女の言葉にミズハは頭を振って謙遜してみせるが――――。
「はっはっは! そんなことはないぞっ! 二人ともお疲れ様だな!」
「ですですっ! ミズハさんは言わずもがな、カーラさんもとーーーーってもお強くなられましたねぇ!」
「わはー! みうはつよーい! ライトもやるー!」
「し、師匠っ!? それにリドルさんも……! すみません、お仕事のお邪魔をしてしまって……!」
「おおおおおっ!? 大師匠と社長さんじゃないッスか! 今日もお世話になってるッス! ライト君もこんにちはッス!」
稽古を終えた二人にかけられる声。
その声の主。それは全身甲冑に一振りの槍と盾。そして小さな赤ん坊をおんぶ紐で抱っこする精悍な青年――――門番ランクランク外にしてミズハの師匠。全次元最強の絶対門番、ヴァーサス。
更にはヴァーサスの妻であり、カレンダー運送という宅配業を営む社長兼、門の支配者――――リドル・パーペチュアルカレンダー。
そしてその二人の第一子。
超次元存在ラカルムによって祝福された運命の子、ライトであった。
「うむ! 俺たちはなにも迷惑ではないぞ! ミズハも立派になったものだ!」
「師匠……っ! ありがとうございますっ!」
現れたヴァーサスは満面の笑みを浮かべ、ミズハに手を差し伸べる。
ミズハは倒れたカーラを抱えたままにその手を取ると、僅かに頬を染めて微笑む。
「ふふ……本当にミズハさんもお強くなったと思いますよ。でもそろそろお昼ですし、お二人さえ良ければ一緒にお昼にしませんか?」
「もうそんなお時間だったんですね……でしたら、私は配膳のお手伝いをさせて頂きますっ!」
「ええええっ!? 自分も一緒に食べていいんスかっ!?」
「もちろんですとも! ちゃんとカーラさんの分もありますから、ぜひ食べていって下さいね」
「うひゃーーーー! 嬉しいッス! 頂きますッスーーーーっ!」
大きく開けた森の中の門の前。
普段と変わらぬ様子のヴァーサス達は、そのまま和やかに笑い合いながら、今や三階建てとなったパーペチュアルカレンダー宅へと入っていく。
だがしかし。
そんな光景から僅かに離れた場所。広場に面した森の木陰。
なんの支えもなく空中に浮かぶゴージャスなベッド。そのベッドに寝そべる禍々しい漆黒トゲトゲドレスの女性が、一枚の手紙をその手に広げていた。そこには――――。
『睡蓮の武は敗れり。長兄、父共に死の床にアリ。師と共に戻り、助力を請う』
「ふむふむ……? ミズハ宛の手紙がこちらに届くとはどういうことかと思ったが、なるほどな。これはまた面白い事になりそうだぞ、ヴァーサスよ……ッ!」
その女性――――別次元のリドルにして黒の門の支配者である黒姫は、その手紙の中身に目を細めて笑うと、極悪暗黒オーラを周囲にまき散らして高笑いを上げるのであった――――。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!