門番VS

あらゆる災厄から門を死守せよ!スーパー門番同棲ファンタジー!
ここのえ九護
ここのえ九護

弟子の話をする門番

公開日時: 2021年11月1日(月) 21:37
更新日時: 2021年11月1日(月) 23:35
文字数:3,153


「うむ……! うむ……ッ! 見るのだライトよ! 我が家の門とは大分造りも形も違うが、とても見事な門だっ!」


「わはー! もんー! もんあるー! パパうれしいねー! らいとももんまもるー!」


「いやはや……いきなり『どうしても確認したいことがあるのだッ!』って言うから何事かとついてくれば、ミズハさんの家の門の確認じゃないですかっ!? どこまで門大好きなんですかヴァーサスは!?」


「ハッハッハ! 俺もカイリまでは実際に行ったことがあるのだが、トウゲンの門を見るのは初めてなのだ! むしろ今までじっくり見るのを我慢していた事を褒めて欲しいくらいだなっ!」


「そういえばそうでした……ヴァーサスは初めて私の門を見た時も物凄い勢いで目をキラッキラさせてましたねぇ……最愛の夫が相変わらずの門番馬鹿で何よりですよ……はい」


 ミズハの実家であるスイレンの屋敷正面。

 広々とした見通しの良い通りに面した屋敷に備えられた、巨大な木造の門の前。


 そこには、親子揃って目を輝かせながら巨大な門を見上げるヴァーサスとライトと、小さなエマを抱いて呆れつつも、やれやれと微笑みを浮かべるリドルの四人がやってきていた。


 実はヴァーサスは一目この立派な門を見てからずっと気になっていたのだが、ミズハとその母であるスズナの再会から始まった一連のシリアスイベントの連撃を受け、空気を読んできっちりとその欲求を抑えていたのだ!


「おお……!? これを見るのだライト! この支柱と支柱の組み合わされた場所を! 僅かの狂いもなく、木材同士がぴったりとはめ込まれている! な、なんと見事な……っ!」


「いいにおいー! このにおいすきー!」


「ふふ……二人とも本当に門が大好きなんですから。でもこの門もそうですが、ミズハさんのご実家は隅々までお手入れが行き届いてますねぇ。確かにこのお家で育てば、ミズハさんみたいなキリリっ! とした子に育ちそうな感じがしますっ!」


「――――はっは。どうやら、門番ヴァーサス殿は余程門がお好きと見える」


 するとその時。その立派な門に張り付くようにしてうんうんと感心の声を上げるヴァーサスに、穏やかな声がかけられる。


 見れば、そこにはミズハへの謝罪を終えヴァーサス達ともすっかり打ち解けたミズハの父――――ゲンガクが立っていた。


 ゆったりとしたトウゲン特有の渋茶色服装に身を包んだゲンガクの立ち姿は、先ほどまでの張り詰めた雰囲気は一切無く、秋の陽光のような穏やかさに包まれていた。


「おお――――父上殿! これは失礼した。あまりにも見事な門だった故、どうしても間近で見ておきたかったのだっ!」


「どうかそう畏まらず、ヴァーサス殿の好きなだけ見てやって下さい。日々この門を手入れしているのは息子のカズマです。倅も、ヴァーサス殿のその言葉を聞けば大層喜んだことでしょう」


「ミズハの兄上殿が……! それは本当に立派なことだ! 兄上殿も門番を目指していれば、きっと見事な門番になっただろう!」


「……門番を目指すほどの気概が倅にあれば、まだ良かったのかも知れませんが……」


 ゲンガクはヴァーサスの言葉に寂しげな笑みを浮かべる。


「倅は自信を失っております。ミズハとの才の差を間近で見続けた上、リンドウにも後れを取った。儂は、ミズハ程とは言わずとも、カズマにも素晴らしい剣才があると信じておるのですが…………儂自らが後は老いるのみの身。カズマにも、そしてミズハにも……親として道を示してやることができませんでした……」


 そのゲンガクの言葉には、その言葉通りの悔しさと不甲斐なさが滲んでいた。


 ミズハの剣才を追放することしか出来ず、手元に置いた長子を導くこともできなかったと――――その皺の刻まれた目元には、深い後悔が浮かんでいた。


「ヴァーサス殿は、一体どのような教えをミズハに与えたのでしょう? 見たところヴァーサス殿の得物は短槍。ミズハの扱うスイレンの剣とは何もかもが異なるはず。にも関わらず、ミズハの剣は貴方様と出会ってから見違えるように研ぎ澄まされたように見えます」


「む……? 俺がミズハに与えた物か……」


 ゲンガクの問いにヴァーサスはその表情を正して逡巡する。そして――――


「うむむ……少し考えてみたが、俺はミズハに特別な何かを教えた事はない。初めて俺と出会ったその時から、すでにミズハの剣は完成されていた。むしろ、俺の方が勉強になったくらいでなっ! ハッハッハ!」


「ならば、ミズハはなぜ……」


「強いて言うなら、自分を信じろ……ですね。ヴァーサスは、初めてミズハさんと出会った時から、ずっとそう言い続けていましたよ」


 二人のやりとりを黙って聞いていたリドルが口を開く。

 リドルはそのままぺこりとゲンガクに一度会釈すると、ヴァーサスの隣に並ぶ。


「自分を信じろ…………ヴァーサス殿は、それだけでミズハを?」


「……ヴァーサスがちょっぴり他の皆さんと違ったのは、誰よりもまずヴァーサスがミズハさんのことを信じてあげたことですよ。今だから言えますけども、私なんて最初にミズハさんと会ったときの印象最悪でしたからっ!」


「ハッハッハ! 確かに、そういえばそうだったな!」


「ヴァーサスはあの時からずっと、それこそミズハさんよりもミズハさんの事を信じていましたよ。私が何を言っても『ミズハ殿は強い。彼女なら必ず出来るはずだ!』の一点張りで。とある戦いで私が命の危機に晒されたときも、ヴァーサスは迷わずミズハさんに私を守るようにお願いしてました」


「なんと…………」


 リドルはその赤く美しい瞳をまっすぐに向け、懐かしい記憶をゲンガクに語って聞かせた。


 神々の襲撃に際し、敗れれば世界が滅びる要衝を傷つきながらも守り抜いたこと。

 恐るべき刺客による門番への総攻撃においても、ただ一人その襲撃者を捕縛し、味方へと引き込むきっかけを生み出したことも。


 そして今では師であるヴァーサスと並び立ち、どのような強敵にも決して臆することなく挑む立派な門番となったことを――――。


「――――ヴァーサスは、どんな時でもミズハさんの事を信じていました。私なんてヴァーサスとは四六時中一緒にいますけど、ヴァーサスがミズハさんへの不安を口にしたのなんて聞いたことないですからっ!」


「うむ! ミズハは初めて会った時からすでに立派な門番だった! そして今は更に立派になった! やはり俺から言うことは何もないな! ハッハッハ!」


「そう、でしたか……ヴァーサス殿は、そこまでミズハのことを……」


 リドルの話を聞いたゲンガクは自らの視線を天へと向け、今までの自身の行いを省みるように目を閉じる。


 リドルの言葉通り、ヴァーサスは初めてミズハと出会ったその瞬間から彼女を深く信じていた。


 不死身の戦士バダムに敗れ、失意に沈むミズハに再び声をかけたのも、ドレスとの戦いで無力となったリドルを託したのも、神々の侵攻に際して東の門を単独で任せたのも。ヴァーサスはそのどれ一つとして、ミズハに任せて大丈夫だろうかなどと考えた事は無かったのだ。


「ゲンガクさんはお二人のお父さんですから、もしかしたら私やヴァーサスほど単純じゃないのかもしれません。でも、多分信じるってそういうことなんだと思います。ヴァーサスがミズハさんにしたように、ゲンガクさんも、ミズハさんやお兄さんのことを信じて、任せてしまっていいのかも……なんて、ちょっと思いましたよ」


「ありがとうございます、奥方様……このゲンガク、奥方様から頂いたお言葉、決して忘れは致しません……そしてヴァーサス殿、やはり貴方はミズハにとって掛け替えのない存在のようだ。どうか……これからもミズハのことを頼みます……」

 

 ゲンガクはそう言って、その背を折って頭を下げる。それを受けたヴァーサスもまた力強く頷くと、リドルと目を見合わせて笑みを浮かべるのだった――――。




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