「それでは、誓いの口づけを――――」
「うむ! リドル、これからも宜しく頼む!」
「はい……もう絶対に離しませんから!」
暖かな光の下、互いの目をまっすぐに見つめ合い、想いを確かめ合うように口づけるリドルとヴァーサス。
同時にその場で割れんばかりの歓声が上がり、色とりどりの花びらが二人の頭上から舞い降りた――――。
門番皇帝ドレスが発した通達は的確だった。
リドルが普段からナーリッジで懇意にしている街の人々はもちろん、ヴァーサスがかつての門番戦争で親交を温めた仲間達のような、今は世界中に散っている多くの人々に対して二人の結婚は正確に伝達された。
さらにはシロテンの力までも使い、急なことだったとは言え、今この場にはリドルとヴァーサスを祝福するために大勢の人々が詰めかけていた。
二人の新しい門出は、こうして数え切れない祝福と喜びによって満たされたのだ。
「……師匠……リドルさん……っ! 本当に、本当におめでとうございます! 私……胸がいっぱいで……っ」
「ほう……もっと浮かぬ顔をしているかと思ったが、もうヴァーサスのことはいいのか?」
その光景をすぐ傍で見るミズハに黒姫が声をかける。ミズハは少しだけ俯いて思案するような素振りを見せたが、すぐにその顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべてその銀色の瞳を輝かせる。
「黒姫さん…………私、師匠のことが好きです。でも、やっぱりリドルさんのことも大好きなんです…………。私の大好きなお二人のあんなに幸せそうな顔が見れるなんて、私は幸せ者だなって、心から思えるんです…………もちろん、ちょっと寂しいなって思いますけど…………」
「ふふっ……そうですか。私も同じですよ、ミズハさん」
「黒姫さん……」
先ほどまでの威圧的な雰囲気がすっと消え、ミズハの言葉に優しい笑みで応える黒姫。黒姫も同じだった。自分がこの世界にやってきたときに二人が出会っておらず、絆を深めてもいなかったら自分はどうしていただろうか。
この次元があらゆる平行世界の中で唯一無二の到達点であることにも気づかず、黒姫自身の手でめちゃくちゃにしてしまった可能性もゼロではないのだ。
黒姫の今の平穏な生活は、この世界のリドルとヴァーサスの絆なくしてあり得ない。それは黒姫自身が誰よりも理解していた。だが――――。
「――それでミズハよ、一夫多妻制となっている地域のリストアップは終わったのか?」
「あ、はいっ! 黒姫さんに言われて、もう終わってます!」
「ククククッ! さすがミズハ、見事な手腕と褒めてやろう……。あとはこの中から適当な地域を選び、そこに門を二人の家ごと移動させれば計画は完了よ……ッ! クククッ! クハハハハ!」
「す、凄いです黒姫さん! 凄く悪そうです!」
幸せしかないリドルとヴァーサスのすぐ隣で高笑いと共に漆黒のオーラをぶちまける黒姫。二人の、というより黒姫のこの世界での野望はまだ始まったばかりだ――――。
「おめでとうヴァーサス! リドル君! 君たち二人の未来が幸福に満ちるように、帝国も全力でバックアップさせてもらうよ!」
幸せに満ちた二人に負けないほどの満面の笑みで声をかけるのはドレスだ。ドレスがさらりと発したその言葉に、リドルは驚いたように声を上げる。
「ええっ!? 帝国が私たちの新生活の面倒見てくれるんですか!? いやはや、こんな私の全財産吹っ飛びそうな結婚式を開催して下さっただけでもう十分なんですけども……!」
「感謝するドレス! しかしまさか結婚を報告しに行ったらすでに結婚式の準備が終わっていたのには驚いた! やはりお前は凄いな!」
「ハハッ! 僕に不可能なんてないのさ! 次は育児用品を準備しておくからね!」
「あわわ……ちょ、ちょっと待って下さいよ! 今の皇帝さんがそういうこと言うと全然冗談に聞こえないんですけども!」
「――? 全然冗談じゃないよ?」
「ひゃーーーー!?」
全知などと言うとんでもない力を手に入れたドレスの言葉は、もはや予言どころか宣告である。あの一件のあとに皇帝領域の存在を把握したリドルは、そのドレスの言葉に顔を真っ赤にしてヴァーサスの腕に身を寄せた。
「はっはっは! 重ね重ね感謝する! ドレスもなにかあればいつでも言ってくれ! 俺の力ならいつでも貸すぞ!」
「ああ! そのときは頼むよ! みんなの笑顔は、僕たち全員で守るんだ! もちろん、君たち二人の未来もね!」
「ドレス!」
「ヴァーサス!」
そう言って互いを固く抱きしめ合うドレスとヴァーサス。
この二人の友情と強さもまた、かつて相対したときよりも圧倒的に大きく成長した。ドレスの言葉通り、二人が力を結集して守れぬ災厄など存在しないだろう。
たとえ力及ばぬ強大な災いが訪れたとしても、二人の友情はそれすらも乗り越えてさらなる高みへと至る――――二人の熱い抱擁は、それを見る者にそう確信させるような光景だった。
「――――二人とも、結婚おめでとう。でも不思議ですね。たしか、同じ言葉を三日後にも発した気がするのですが――――」
「ひえ! ラカルムさん、もう大丈夫なんでしょうか?」
「はい。さきほどはつい素のままで来てしまいました。うっかりミスというものです」
そこへさらに現れたのは万祖ラカルム――――。
実はラカルムは式の開始時から姿を現わしていたのだが、その場に居合わせた神とも戦える強者以外は、全員ラカルムの存在を知覚した瞬間に『ラカルム……! ラカルム……! 我はラカルム……! 全てはラカルムになるのだ……!』などと呟いてその肉体が変質し始め、式場は阿鼻叫喚の渦に叩き込まれた。これが恐るべき深淵の力である。
「でも――――私の言った通りになりましたね。一つ屋根の下で男女が侵蝕を共にしていれば、それは結婚であると。それもあなたの母から教えられました」
「超次元存在になに変なこと吹き込んでるんですかあのマッドサイエンティストは…………頭が痛くなってきましたよ…………あたたた」
「しかし、やはりラカルム殿には感謝してもしきれない。今にして思えば、結局全てラカルム殿の言うとおりだった! 俺が跡形も無く消え去るというのも、まさか俺がリドルと結婚して姓を得るという意味だったとは! はっはっは!」
相変わらずの様子で言葉を続けるラカルムに、ヴァーサスは笑みを浮かべて感謝を述べる。ラカルムはそんなヴァーサスをじっと見つめ、ゆっくりと、しかしはっきりとその表情に祝福の色を映し出した。
「ヴァーサス・パーペチュアルカレンダー。あなたは一つ一つ、自らの手で正しい道を選んできた。その結果が今この時です。どうか、これから先の時の流れでもそのままであるように。そうすれば、あなたたち二人はずっと一緒です――――」
「うむ……! 俺もそうするつもりだ! ありがとう、ラカルム殿!」
ヴァーサスはそう言うと、ラカルムの今は深淵を映さぬ漆黒の瞳をはっきりと見据え、力強く頷いた――――。
こうして、リドルとヴァーサスの結婚は多くの人々に暖かく迎えられ、二人は新しい一歩を揃って踏み出した。そして、式が終われば次にやってくるのは――――。
「わはー! 新婚旅行ですよ! ハネムーンってやつです! たはは!」
「これは凄い! まさか本当にこんなものまで用意してくれているとは!」
夏真っ盛りの降り注ぐ太陽と青空の下。ナーリッジからほど近い港町へとやってきたリドルとヴァーサス。
今、二人の目の前には見上げるような巨大な豪華客船――――ダイタニック号がその姿を現わしていた。
「たしかこの前の配信で見たんですけど、この船ってついこの前完成したばっかりの最新型らしいですよ! なんでも今回の船旅が処女航海だとか! やっぱり皇帝さんは格がちがいますね!」
「そうなのか! 俺も船と言えば自分の力で漕ぐ船しか乗ったことがないので楽しみだ! 早速乗り込むとしよう!」
「そうしましょう、そうしましょー!」
笑みを浮かべ、手を繋いで豪華客船ダイタイニック号へと乗り込んでいく二人。
だが二人はまだ知らなかった――――実はこの船のオーナーが船による大陸間航行期間記録の更新を狙っていることや、脱出ボートの数が不当に減らされていること。さらには無理な建造スケジュールにより、船底に強度不足の箇所を抱えていることを――――。
門番VS新婚旅行――――開戦。
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