「はいっと! 着きましたー……ってここは?」
「こ、ここは……レイランド卿の……!?」
「リドルさん!? お、おかえりなさい!」
何もない空間から瞬間的に出現するリドルとミズハ。
しかし二人が飛んだ先は二人も良く見知った場所だった。
豪華な装飾が施され、高価な調度品がずらりと並ぶきらびやかな室内。
突然現れた二人に驚く小柄な金髪の少年クレスト。
リドルとミズハがバダムの座標を追って現れた先。
そこはクレストの父、ハッシュ・レイランド卿の大邸宅の一室であった。
「おやおや~? これは一気にきな臭くなってきましたね。もしかして私の適当な犯人推理当たっちゃいましたか?」
「そ、そんな! レイランド卿はたしかに人としてどうかと思う部分も多々ありましたが、今回のような事件を起こすような方では……方では…………うーん……。すみません、レイランド卿ならするかもしれません……っ!」
「ほら~! ミズハさんだってそう思うんじゃないですか!」
「あ、あの! さっきの配信見てました! これでもう全部終わったんですよね? 事件は解決したんですよね?」
突然現れて二人だけで盛り上がる二人に、説明を求めるクレスト。
クレストの純粋でまっすぐな瞳を見たリドルは一瞬どうしたものかと困った表情を浮かべたが、意を決して声を上げた。
「申し訳ありませんが、事件はまだ終わっておりません。クレスト君は危ないので下がっていて下さい」
「クレスト様、どうか私の後ろへ」
「は、はい。わかりました」
クレストを庇うようにして刀の柄へと手をかけるミズハ。
リドルとミズハが見つめるのは、転移した部屋の隣へと繋がる扉だ。
「クレスト君、隣の部屋ってなんなんですか?」
「父のコレクションルームです。この大広間からすぐに移動できるようにって、父が以前改修したんです……実は、さっきから父がこの部屋から出てこなくて……」
「なるほど、ありがとうございます。ではミズハさん、お願いしますよ!」
「はいっ!」
瞬間、ミズハが扉へと鋭い斬撃を繰り出す。
ミズハの一撃は分厚い扉を容易く両断し、先に続く部屋の内部を明らかにした。
「っ!? これは!?」
「なるほど……これが真相でしたか」
『オオオオオ……! 強さ……栄誉……金……!』
立ち並ぶ見事なコレクションの一番奥。
そこには三メートルほどの禍々しい邪気を放つ戦士の石像と、その下で倒れるレイランド卿の姿があった。
「お父様!? お父様!」
「まってください! レイランド卿はまだ無事です。ここからでも鼓動を感じます!」
「レイランド卿が犯人なのかはわかりませんが、元凶はこの石像で間違いなさそうですね」
『強く……強く……もっと……もっと……! 足りない……足りない……!』
侵入者に気づいた石像は耳障りな低音の混ざった不協和音を発した。
そしてその硬質に塗り固められた瞳を三人へと向けると、ひび割れた音を立てて立ち上がり、手に持った剣をゆっくりと掲げた。
「これはまた凄い執念ですね。もしかしたら、こういうところがレイランド卿と通じるところがあったのかもですな」
「リドルさん、クレスト様。お二人とも下がっていてください。この化け物は私が切って捨てます……!」
ミズハは言うと、二刀両方をぎらりと抜き放ち、両の手を大きく左右に開いた特異な構えを取った。
「大丈夫ですか? 無理そうなら一度戻ってヴァーサスを連れてきても良いんですよ?」
「はい……! 今の私なら……たぶん斬れますっ!」
「たぶんかーい! そこは必ず!とか、絶対!って言ってくださいよ!」
「すみません!」
ミズハの物言いに思わず声を上げるリドルだったが、ミズハの迷いのない輝きを灯した瞳を見てやれやれという風に笑みを浮かべた。
ミズハは試したくて仕方ないのだ。
ここに来るまでも、来てからも、ミズハは先ほどヴァーサスと共に闘った時の自分の動きを何度も何度も頭の中で繰り返していた。
ここはもっと上手くできた。
次はこうしてみよう。
もしかしたらあの時はこんなこんなことができたんじゃないか。
実はミズハはあの戦いの後からずっと興奮しっぱなしであり、今すぐにでも脳内の動きを試したいという思いでいっぱいになっていたのだ。
久しぶりだった。
ずっと忘れていた。
また高みを目指せる喜び。
どこまでも上を目指せる楽しさ。
ヴァーサスという強さの頂きを見た今のミズハに、もはや迷いはなかった。
「睡蓮双花流……終の太刀……!」
『オオオオオ……もっとだ……もっと強く……!』
ミズハへと迫る戦士の妄執。
ミズハの研ぎ澄まされた気が彼女の周囲に青白い粒子となって静かに浮遊し、大きく左右に広げられた二刀へと映り込む。
深く……どこまでも深い息を一つ……。
息が止まる。
刹那、ミズハの銀色の瞳が大きく見開かれた。
「――月華睡蓮!」
● ● ●
「はあああああああ!」
『ヴァアアアサアアアアス!』
一閃。
解放された全殺しの槍が、眩いばかりの銀色の粒子を放ちながらバダムの異形を穿ち抜いた。
『グググググ……すばらしい……強さ! こ、これで、オレは……その強さも……オレの……も……の……!』
その巨大な肉体のほぼ半分以上を失い、原型すら留めぬまでに破壊されたバダム。
だがこのバダムは虚像。
いかに全殺しの槍が存在ごとあまねく全てを殺す槍とはいっても、そこに存在しないものを根底から破壊することはできない。
本体の石像がある限り、今度はこの全殺しの槍にすら対応した強さを得てバダムが復活する可能性は十分にあった。だが――。
『な……っ!? がが……! ガガガガガ……ガアアアアアアッ!』
「どうした? なにやら調子が悪いようだな」
『ガガ……ま、まさか……マサカ……!』
「貴様に言うことはなにもない。次は門番の許可を得てから街に入るのだな」
『グアアアアアアア! ヴァアアアサアアアアス!』
それがバダムの断末魔だった。
戦士バダムは死んだ。
崩れ、漆黒の粒子となって霧散していくバダム。
ヴァーサスはそんなバダムに一瞥を向けることすらなく、静かに残心した――。
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