万物に始まりがあるように、全ての事象には必ず終わりが訪れる。
ラカルムとは終わり。逃れられぬ物語の結末。
全ての結末はラカルムとなる。
その絶対的因果の鎖からは、何人たりとも逃れることはできない。
何人たりとも――――。
「――――いいや、僕が逃がす。僕が救う。僕がそう決めたからだ」
既にその宇宙は跡形も無く消えた。全ては闇。崩壊した可能性と砕け散ったエントロピーが飛散し、それもすぐにラカルムとなる。そんな全てが終わった狭間の領域に、その声は燦然と響きわたった。
「君だってそうだろう――――立て! ヴァーサス!」
「――――ああ! ドレス!」
瞬間、闇の中に二つの領域が出現した。一つは凄絶なる黄金の輝きを、そしてもう一つは暖かな光を灯した陽光の輝きを。現れた二つの領域。そしてその主こそ――――。
「すまない! また助けられたな、ドレス!」
「危ないところだったねヴァーサス。実は君たちが別の世界に居ることはもうわかっていたんだけど、随分と離れていたから来るのに手間取ってね。でも、こんな強敵と戦うときにこの僕を仲間はずれにするなんて事は無しさ!」
その金色の輝き。これこそ門番皇帝ドレス・ゲートキーパー。
全ての因果が上書きされ、ヴァーサス諸共全ての情報が零へと戻ろうとした刹那、ドレスは自身の皇帝領域を発動させ、ヴァーサスたちの持つエントロピーを自身の領域内に切り離したのだ。
「今、君たちの持つエントロピーは目の前のあいつから隠してある。暫くは侵蝕を受けることはないはずさ。でも、それもいつまで持つかわからない。残念だけど、僕の皇帝領域よりもあの化け物の方が圧倒的に上だからね」
「ありがとうございます皇帝さん! さすがに今のは絶対に死んだと思いましたっ!」
「ハハッ! 言っただろう? 君たち夫婦のことは、僕が全力でバックアップするってね! 一度交わした約束を違える僕じゃない!」
完全なる闇の中、覚醒したドレスの領域が眩いばかりに輝く。そしてそれに呼応するように、復活したヴァーサスとリドル、そしてクロガネとミズハの領域も混ざり合う。
それは一度終わりを迎えた世界の結末を再度上書きし直し、完全なる闇に包まれた宇宙空間に再び輝きと命、そして物質を再生させていく。
「――――ふむふむ。どうやら、まだこの世界の因果はどちらに傾くか決めかねているようですね。互いの趨勢が変わる度、世界が出たり消えたりしてます。微妙な状態ですよ」
「黒姫さんっ! 無事だったんですねっ! 良かった……っ」
「ご心配頂きありがとうございますミズハさん。いやはや、ぶっちゃけ言うとさっきまで消えてましたよ。貴方たちがまた出てきてくれたお陰で、私が消えるという因果が後退したんです。 ――――ねえ、皆さん?」
そしてそこに出現する黒姫。黒姫の存在もまた一度は完全に消滅していたが、ドレスの出現とヴァーサスたちの復活によってその結末が後退し、その因果を免れた。そしてそれによって間に合ったのは黒姫だけではない。
「うふふっ。私も貴重な臨死体験をさせて頂きましたわ。でも、そのお陰でまたもう少し別の障壁を覚えたみたいです。先ほどよりはお役に立てるかと……」
『すまない。流石にデミ・アブソリュートのままでは戦力にならなかった。だが、ここからは俺も力になろう。アリス、D・ブースターの調子はどうだ?』
『ネオ・アブソリュート。オールシステムグリーン。私たち二人の、そして人類の持つ叡智の力――――見せてあげる』
黒姫と共に漆黒の闇を抜けて現れたのは、その領域を七色に変化させるダストベリー。そしてもう一つは、全長300mにも達しようかという超巨大な機械構造体。中央には通常のアブソリュートが鎮座し、アブソリュートをコアとして、まるで要塞のような装備を施された巨大なバックアップブースターが連結されていた。
「おいおいおい……こんな化け物、俺の世界でも見たことねぇぞ……。あの中世ファンタジー世界からこいつが出てくるとか絶対おかしいだろ」
『その世界の技術レベルなんて関係ない。私のいる場所こそがあらゆる次元で最も優れた叡智を持つ世界になるの。さあ、今回は私も一緒に戦ってあげるから、せいぜい良いデータを取らせなさい』
「マジかよ……。あんたも苦労してそうだな、シオン」
『フッ……』
超巨大要塞と化したアブソリュートを背後に、再び眼前の闇へと対峙する門番達。彼らが持つ可能性の光が輝きを増し、その集積されたエントロピーが絶対量を増していく。
しかし、それは彼らだけに留まらない――――!
「ヴァーーーーハッハッハ! ドレスよ! 貴様暫く見ぬうちに随分と速くなったな! この俺を置き去りにするとは、後で一つ手合わせと行こうではないかッ! ヴァーサスよ! 貴様も気合いを入れんかッ!」
門番ランク2。
天帝ウォン・ウーがその豪壮な因果破滅の絶対領域と共に現れる。
「ひええええっ!? ちょ、ちょっとちょっと! なんなのよここ!? え!? なにこれ!? これって絶対死ぬ奴じゃないの!? も、もしかして…………私の戦闘力、低すぎ……!?」
門番ランク6。
全てを奪う吸精の近衛門番。カムイ・ココロは青ざめた顔で辺りを見回す。
「お待たせしました皆さんっ! ドレスさんから事情は聞いてます! こんな私にも、なにか出来ることがあるかと思って! ほら、クラウスも挨拶っ!」
「ケッ……おいドレスてめぇ! メルトをこんなヤベえ状況に呼び出しやがって……メルトが怪我でもしたらどうすんだッ!?」
「ハハッ! 随分と情けないことを言うね? 男なら愛する人は自分の力で守り切るものさ。違うかい、ヘルズガルド」
「クソが……ッ! やってやるよ……ッ!」
そして門番ランク4。アイドル門番の頂点にして聖域の歌姫、メルト・ハートストーン。更には門番ランクブービー。凶相の剣士クラウス・ヘルズガルド。二人は闇の中でも互いを支え合いながら、互いの目的と願いの為にこの場へと現れた。
「これは……! 皆、こんなところまで……っ!?」
「……ヴァーサス。ここに居るみんなは多かれ少なかれ、全て君が基点になってこの場に集まることになったんだ。これって、とても凄いことだと思わないかい?」
「ドレス……っ」
絶望の闇の中、ついにその全てが集結した上位門番。そして、ヴァーサスの存在する到達した次元に集いし強者達――――。
それこそ、門番ヴァーサスが守り抜いた門と世界。そして人々の命の元に紡がれた因果の帰結。門番ヴァーサスという物語の、その長い道程がその果てに導き出した希望の光景だった。
『なんて――――眩しい――――ラカルムに――――その光こそをラカルムに――――この光を――――結末に――――!』
恐るべき闇と絶望の因果。それは確かにその光を覆っていた。
その光と熱は、未だその絶対的闇に比べればか弱く、小さかった。
だが――――!
「そうか――――俺はようやくわかった。あの日……クルセイダスから問われた、守るということの意味を――――!」
「ヴァーサス……」
自らの周囲に集う仲間達をぐるりと見回し、その青い瞳を潤ませたヴァーサスが、手の中の全殺しの槍を力強く握り締めた。そして、その握り締められたヴァーサスの手に、リドルの小さな手がそっと重ねられる――――。
「俺が守り、これからも守るもの――――それは、門の先に続く俺たちの明日だ!」
ヴァーサスを中心として、その輝きの領域が閃光となって拡大した。ついに究極へと到達したヴァーサスのエゴが、ラカルムの窮極のエントロピーと拮抗する。
『結末を――――物語の終わりを――――全てはラカルムになる――――ラカルムとなれ――――』
「そうだ! いつかは俺たちの物語も終わるだろう。だが、それは今ではないっ!」
その言葉を合図に、集結した門番達が自身のエゴと領域を広げた。
「次元喰いラカルム! 貴様に俺たちの物語を終わらせる権利は存在しない! たとえ何度敗れても、何度闇の底に沈もうとも――――俺たちは、必ず貴様を乗り越えてみせる! ――――行くぞ!」
一度は完全に消えたはずの光。
確かに消えたはずのそれは、その輝きを遙かに増して、再び闇へと挑んだ
――――。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!