広々としたトウゲン特有の屋敷。
ミズハが生まれ育ったスイレンの家は、トウゲンでも屈指の武名を誇る名門だ。
その屋敷もまた見事な物。今も見事に整えられた庭からは、水のせせらぎの音が聞こえてくる。
重傷を負った父と兄の元に、大人数で押しかけるわけにはいかない。
ヴァーサスとミズハは一度リドル達と分かれ、二人で屋敷の奥へと通されていた。
長く続く縁側を進み、ミズハの母――――スズナ・スイレンに先導された先。
そこは、タタミと呼ばれるトウゲンで用いられる床敷きが敷き詰められ、その上に敷かれた布団の上に二人の精悍な男性が横たえられていた。
「お父様……っ。お兄様……っ!? そんな……どうして……っ!」
「貴方様……カズマ……。二人とも、ミズハが来てくれましたよ……私たちの……大切な家族が…………」
スズナはその瞳に涙を浮かべながら二人の元に膝をつくと、弱々しい呼吸をするばかりの二人の額にそっと手を乗せる。
しかしそのような姿も一瞬。スズナはすぐさまその居住まいを正すと、ヴァーサスとミズハに向けて両手をつき、深々と頭を下げた。
「この度は、遠路はるばるお越し下さりありがとうございました……ミズハも、そしてヴァーサス様も……」
「お母様……」
「よいのだ、母上殿。俺からも色々とお尋ねしたいことはあるが、まずはミズハの父上殿と兄上殿の状態を教えてくれないだろうか?」
そのミズハにも受け継がれた銀色の瞳に静謐な覚悟を宿し、このような時ですら礼節を貫こうとするスズナの姿。
胸に手を当てて沈痛な面持ちを浮かべるミズハに代わり、ヴァーサスはスズナと共に二人の傍に片膝をついて容態を伺う。
「…………夫と息子は、とある武門の家から果たし合いを挑まれたのです。私どもスイレンの家は、トウゲンを治める将軍家の剣術指南役。挑まれれば、当然受けて立つのが習わしでした」
「果たし合い……」
「はい……そして、二人は敗れました。幸いなことに一命は取り留めたのですが……間もなく二ヶ月になるというのに、二人ともこうして目を覚まさないのです……」
「二ヶ月も……っ!? では、師匠宛に届いたあのお手紙は、その時に……!?」
「あれは……あの手紙は……っ。果たし合いに敗れ、傷を負った貴方の父が、こうして意識を失う前に書き記した物なのです……。夫は…………いつも、ミズハの活躍を配信石で見るのを、楽しみにしていました…………っ。そして今のミズハならば、何者にも負けることはないと、そう言って……」
「配信……? お父様が……私の配信を見て、くれていた…………?」
「そうです……貴方が門番として配信を始めたという話を偶然耳にして、それからは……ずっと……っ」
そこまで言ってスズナはついに抑えきれず、両手を震わせて嗚咽を漏らした。
そしてミズハもまた、母から告げられた衝撃的な事実に再び言葉を失う。
「そうか……最近は俺もミズハの師であることを隠さず、共に配信に出るようになっていた。ミズハの父上殿は、ミズハに助力を請うのであれば、まずは師である俺に話を通すのが筋と考えたのだろう…………」
「ええ……ミズハの父、スイレンの家の長であるゲンガクは、ミズハの配信を見る度に言っておりました。『ヴァーサス殿と共に戦った一件以来、ミズハの剣から迷いが消えた。ミズハが彼の師だというのは体面のみで、実際は彼がミズハの師であろう』と――――」
「お父様は、配信越しでもそこまで見抜いて……」
「やはりミズハの父上殿だけのことはある。さぞかし素晴らしい腕の持ち主なのだろう……!」
スズナから話を聞いたヴァーサスは、いつしか自分の隣に身を寄せるミズハの小さな肩にそっと手を添えていた。
「師匠…………っ」
「大丈夫だ、ミズハ。こうして近くで見てわかった。君の父上殿と兄上殿の傷は、俺がなんとかできるかもしれん!」
ヴァーサスは彼女を安心させるように力強く頷くと、そのまま何か考えがあるように横たわる二人に手を伸ばした。
「ヴァーサス様? 一体何をされるおつもりで――――」
「母上殿。俺が見たところ、お二人の傷は確かに治っている。にも関わらず未だに目覚めないのは、二人の心から炎が消えているからだ――――!」
「え!? えええっ!? ほ、炎ですか……!? それってどういう……」
「うむ! つまり、一度消えてしまった炎は――――!」
あまりにも説明が独特すぎ、全く訳の分からないヴァーサスの言葉。
しかしヴァーサスが放つ謎の勢いに、二人はただ見ていることしかできない。
「――――また灯せばいいのだっ!」
「っ!?」
瞬間、二人の手を握ったヴァーサスの全身から灼熱の爆炎が放たれる。
あまりの出来事にミズハもスズナも共に身構えるが、その炎が彼女達を焼くことはない。なぜならその炎は本物の火ではなく、ヴァーサスの領域が見せる別次元の事象だからだ。
ヴァーサスの青い瞳にバチバチと雷光が奔り、その輝きは炎を通じて横たわる二人の中に見る見るうちに流れ込んでいく。
それはかつて、マーキナーによって滅ぼされた全ての宇宙を一瞬で再生させた、ヴァーサスだけが持つ因果生滅の炎。
二人に流れ込むヴァーサスの熱は見る見るうちに二人の血色を鮮やかに、今にも消えそうだった呼吸を確かな物へと変えていく。そして――――!
「う……?」
「俺、は……」
なんということか。ヴァーサスの炎を受けた二人は二ヶ月も眠りについていたのが嘘のようにあっさりと意識を取り戻し、ミズハとスズナが見守る前でその瞳を確かに開いたのだ。
「あ、ああ……!? あなた……! カズマも……!」
「お父様……っ! お兄様ぁ……っ!」
「うむ! どうやら上手くいったようだな! 二人とも無事でなによりだ!」
驚きと嬉しさ。死の床にあった家族の無事を見たミズハとスズナは、二人共に喜びの声を上げ、それぞれの手を握って安堵の涙を零した。
「し、師匠……っ! ありがとう、ございます……っ。本当に……っ! 私…………っ」
「なに、俺は特に何もしていない! それよりミズハも母上殿も、父上殿と兄上殿の体調を改めて診てやってくれ。傷が治っているとはいえ、二ヶ月も寝たきりではすぐには動けないだろうからな!」
「はい……っ!」
ヴァーサスはそう言って立ち上がると、二重の意味での再会に喜ぶミズハ達に背を向けて退室する。
「…………命が持つ炎を奪う。そのような芸当、そうそう出来るものではない。どうやら、俺も気を引き締める必要がありそうだ――――」
縁側へと歩みを進め、ミズハ達の声を背後に受けるヴァーサス。
眼前に広がる庭園を鋭く見据える彼の表情は、いつになく険しかった――――。
門番VS里帰り――――開戦。
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