「ニセ・ヴァーサスだと!? つまり俺の偽物ということか!?」
「見て下さい、確かによく見るとケープの色が違いますよ! ヴァーサスの正装は白ですけど、偽物はなんか汚い緑とか紫とか茶色とかです! こうして見るとあからさまに偽物ですが、こういうのってなぜか町の人とかは気づかないんですよ! 配信石で見ました!」
「これは推理する必要もありませんね……」
突如として目の前に現れたヴァーサスの偽物。しかも六人。
その両手にはそれぞれ全殺しの槍と全反射の盾が装備され、もしその能力まで同等なのであれば、恐るべき強敵であることは間違いない。さらに自ら偽物と名乗るあたり、恐らく知性もヴァーサスと同等だろう。
『門を汚す悪人共よ!』
『この門番ニセ・ヴァーサスが!』
『その闇を晴らす!』
赤いケープのニセ・ヴァーサスを筆頭に、左右の緑ヴァーサスと黄色ヴァーサスがそれぞれ槍を構えてジリジリと前に出た。その光景に、自身の能力を全方位に展開したクロガネが舌打ちする。
「どうする? 向こうはご丁寧に俺たちの人数に合わせてくれたようだが、こっちはリドルを守りながらだ。全員タイマンってわけにはいかないぞ」
「うむ。ならば、俺がこちらの事情を説明してみよう!」
そう言うとヴァーサスは自身も槍と盾を出現させると、自ら一歩前に進み出て大声を発した。
「聞いてくれ俺たちよ! 実は俺の妻であるリドルは今身重なのだ! 出来れば危険な戦いはさせたくない! なのでお前たち六人のうち一人はどこかで休んで居てくれないだろうかっ!?」
「ちょ、ちょっとヴァーサス! いくら見た目が似てるからって、そんな話聞いてくれるわけないですよ! 私が見た配信番組でも、偽物軍団はふつーに悪い奴らでした! はい!」
「なにをやっとるかヴァーサス! そんな話を敵が聞くはずがなかろう! こいつらは自身でも名乗っているとおり偽物なのだ! 名前も見た目もヴァーサスかもしれないが、そのような説得に応じるはずが――――!」
「なるほど――――少々変わった思考の流れを持つ方だとは思っていましたが、予想以上です。ですが、恐らくこの説得はそれほど悪手ではない――――」
突如として馬鹿正直な説得を偽物軍団に行い始めたヴァーサスに、その場の全員が困惑の表情を浮かべた。通常であれば今から命を奪おうという相手のそんな懇願を聞く理由はどこにもない。しかし――――。
『なんだとっ!? そうだったのか……っ!』
『ならば黒い俺よ、お前は少し待っていてくれ!』
『うむ! そういうことならば俺はそこの木陰で待っているとしよう!』
『感謝するぞ黒い俺よ!』
『他の者も、身重の女性の傍では攻撃を控えるのだぞっ!』
『無論だ!』
なんと、ヴァーサスのその話を聞いた偽物軍団は驚愕の表情を浮かべると、そのまま一切の迷いなく黒いケープの偽物を下がらせ、満足げに頷いた。どうやら倫理観もヴァーサスに近いらしい。
「おお!? どうやら聞き届けてくれたようだ! これで一安心だな!」
「マジかよ……どういうあれでそれなんだこいつらは?」
「力だけでなく心で相手を制する……! 流石です師匠っ!」
「むう……これはこれで逆にやり辛いではないか……ッ!?」
『よし、今度こそ行くぞ悪人共よ!』
偽物軍団は三度そう言うと、再びその手に持った槍を構えた。ヴァーサス特有の紅蓮の雷光が放射され、強烈な熱を持つ領域が偽物軍団の周囲に展開される。
「俺の言葉を聞き届けてくれたこと、感謝する! ならば俺も受けて立とう!」
「ラリィ、俺がサポートする。ヤバそうなら時間稼ぎだ」
「もちろん無理はしません。アツマさんこそ気をつけて」
「白姫の周囲には念のため私の領域を分離展開しておく! 白姫に危機が迫れば、即座に反応できるようにな!」
「――――来ますっ!」
瞬間、ヴァーサス達それぞれが持つ多様な領域もまた周囲の次元を支配下に置いた。シトラリイの銀色の門を中心とした巨大な高層ビルがその場にそびえ立ち、クロガネが自身のコートをたなびかせて空間を湾曲させる。
ミズハの白銀の領域が二刀に収束し、黒姫の持つ漆黒の門がその扉を大きく開いた。そして――――。
「――――お前たちが俺の仲間を傷つけるというのなら、たとえ俺であってもここで斬り捨てる! 行くぞ俺よ!」
ヴァーサスもまた自身の持つ太陽にも似た紅蓮の領域を展開し、目の前の自身へと向かって加速。黒姫の領域に守られたまま、不安そうな表情を浮かべるリドルの見つめる先――――ヴァーサス達と五人のニセ・ヴァーサス軍団は、もはや視認することも出来ぬ超次元戦闘へと突入した。
「はぁあああああ! 真・三の太刀――――影姫鈴蘭ッ!」
『甘いっ!』
双蓮華で次元の壁を切り裂き、光すら上回る速度で高次元戦闘へと移行するミズハ。ミズハの放った上下からの二刀一刃の挟撃に、緑色のケープを身につけた緑ヴァーサスは即座に反応。二つの因果律兵器を解放し、ミズハの戦う意志すら断ち斬る斬撃をはじき返す。
『我流槍術――――超突き! 激突き! 無限突き!』
「――――ッ!?」
刃を弾かれつつもその場でくるくると回転加速して次の攻撃へと移行していたミズハ。しかし緑ヴァーサスの体捌きはミズハの予想を上回った。上下に大きく開いた態勢から緑ヴァーサスはバネのように全身をしならせると、ミズハも見たことのない光速の突き技を無数に――――それこそ無限に繰り出してきたのだ。
「っ! は、速い! それに重くて――――なんて熱い!」
『普段はあまり技名は言わないのだ! しかし貴殿が技名を言うタイプなのであれば、俺も技名を言うのが礼儀というものっ!』
永遠に続くかと思われるほどの緑ヴァーサスの光速の連撃。それは一秒間に万すら超える打突。しかもその一発一発が双蓮華に宿るミズハの領域を確実に削り、刃こぼれさせていく。
「――――まだですっ! 守勢の奥義――――絶空立華ッ!」
『見事! しかしここだっ!』
たまらずミズハは全ての因果を断ち切る守りの奥義を繰り出す。それはかつてクロガネのベクトル操作を、その加害する意志と因果ごと切断した絶対防御だ。だが緑ヴァーサスはそれにすら反応する。
緑ヴァーサスはミズハの刃によって断ち切られた自身の意識を強固なエゴで即座に繋ぎ直すと、領域を破砕されて再展開にタイムラグのある全殺しの槍での攻撃から、自らの蹴りによる横薙ぎの一閃へと移行する。
「――――つぅっ!?」
なんとかその蹴りを双蓮華の柄で止めたミズハだったが、ヴァーサスの重く痛烈な一撃は受け止めきれず、いくつかの次元の壁をぶち抜きながら跳ね飛ばされていく。
「――――まだっ! この程度!」
背後へと飛ばされながら両手を大きく広げて横回転し、足下定かならぬ空間でのバランスと態勢を取り戻すミズハ。白銀の軌跡を残すミズハの流麗な軌道が高次元空間に光の尾を引いた。
「つ、強いっ! やっぱり……師匠は途轍もなく強いっ!」
しかし戦闘を継続しながらも、ミズハは初めて相対する本気のヴァーサスとの戦いに戦慄していた。
しかもミズハが察知するまでもなく、この目の前の緑ヴァーサスはミズハがよく知る本物のヴァーサスよりも明らかに弱かった。それは領域の圧や動き、槍の軌道を見ればすぐにわかる。
「なんて――――なんて凄いっ! 私――――やっぱり、師匠の傍にずっと!」
『どうした!? 気を抜く暇はないぞっ!』
再び加速を開始したミズハへと迫る緑ヴァーサス。
たった今相対するこの緑ヴァーサスですら、今のミズハよりも明らかに上の使い手だった。その事実に、ミズハはなぜかこんな時だというのに胸の高揚感を抑えられなくなっていく。
――――何も知らなかった。やはり自分は師の本当の強さをわかっていなかった。そもそも、無茶苦茶に見えていた動き一つ一つに実は技名があったことすら知らなかったのだ。ミズハはそれら全てに興奮し、高揚を止められない自分を自覚していた。
「ならこれでっ! 睡蓮双花流――――終の太刀!」
『来るか! 我流槍術、特に奥義ではないが――――!』
超高速の交錯の中、飛翔するミズハが天地上下に二刀を大きく広げて構える。それを受ける緑ヴァーサスもまた、全反射の盾を前に、全殺しの槍を大きく後方へと引き絞る異様な構えで受けて立った。
「――――月華睡蓮ッ!」
『――――海砕き!』
白銀と紅蓮。二つの領域が高次元空間で激突し、それは通常空間で放たれたならば星一つ容易く消滅させるほどの破砕を無数の次元に伝播させた。
「――――っ! 月華睡蓮が――――!」
破砕の空間湾曲の渦。その渦から弾かれ、傷を負って後方へと飛ばされたのはミズハだった。月華睡蓮はミズハの持つ技の中で最も前方一点への集中破砕に優れた型だ。しかしそれをもってしても、緑ヴァーサスは――――!
『うおおおおおお! 俺は負けんっ!』
「これが――――! これが師匠の――――っ!」
ミズハはようやく理解した。ヴァーサスの強さ、その根源を。
「(師匠――――なんて、なんて大きい――――っ!)」
そう、ヴァーサスは大きい。あまりにも大きすぎた。
ミズハがいかなる攻撃を仕掛けようと、ヴァーサスには一切の動揺も迷いもなかった。当然である。ヴァーサスはミズハと出会う相当な以前から既に完全魔法抵抗を得ていたほどの男だ。
その心の透明度、純粋さ、そして不動不沈。それはまさに巨山の如し。
更にはその身体能力――――特に不滅にも思える持久力と耐久力は、あの創造神レゴスよりも打倒不可能で、遙かに限りない存在に感じられた。
「(こんな人――――一体どうやって倒せば――――?)」
偽物とはいえ限りなくヴァーサスに近い緑ヴァーサスとの戦いで、ミズハは師の持つ強さの源泉を見た。今までヴァーサスと戦い、そして敗れていった数々の強敵がヴァーサスとの戦いで感じた絶望感。それが今、ミズハに襲いかかり――――。
「(私は――――もっと、もっと師匠の傍に近づきたい!)」
――――否、ミズハは絶望などしていなかった。
その小さな胸に去来するもの。それは先ほどまでと変わらぬ無限の高揚感だった。自らが憧れ、尊敬する存在の強さを肌で感じることのできる喜びだった。
『む!? 戦いの最中に笑うとは! なかなか余裕だな!』
「――――はい! 私、今とても嬉しくて――――あなたは敵ですけど、とても感謝していますっ!」
『ほう、それは嬉しいな! しかし戦いは戦いだ! 手加減はしないぞ!』
そのやり取りで再度仕切り直しとなる死闘。
間違いなく自身より格上の相手。しかも恐らく緑ヴァーサスは未だ全力を出していない。しかしミズハの銀色の瞳はその輝きを更に増していく。白銀の領域がその収束度を高め、もはや直視することすら難しいほどの閃光を発した。
「――――ミズハ・スイレン! 参りますっ!」
赤方偏移する高次元空間の中、ミズハは自身の輝きを頼みに再び眼前の敵へと飛翔した――――。
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