門番VS

あらゆる災厄から門を死守せよ!スーパー門番同棲ファンタジー!
ここのえ九護
ここのえ九護

辿り着いていた門番

公開日時: 2021年2月15日(月) 06:41
更新日時: 2021年2月15日(月) 16:06
文字数:3,519


『――このままでは世界は滅びる。それを止められるのは、君だけだ』



 その男は、ある日突然現れた――。


 いつものように街の門の前に立つクルセイダスにそう切り出した男は、すでにクルセイダスが魔王エルシエルと通じ合っていることも、エルシエルの研究のことも、次元の門のことも知っていた。



『あの門を放置すればやがて世界は滅びる。だが私は故あってあの門には近づけない。そこで、君に門を破壊するための力を貸そう――――』



 そう言って男が手渡してきたもの。それが全殺しの槍キルゼムオールだった。

 男の纏う灰褐色のローブ。そのフードの奥に、白い瞳が輝いているのが見えた。



『この槍で、君の妻と娘を殺せ。そうすれば、門は行き場を失いやがて消える。この世界が滅びることも無い。そして君は、世界を救った英雄になれる――――』


「なにを馬鹿な――――っ」



 何を馬鹿なことを。


 確かに自分はそう言ったはずだった。


 例え世界が滅びることになっても、そのために妻と娘を犠牲にするなど出来るはずが無い――――そのはずだった。



 しかしなぜかそこで意識は途切れ、気づけば――。


 気づけば、自分は血だまりの中に立っていた――。


 

 目の前には、血の海に沈む最愛の妻と娘の姿。そして自分の手には赤く輝く血塗られた槍――。



『ご苦労だったな――――だがまだ一つ目だ。まだまだ先は長い。貴様にはこれからも働いて貰うことになる。まあ、この世界の貴様はもう用済みだがな――――』



 途切れる意識。訪れる絶望の闇。繰り返される悪夢――――。



 否、繰り返されてなどいない。全て、その世界では初めて起こる出来事だ。他の平行世界で何が起こり、そこで自分の人生がどのような結末を迎えたのかなど、わかるはずもない。


 そう、あの時までは――――。



 ●    ●    ●



『クッ……ハハハハハハ! 誰が俺を斬って捨てるだと? やってみるがいい門番如きが。どうやら多少は俺の槍の使い方を覚えたようだが、肝心の使い手が貴様では意味も無い!』


「黙れッ! 俺は門番だ! 最後まで何一つとして大切なものを守ることはできなかったが、それでも俺は今――――門番としてここに立っている!」



 クルセイダスが再び反転者リバーサーめがけて疾走する。見れば、すでに限界まで希薄化していたクルセイダスのその体は今にも消えようとしていた。


 真の力を解放した全殺しの槍の輝きが、それを持つクルセイダスの領域を崩し、浸食していく。最早、クルセイダスに残された時間は数分とないだろう。



「……もん……ばん……くるせいだす…………」



 そして――――。


 そのクルセイダスの最後の姿を、小さなヴァーサスはじっと見ていた――――。


 何も映すことがなかったその青い瞳に、大切なものを守るために駆け抜ける伝説の門番の姿を確かに映し出していた。


 クルセイダスがその歩みを一歩踏み出す度、ヴァーサスの希薄化した体がその輪郭を少しずつ、はっきりと浮かび上がらせていく。


 今まで何一つ掴むことの無かった弱々しい小さな手がきゅっと握られ、どのような刺激にも反応することの無かった少年の鼓動を、少しずつ高鳴らせていく――――。



「くる……せいだす……もんばん…………まもる…………」



 小さなヴァーサスの目の前で、クルセイダスがその手に持った全殺しの槍キルゼムオールを突き出す。


 その攻撃には速さも、重さも、技術も無かった。


 あるのはただ一つ。門番としての誇りのみ。


 ただそれだけでいい。ただそれだけが、今のクルセイダスに残された全てだった。


 だが――――。



『くだらん……そんなものに付き合うほど俺は暇では無い――』


「――っ!?」



 先ほどと同じだ。


 たとえ進化した全殺しの槍キルゼムオールであろうとも当たらなければ意味は無い。反転者リバーサーは軽々とクルセイダス渾身の一撃を躱し、自らの腕を高々と掲げる。しかし、その時――――。



「――流石は私が選んだ人です。やりましたね、クルス――」


「うむ……いつもいつも、苦労ばかりかけてすまない……」


『がぁっ!? ぐあああああああああ――ッ!? き、貴様……きさまはっ!?』



 反転者リバーサーが確かに弾いたはずの全殺しの槍キルゼムオールが、反転者リバーサーの胸から、しかも背後からその胴体を貫いて現れる。


 驚愕に目を見開き、なんとか後方へとその視線を向けようとする反転者リバーサー。しかしその間にも進化した全殺しの槍キルゼムオールの力は反転者リバーサーの因果を、あまねく平行次元全てに渡って破壊し尽くしていく――――。



「……ずっと一人で頑張ってきた夫を、最後の最後で一人にする私だと思いましたか? 詰めが甘いですね――そんなんだから、こうして最後に臭い飯を食うことになるんです。理解できましたか?」


「お、お母さん……っ!」



 鮮血に染まる灰褐色のローブ。その背後から現れたのは、美しい栗色の長髪に赤い瞳の白衣の女性――――リドルも黒姫も、その姿を決して見間違えることはない。その女性こそ二人の母、エルシエルだった――――。


 その刹那、リドルと黒姫には見えていた。


 弾かれた全殺しの槍キルゼムオールがエルシエルの座標操作の力で瞬時に反転者リバーサーの背後へと転移し、そのまま躊躇無くその肉体を穿ち抜いた瞬間を。



『馬鹿な……これは……どういうことだ……!? なぜ、なぜ、この時まで貴様が生きている……!? 貴様ら、一体この次元で何を……っ!?』


「俺はお前を待っていたと言った……俺たちも色々やったのだ……色々とな……!」


「いやはや……それこそ何千回殺されたかは知りませんが、この私がそんなほいほいクルスみたいな一般人男性に殺され続けるわけないじゃないですか? いやぁ、慣れって怖いですねぇ…………貴方がそうやって余裕ぶっこいてる間に、こちらも色々根回しさせて頂きました」



 破壊されていく反転者リバーサーの因果を悠々と眺めながら、エルシエルがクルセイダスの隣に並び立つ。


 そしてそこでようやく反転者リバーサーは気づく。目の前に立つエルシエルから、すでに次元の門が離れていることを――――。



『そう、か……! 貴様ら……そういうことか……! この次元そのものを……俺を殺す因果を導くためだけに根本から使い潰し……さらにラカルムまで呼んだな……ッ!?』


「――使い潰したとは随分な言い回しですね。この最後の次元に至るまで、この因果に到達させなかったことだけは流石と褒めてあげますよ――ラカルムさんも大層喜んで下さいました」


「すでに相当な以前から、俺はエルの持つ門の力で平行次元に存在する俺自身の記憶を全て共有できるようになっていたのだ……。そして、それでも俺は何度も何度もしくじった。何度もお前に殺され、エルを殺し、リドルを殺すことになった……しかし――――」



 最早その姿すらおぼろとなったクルセイダスが、目の前の反転者リバーサーを睨む。



「しかし俺はようやく辿り着いた。お前を倒し、エルとリドルを守り切り、そして――――」


「…………くるせいだす…………?」



 僅かに後ろを振り向いたクルセイダスと、小さなヴァーサスの青い瞳が交錯する。クルセイダスはどこまでも優しい笑みを浮かべ、ヴァーサスへと微笑んだ――。



「こうして……俺たち二人の希望をこの次元に残すことが出来た……もはやこれ以上はない……ようやく辿り着いた、俺とエルの二人で切り開いた……新しい未来だ…………」


『おのれ……おのれえええええええッッ! 貴様のような取るに足らん手駒に足下を掬われるとは……ッ! 俺が……俺の情報が……座標が……消えていく……あと一歩……あと一歩で……この次元で完成する……そこまで来ていた……ッ! 貴様のような……門番如きに……っ!』



 もがき苦しみながらもなんとか全殺しの槍キルゼムオールに抵抗しようと試みる反転者リバーサー。しかし、それを目の前の二人が黙って見ていることはなかった。



「最後は貴方に譲りますよ。これを使ってください! 全殺しの槍キルゼムオールを解析して作ってみたんです」


「これは剣か! なるほど、感謝する!」



 エルシエルがクルセイダスに一本の剣を渡す。それは二人のリドルももう何度も目にした伝説の聖剣――門番皇帝ドレスが所持する全殺しの剣スレイゼムオール


 クルセイダスは受け取ったその剣を握り締めると、残された全ての思いと共に、反転者リバーサーの肉体を切り裂いた――。



『ガガ……俺だけが……俺だけの……力……しかし……俺は……なぜ……敗れた……』



 反転者リバーサーの肉体を前後から破壊する二つの因果律兵器。それは対象の存在とエントロピー全てを抹消する消滅の一撃。



 反転者リバーサーは死んだ。跡形も無く全ての平行次元から消え去った。

 

 

「これが……門番の力だ!」


「そして、私たちの愛の力です!」



 閃光と共に潰える反転者リバーサーの領域を前に、クルセイダスとエルシエルは、今のリドルとヴァーサスがそうするように、二人で手を取り合い、共に並び立っていた。


 そしてその光景を、小さなヴァーサスの青い瞳はまるで自分の心に刻みつけるかのように、ただひたすらにじっと見つめていたのであった――。





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