「――――おお、おお。君は儂の最高傑作だ。我が子と言ってもよい! 君がこうして生まれてくれたお陰で、我々人類はどこまででもいける。宇宙の果てにも、その向こうにも!」
『Good morning, father. Please enter the first command....』
「うむ。きみの名前はマーキナー。そして君の果たすべき使命は――――」
――――全ての人類を幸せにすること――――
● ● ●
「えーっと……そのー……まあ、あれですね。こう、もうすぐ子供が生まれるときに皆さん駆けつけて下さるのは大変嬉しいのですが……そのー……」
「しっかりしろリドル! 俺はここにいるぞ! たとえどんな時でも、俺は君を一人にはしないっ!」
「クククッ! 安心するがいい白姫よ! 万が一難産だったとしても、この黒姫が即座に腹の中の赤子を正確に外部へと転移させ、母子ともに健康体で取り上げてくれるわッ!」
「わ、私も! 私も色々お手伝いしますっ!」
「ハハッ! 大丈夫だよリドル君。黒姫さんも言っているけど、せっかくの初産だからこうして黙って見ているだけで、僕や黒姫さんがその気になれば、陣痛が始まった瞬間に赤ん坊だけ君の腕の中に転移させることも出来るんだ。何も心配要らないよ」
「ボハハハ……そもそもこの創造神レゴスがいるのでな。どんな傷も病も跡形もなく治療できるのだ。大船に――――いや、創造神に乗ったつもりで安心するといい」
「――――大丈夫ですかリドル? 残念ですが、私は滅ぼしたり侵蝕することは得意でも生み出すことは得意ではありません。せめてこの無限の力を秘めた深淵のエントロピーを貴方の子に――――」
創造神レゴスの経営するレゴッチ・ヒーリング・クリニック。つい先頃陣痛が始まり、いよいよ出産かとなったリドルを見舞おうと、レゴスの診療所には途轍もない顔ぶれが揃っていた。
「え!? ラカルムさん!? いやいやいや! だ、大丈夫です! ラカルムさんは大人しく部屋の外で! 外まで行かなくても良いですけど、とりあえず何もせず大人しくしててくださいっ! 絶対ろくでもないことになりますから!」
「ラカルム!? 貴様いつのまにこの場に現れたッ!? 貴様がいては二人の子にどんな悪影響が及ぶかわからんではないか! 二人とも、深淵の相手は我々に任せ、自身の役目に専念するが良いッ!」
「ハハハッ! じゃあ、僕たちは外で待ってるから、辛くて我慢出来なかったらいつでも呼んでくれていいからね! さあ、ラカルムさんはこっちだよ」
「とてももどかしいです。助けてあげたいのに助けられないこの気持ち――――私にとっても、二つに分裂するのはとても大変なので――――」
「あ、じゃあ私も一度外で待ってますねっ! レゴッチさん――――リドルさんのこと、どうかよろしくお願いします!」
「ボハハハ……他ならぬミズハの頼み。この創造神レゴス、全身全霊で事に当たるとしよう」
突如としてその場に混ざっていた深淵ラカルムの脅威を取り除くべく、ドレスと黒姫、そしてミズハは分娩用の部屋から外に出て行った。
先ほどまでの慌ただしさが嘘のように去り、その場に残されたリドルとヴァーサス。そして主治ヒーラーであるレゴスは改めて出産の準備に取りかかった。
「いやぁ……なんだか夢みたいですよ。ヴァーサスと会ってからまだ一年と少しくらいしか経ってないのに、あっという間にこの私がお母さんになるとは……人生何があるかわかりませんねぇ……」
「はっはっは! その点については俺もリドルと同じ気持ちだ。君とナーリッジの広場で出会ってからまだ僅かだというのに、俺は憧れの門番となり、さらには君と結婚してもうすぐ子供まで生まれる。俺は幸せ者だな!」
「ふふっ……私もそうですよ。ずっと、こんな日々が続くといいですね」
そう言って穏やかな笑みを浮かべ、見つめ合うリドルとヴァーサス。
――――結局、あのリヴァーサスとの戦いから今日まで大きな戦いやトラブルはなかった。戦力強化のため、反転する意志のメンバーとの戦闘訓練を定期的に行っていたくらいで、マーキナーからの積極的な動きもなかった。
あの後に聞いたことだが、リヴァーサスや増殖したヴァーサス軍団も、全てはマーキナーの手による襲撃だったのだという。しかし、未だマーキナーはロコからの過負荷攻撃によるダウンから再起動しきれていない。
故に、なんとかヴァーサスや反転者の偽者を作ったはいいが、性格の掌握が不完全だったり、かつての狭間の世界でのヴァーサスや反転者の記憶が混ざっていたりと、実に雑な仕上がりとなっていたのだ。
「とはいえ、まだまだ世界の脅威は残ってますからね! 生まれてくるライトちゃんのためにも、出産を終えたらすぐに動き始めましょう!」
「そうだな。反転者殿がなにか策を用意していると言っていたが、それでも全く安心はできない。俺たち家族の生活を守るためにも、まだまだ俺も槍を置くわけにはいかないな!」
既に陣痛が始まっているというのに、汗もかかず、呼吸も荒くなる様子を見せずににこやかにこれからの意気込みを語るリドル。ヴァーサスもリドルの手をしっかりと握り締め、互いのこれからについて力強く語り合った。
「しかしあれですね? 先ほどはあいたたたーってお腹が痛くなったのですが、今はそれほどでも無いですよ? もしかして私の勘違いですかね?」
「うむう……やはり出産とは大変なのだな。しかし今は平気とはいったい――――」
さすがにこれはおかしいと怪訝な表情を浮かべる二人。一度陣痛が始まっても、そこから出産が長引くことはよくあるらしい。今回もそれなのだろうかとレゴスに尋ねようとしたリドルに、レゴスは事も無げに口を開いた。
「――――いや、それは私がそうしているだけだ。どれ、そろそろ生まれる頃か」
「え? そうなんですか!? あ、あいたたたーっ! 来ました! なんか来ました! いきなりきましたよこれ!? ひええええっ!」
なんたることか。今まで痛みを感じなかったのは、ただ単にレゴスがリドルの痛覚をコントロールしているだけだったのだ。間もなく生まれるということで徐々に痛覚を戻されたリドルは、突如として再来した出産の痛みに涙目となる。
「お、落ち着くのだリドルっ! 俺はここにいるぞ!」
「ボハハハ……案ずることはない。私も高次存在となる以前は多くの子をこの手で取り上げたものだ。ざっと数十億年振りだが――――まあなんとかなるであろう。ボハハハ……」
「す、数十億年振り……っ!? あたたた……ちょ、この創造神泥船ですよっ! 泥船創造神でしたっ! あいたたた! た、助けて下さい黒姫さん! 皇帝さん! ひえええ! ヴァーサス助けてくださいー!」
「ま、待つのだリドル! 俺も今全反射の盾に聞いているところだ! うむ……まずは呼吸――――呼吸を整えるらしいぞ!」
「こ、呼吸ですかっ……! すぅーふぅー……すぅーふぅー……っ」
「おおっ! いいぞリドル! その調子だ! 俺も一緒に頑張るぞ! すぅーふぅー……すぅーふぅー……」
――――こうして、結局あまり役に立たなかった創造神をよそに、ヴァーサスは全反射の盾の的確な指示の元、見事愛するリドルと初めてとなる我が子――――元気な男の子の出産を、自らの手で助けることに成功した。
ちなみに、黒姫とドレス、そしてミズハは分娩室に戻ろうと無数に分裂して迫り来るラカルムを全力で食い止めていた。
ヴァーサスとリドル夫妻が初めて授かった子は、事前に行われていたラカルムの名付け通りライトと命名され、この狭間の世界での物語を自身の手で歩み始めたのであった――――。
門番VS最終章 門番VSデウス・エクス・マキナ――――開戦。
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