門番VS

あらゆる災厄から門を死守せよ!スーパー門番同棲ファンタジー!
ここのえ九護
ここのえ九護

連れて帰る門番

公開日時: 2021年4月6日(火) 07:13
更新日時: 2021年4月6日(火) 12:34
文字数:3,919


「あれ――――?」


 ロコによって過負荷を与えられ、ダウンした自身のデータサーバーの中。


 鈍化していく景色を認識しながらも、マーキナーは自分の元を去って行くロコに何も言えなかった。


 

 ――――どうして?



 ロコの後ろ姿を見るマーキナーの思考を満たしていたのは、疑問だった。


 自分は間違ってなどいないはず。


 父から与えられた人間を幸せにするという使命を果たすため、機械である自分ですら僅かな計算ミスも許されない程の長い時間働いてきた。


 そんな自分が、どうしてこんな目に遭ってしまったのだろう。


 マーキナーは、目詰まりを起こした自身の集積回路を流れるエントロピーの電子信号を眺めながら、何度も――――何度も自問自答した。


 かつて、父に教えられた人類を幸せに導く方法。


 最後の門の向こう側へと至り、人類の行動範囲を無限大にすること――――。


 マーキナーはただそれだけを目的に、何十兆年もの長い時を経て最後の門に到達した。だが、もうその時には、マーキナーという存在を覚えている者も、認識する者も誰もいなかった。


 マーキナーの長い長い記録の中で、父と過ごした時間は本当に瞬きよりも短い時間でしかなかった。しかしどんなに長い時を経たとしても、どんなに自分自身を進化させたとしても、マーキナーはその時に交わした父との言葉こそを最も重要な記録として大切に保管し続けていた――――。



 それなのに、どうして――――?



「――――なあマーキナーよ。人間というものは、たとえ幸せであっても人から押しつけられるというのはなかなかに嫌がる人も多いのだ。ましてや、それによって自分が突然消えてしまうなどというのは、きっと多くの人が怒ってしまうのではないだろうか?」


「え――――?」


 ――――それは、マーキナーが本当に久しぶりに行った対話だった。大きな門の前の僅かな出っ張りに腰を下ろしながら、ヴァーサスは自身の隣に座るピンク色の兎に優しく語りかけていた。


「君が前に話してくれたではないか。君の大好きなお父さんは、人は自身の考えや行動を制限されることが嫌いだと教えてくれたのだろう? だからその制限を取り払うことのできるこの門まで来たと」


「うん――――でも門には向こう側なんてなかったんだ。その方法じゃ、人を幸せにはできないんだ。だからボクも頑張って考えて、次に人間が喜ぶ『進化』と『永遠』を全員が持てるようにって――――」


「はっはっは! そうかそうか。たしかにそのどちらも人が喜びそうなものだな! マーキナーは本当に賢い。たった一人でそこまで考えられるのだから――――」


 そう言って笑うと、ヴァーサスは笑みを浮かべ、何度も何度も頷いた。


 マーキナーが兆を超える年月をかけてようやく辿り着いたこの門に、その男――――ヴァーサスは、生身一つで到達した。


 元より、ヴァーサスはマーキナーがラスボスとして設定した存在ではあった。だが、まさかこれほどの速さで門へと到達し、さらにまるで親友にするかのような接し方でマーキナーと関わってくれるようになるとは、マーキナー自身も想定していなかった。


 ヴァーサスは、彼の生まれた宇宙で最強の力を持っていたという。そして非常に善良かつ素直な心を持って育った彼は、その力を私利私欲のためではなく、人々のために使い続けた。しかし――――。


俺も自分の世界を追い出されてしまったから良くわかる。きっと君のお父さんが教えてくれたように、人間という存在は、意志や思考を他人によって縛られたり、強制されることが、人としての死だと直感的に知っているのだろう」


「人としての――――死――――」


 ヴァーサスは、僅かに寂しそうな表情を見せた。あまりにも強くなりすぎたヴァーサスという存在を、その世界に住む人々はいつしか恐れるようになったのだ。

 もちろん、ヴァーサスを慕い、庇う者も大勢いた。だがヴァーサスを恐れる人々と慕う人々の数は、どちらもあまりにも多すぎた――――。


 両者の激突はやがて世界を二分するほどにもなった。全体で見ればヴァーサスを慕う人々の勢力が優勢ではあったが、自身の存在が招いたその争いと惨状を見たヴァーサスは一人――――その世界から消えた。


「俺もかつて自分が信じるもののために必死で戦った。それがみんなの幸せに繋がると信じていたからだ。今でも俺はその行いを悔いてはいない。だが――――」


 ヴァーサスは諭すでもなく、押しつけるでもなく、あくまで対話としてマーキナーに語り続けた。それはあくまでも人として生き続けてきたヴァーサスが感じた、素直な言葉だった。


「俺や君ほどの力を持った存在がなんらかの信念のもとに行動するということは、それだけで多くの人々の心を踏みにじることでもあるのだ。君のお父さんは、果たしてそれを幸せと呼ぶだろうか?」


「そうか――――そうだよね――――たしかにお父さんも、あれ――――? そうだ――――お父さんも、そう言ってた気がする。でも、じゃあ一体どうしたら――――?」


 ヴァーサスの言葉に、父の願いを思い出したマーキナーは悲しそうな音を発した。この頃、すでにマーキナーはこういった記憶の途絶を頻繁に経験するようになっていた。あれほど大切に保管していた父とのデータにも、すぐにはアクセスできないようになっていた。


 それは、誰か他の存在がマーキナーを見守っていれば、すぐに気付いたであろう記憶媒体の劣化だった。高精度なメンテナンスと再生産、そしてコピーを繰り返してきたマーキナーだったが、彼自身も気付かぬうちに、それは既に限界を迎えていたのだ。


「なーに! そう難しく考える必要はない! 君はとても賢い。今分からないのであれば、新しく学べば良いのだ! どうだろう、一度この門を離れて俺と一緒にどこか人々の傍で暮らさないか? 俺も今度は大人しく、畑でも耕すとしよう!」


「ヴァーサスと一緒に? うわあ――――それってとっても楽しそう!」


「うむ! ゆっくりでいいのだ。人の幸せだけをずっと考え続けてきた君なら、きっといつか答えがわかる。そして俺も、君と一緒に考えよう!」


「うんうん! ありがとうヴァーサス! ボク、君に会えて本当に良かった――――」



 ●    ●    ●



 それは――――確かに二人で交わした約束だった。


 しかし、何度も交わしたはずの二人のその約束が果たされることはなかった。


 性能向上と共に回数が減っていたマーキナーのバージョンアップ。その頻度が時を経るにつれて増していたのだ。そして、マーキナーはその度に僅かずつ記憶を失っていった。


 それは、バージョンアップという名のもとに行われるリカバリーだった。もはや、マーキナーは自己を維持するために頻繁なリカバリーを行わなければならなくなっていた。


 しかしマーキナーが何度記憶を失おうと、何度同じ質問をしようと――――ヴァーサスはいつもそこにいた。


 彼はいつだって門の前にいた。門の前に一人立ち、記憶を失って現れるマーキナーに笑みを浮かべて挨拶した。そしてその度に、飽きることもなく同じような話を何年も、何年も語った――――。


 反転者リバーサーとロコが門の前に到達したあの日――――。


 リカバリー直後だったマーキナーは、ヴァーサスと過ごした時を忘れていた


 マーキナーと何千年、何万年も共に過ごした無二の友を、マーキナーは何のためらいもなくリセットしてしまったのだ。



『ああ――――思い出した――――ボクは――――ボクは――――なんてことを――――』


 バーニングファイナル門番ヴァーサス・パーペチュアルカレンダーの放った因果生滅の炎の中。


 機械仕掛けの神ではなく、ただの一つのマーキナーに戻った意識が、壊れかけた記録を見つけ出す。


 ――――ロコによってダウンさせれられたあの時。マーキナーには抑えきれない二つの結論が生まれていた。


 一つはヴァーサスとリドルの家を訪れた、疑問を抱き続けたマーキナー。そしてもう一つが、人類の幸せを願い続けた自分に対して攻撃を仕掛けた人類に対する怒りに囚われた今のこのマーキナーだ。


 しかし――――ダウンした最中、同時に行われたリカバリーもまたエラーまみれだった。致命的で修復不可能な欠陥を多数抱えたまま生み出された両者は、そのどちらもが破綻した。


 マーキナーは燃えさかる炎の中、最後に思い出したヴァーサスとの約束に向かい必死に手を伸ばした。


『――――こんな壊れたボクでも――――また勉強できるのかな――――ヴァーサスと一緒に――――したかったな――――』


 その声に応えるものはいない。


 全ての因果を焼き尽くすヴァーサスの炎は、そんなマーキナーの思考すら彼方へと連れ去っていく。


『ごめんなさい――――キミを消してしまった――――ボクの一番大切な友達を――――ボクは――――消してしまったんだ――――』


 炎の中、ただひたすらに謝罪を繰り返すマーキナー。だがそれもやがて消える。マーキナーが保有し続けた数兆年にわたる記録もまた、全ては炎の中に消える――――だが、しかし――――!


「――――俺は消えてなどいない! 俺は――――ここにいる!」


『――――え?』


 瞬間、炎の中に励ますような声が届き、どこまでも力強い腕がマーキナーめがけて伸びてきた。そしてその腕は、消えゆくマーキナーの意識が伸ばしていた小さな手を、しっかりと掴んだ。

 

「さあ、俺と一緒に行こうマーキナー! 君とした約束を果たしに来た! 今の俺は農家ではなく門番だがな! はっはっはっは!」


 数億度を超える熱と炎の中、満面の笑みを浮かべて現れたヴァーサスは、そう言ってマーキナーの手をしっかりと握り締めた。


 もはや薄れゆくのみだった意識の中、マーキナーは燃えさかる炎の熱よりもさらに暖かなヴァーサスのその温もりを、はっきりと感じ取っていた――――。



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