門番VS

あらゆる災厄から門を死守せよ!スーパー門番同棲ファンタジー!
ここのえ九護
ここのえ九護

未来を守る深淵

公開日時: 2021年4月3日(土) 08:15
更新日時: 2021年4月3日(土) 08:26
文字数:3,732


「ウォンさん……っ」


「あー……うー……?」


 無機質な金属製の壁面に囲まれた室内。


 漆黒の世界を映し出す透明な窓の外を見つめるリドルが涙を零し、その胸に抱かれたライトは、何かを感じ取ったかのように辺りを見回す。


「ウォン――――。君は約束を果たしたんだね――――ありがとう」


 そしてその傍で、戦いの終結を感じ取ったドレスは瞼を閉じ、静かに友の旅立ちを見送った――――。



 次元喰いラカルムと最強の男、ウォンの戦いは終わった。



 もはや全ての可能性が潰え、光すら消え去った狭間の領域を飛ぶ反転者リバーサーの次元航行船。


 すでに彼らの宇宙は何兆光年も離れた場所だったが、全ての狭間の領域へと拡大した両者の戦いは、当然ヴァーサスやドレスの乗るこの船にも及んでいた。


 しかし、彼らは耐えた。マーキナーとの戦いを控え、ここで力を消耗するわけにはいかなかった。彼らはただひたすらにウォンを信じ、故郷に残った仲間を信じた。


「……後で、ちゃんと御礼をしないとですね。あの人は、母や父との約束を果たしてくれたんです」


「ウォン殿……っ! 貴殿の意志……しかと受け取った……っ!」


「そんな……っ。ウォンさん…………うぅ……」


 腕を組んで壁を背にする黒姫が呟き、ヴァーサスとミズハは溢れる涙を拭うこともせず叫んだ。すでにあらゆる次元を越えることが可能な領域にまで達した彼らには、ウォンが何をし、そしてどうなったのかが手に取るようにわかっていた。


 そして、それがウォンの意志だったことも。


 もしここでこの場に居る誰かがウォンの加勢へと飛び出していれば、すぐさまウォンに叱咤されたことだろう。彼らがウォンを信じて託したように、ウォンもまた、この世界に残った仲間達を信じたのだ。


「――――マーキナーの扱える力の総量には見当がついている。あの深淵はその中でも最大規模のものだ。それが倒された以上、暫くの間マーキナーはリセットを行うことも、新たな深淵をお前たちの宇宙に送ることもできないだろう」


「ウォン・ウーが次元食いと同等の存在にまで達したのは完全にイレギュラーだった。きっと、この周回で起こったあらゆる特異点の中で、最大のもの」


 反転者リバーサーとロコがヴァーサス達に状況を説明した。


 既にマーキナーが待つ最後の門は目の前だった。後顧の憂いがなくなったというのならば、ヴァーサス達が成すべき事は一つしかない。


「――――さあヴァーサス。まだ僕たちの戦いは一つも終わっていない。僕たちの世界を守ってくれたウォンや皆のためにも、僕たちは僕たちの役目を果たそう」


「ああ……っ!」


 ドレスから促され、自身の袖口で溢れる涙を拭って姿勢を正すヴァーサス。今はまだ涙を流すときではない。ヴァーサスの青い瞳に雷光の放射が奔り、窓から覗く闇を鋭く射貫く。だが――――。


『ラカルム――――全てを――――ラカルムに――――』


「――――っ!?」


 航行船の外壁を貫き、確かに消えたはずの声が響いた。


 リドルと黒姫、ロコが即座に白と黒、そして無色の門を解放する。


「これは――――黒姫さんっ! このラカルムさんは!」


「はい、これはさっきまでの深淵ではありませんね! やはりさっきのめちゃ強の深淵をウォンさんに倒されたのは相当痛かったようですっ!」


「確かに力は遠く及ばない。貴方たちの宇宙にも届いていない。でも――――」


 ヴァーサス達が乗る次元航行船の周囲に現れた深淵。それは確かにラカルムだったが、その力は先ほどウォンが打倒した深淵からは大きく劣っていた。今のヴァーサスやリドル、黒姫であれば単独でも問題なく打倒可能――――その程度のエントロピーしか保有していない。


 これはつまり、マーキナーが行使可能な最後の門の力が大きく減じたことを意味していた。先ほど反転者リバーサーが言った通り、やはり先ほどウォンに倒された次元喰いは、エラーを起こしたマーキナーが後先考えずにその持てるエントロピーを注ぎ込んだ結果だったのだ。しかし――――。


「で、でもこれ――――凄く数が多いですよっ! 一つ一つのラカルムさんからはさっきほどの力を感じませんけど、こんなに多いんじゃっ!」


 そう、今度の深淵は数が多かった。


 狭間の世界を埋め尽くすほどではない。それら深淵の残滓は、最後の門の周囲をぐるりと囲むように現れただけだ。しかしそれでも深淵は深淵である。むしろ数が多い分、全てを殲滅するのにはより時間がかかるだろう。


 それはまるで、容器に入った残り少ない内容物を必死に押し出そうとしている様に似ていた。今のマーキナーは、自身に残された僅かなエントロピーが最後の門から供給された瞬間、即座に深淵を生み出して吐き出し続けているのだ。


 その行いには、もはや打算も計算も見られなかった。ただ世界を消す。全てを消す。その命令が可能になれば深淵を生み、力が足りなければエラーを吐き出す。


 その様はまさに、壊れた機械そのものだった。


「ですね――――なら、今度こそこの私が行きましょう。ライト君のいる白姫の門の力は未知数ですけど、今の私の門も白姫に負けてないってところ、ヴァーサスに見せてあげますっ!」


「――――貴方が行くんですか? ――――ここは私が行こうかと思っていましたが」


「えっ!?」


「――――ら、ラカルムっ殿!?」


 次元航行船を囲む無数の深淵を睨み、気勢を上げる黒姫の背後から虚無的な声が響いた。黄金の髪の狭間に銀河を宿し、その黒い瞳に渦巻く深淵を宿す――――深淵ラカルム。なんと、ラカルムはいつの間にか当たり前のようにヴァーサス達に混ざっていたのだ。


「ごきげんようヴァーサス。リドル。みなさん。そして愛しいライト――――私の生んだ可能性の光――――」


 突如として現れたラカルムは事も無げに挨拶すると、リドルとライトの元へと歩み寄り、穏やかな笑みを浮かべた。


「ら、ラカルムさんっ!? ご無事だったんですね……良かったです……」


「――? 無事とはなんのことでしょう。私はずっとこのバスの中でみなさんとアニメを見たり、おやつを食べたり校歌を歌ったりしていましたが――――」


「相変わらず何言ってるのかさっぱりわかりませんよっ!? いやいやいや、違いますよ! ラカルムさんもマーキナーに創られた存在だったんですよね? だからてっきり、ラカルムさんもマーキナーに操られてしまったのかと心配してたんですっ! たった今ウォンさんに派手にやられちゃったみたいですし――――」


 目の前のラカルムに驚きの声を上げるリドル。しかしラカルムははてさてとばかりに首を傾げ、ぐるぐると渦巻く瞳でじっとリドルとライトを見つめていた。


「――――それは私にもわかりません。確かに私は誰かに創られた気がします。でも、今の私は私ですから。私がいたい場所にいて、行きたい場所に行く。そして、会いたい人に会いに行く――――それが私なのです」


「ラカルムさん……」


 ラカルムはそう言うと、そっとライトの頬をなでた。ラカルムに触れられたライトがむずがるように眉を顰め、その小さな手足を動かした――――。


「暖かい――――」


「はい……ラカルムさんのおかげで生まれた、私とヴァーサスの赤ちゃんです」


 ラカルムはそんなライトの様子に目を細め、頷いた。


「私は知りませんでした。可能性の光がこんなにも暖かいことを――――私は、ずっとこの暖かさの傍にいたい――――」


「あれ!? ラカルムさん……っ? どこに行ったんですかっ?」


 だが次の瞬間、ラカルムはすでにその場から消えていた。


 ラカルムが向かった先――――。


 それは、ヴァーサス達の道行きを阻む無数の深淵の前だった。


「――――行きなさいリドル、ヴァーサス。そして私の愛する可能性を守る者達よ――――私は破壊することしかできず、滅ぼすことしか知らなかった。しかしあなた方は違う。あなた方ならば、きっと私がそうするよりも、素晴らしい結末の因果を紡げるはず――――」


「ラカルムさんっ!? ちょ、こんな時にそんなこと言って大丈夫なんですか!? まさか、もう会えないなんて――――そんなことないですよねっ!? これが終わったら、また会えますよねっ!?」


「ラカルム殿っ!」


 辺りを覆い尽くす闇の中、見慣れたラカルムの美しい立ち姿が拡大し、それはヴァーサス達を乗せた次元航行船を守るようにして無数の深淵の前に立ち塞がった。


「――――私たちはいつでも会っている。いつでも傍にいる。ただ、あなた方がそれに気付いていないだけ――――昨日もおやすみと言い、今はおはようと言った。そして明日にはありがとうと言うのです――――」


「――――ラカルムさんっ!」


「ラカルムが道を開いた――――今なら次元跳躍が可能だ」


「次元跳躍開始――――目標――――最後の門」


 無数の深淵の闇が一瞬だけ晴れる。それはラカルムが開いた最後の門への道。


 それを見た反転者リバーサーとロコは即座に航行船を長距離ワープの軌道に乗せると、あらゆるものを置き去りにして、数兆光年の先へと飛ぶ。


「ラカルムさん……っ! 絶対にまた会いに来てくださいっ! ライトちゃんだって――――待ってますからっ!」


 一瞬で光の渦の中に消えていくラカルムと闇――――。


 ヴァーサス達を庇うようにして立つそのあまりにも大きな背中に向かい、リドルは最後まで――――ずっと呼びかけ続けていた――――。





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