「――――というわけで、ここまで来るのもとても大変だった」
「その後、俺や他の皆さんもロコさんや団長の情報を元に再生させてくれたんですよね! なんか団長の話では、ラスボスだった頃の団長に創られた俺はロボットだったらしいですけど、今はこうして! きっちり立派な体がありますよ!」
「ひえーー! やっぱりロコさんとリバさんは凄いッスねぇ! ゼロツー、感動でオーバーヒート寸前ッス!」
狭間の領域に浮かぶ巨大な次元航行船の内部。
反転者を中心とした反転する意志のメンバーが、無機質なテーブルを囲むようにしてその場へと集結していた。
巨大とは言っても、彼らがかつて乗っていた何万もの人々を乗せられるようなものではない。
全長七百メートルほどのこの船は、ロコが新たに生み出した宇宙の技術レベルでも即座に建造できる物だった。今もその宇宙はロコの力で巧妙に隠蔽されいるが、マーキナーの眼を欺き続けることはできないだろう。
ヴァーサスを復活させるためだけに生み出した世界とは言え、そこには多くの人々が今も何も知らずに暮らしている。もしロコや復活したヴァーサスがその宇宙を拠点として留まっていれば、マーキナーから発見される確率も、マーキナーの標的となって即座に破壊される確率も跳ね上がる。
復活したヴァーサスとロコは、もはやかつてのように他の宇宙を犠牲にするような行動を極力避けていた。全ての元凶が明確になった今、そのような行いをする意味は無いからだ。
「落ち着け02。お前のオーバーヒート宣言は洒落にならん。さっさと冷却水にでも浸かって頭を冷やしてこい」
「了解ッス! ゼロツー、浸かりまッス!」
次元航行船の内部、明瞭だが聞いただけで合成音声だとわかる独特の声が響いた。その声の主である少女然とした見た目のロボットは、反転者から全身の冷却を促され、体のあちこちから謎の煙を発しながらとてとてと部屋の外へと駆けだしていく。
「グワーーー-ッ!? 熱い! 熱すぎる! 02が横を通り過ぎただけで俺の自慢の髪が焦げた!」
「――――助かりましたマスター。あのような状態となった02は、ただそこに居るだけで室温を8度は上昇させます。私はご覧のように全身甲冑ゆえ、彼女の熱による室温の上昇はなんとも耐えがたく――――」
「情けないですねアルゴナートさん! 黒騎士なのに鎧のせいで熱さに弱いなんて、ギャグじゃないですか! ワハハ!」
「アッシュ! 貴様も一度この鎧を着込んで日々を過ごす苦しみを味わってみるかッ!?」
「お断りします! 臭そう!」
「貴様ッ!」
「――――やめろ。話が進まん」
02の退出によって室温の上昇が抑えられたことに安堵する黒騎士アルゴナートと、それをからかう青髪の青年アッシュ。そしてその横で焦げた髪を鎮火するゴッドライジン。
反転者はそんなメンバー達の騒乱を片手を上げて制すると、静かに話を進めた。
「それでロコ、マーキナーの再稼働まであとどれくらいだ?」
「148時間前に確認した時点から3%修正。マーキナーは再起動プロセスの最終段階。完全な稼働状態まであと二年はかかる。けど、向こうももう私たちのことは認識できているはず」
ロコが手元の端末を操作すると同時、室内中央に様々なデータと画像が浮かび上がり、現在の状況の変化をその場に示していく。
そのデータを見つめる反転者は、視線は中央の画像に向けたまま、自身の端末から画像の表示を切り替えていく。
「本来であれば、奴が万全となる前に叩くのが最善だが――――ヴァーサスたちの戦力状況はどうだ?」
「深淵を撃退したことは予想以上の結果。あの人たちが紡いでいた因果の力に依る部分が大きかったのが懸念点だけど、この狭間の深淵ラカルムはもう完全にこちら側の戦力といって差し支えない」
「…………奴にとっても、ロコの穴埋めのつもりで創った存在がロコと同等の知性や行動力まで兼ね備えていたことは予想外だっただろう。奴の術中に落ちた俺があの女を追い詰めたことが、逆に深淵と人間が因果を結ぶ遠因になるとは」
反転者はそう言うと、自身が復活した後に全貌を把握したエルシエルの策謀を脳裏に浮かべる。
それは、自分達夫婦と娘を害する反転者を倒すべく行った様々な根回しだけではない。エルシエルは反転者の背後に控えるマーキナーの存在にすら気づいていた節があった。
そうでなければ、大門番時代などという人為的な特異点を創り出し、無数の門番達が人知を越える力を手に入れるよう仕向ける必要が無い。エルシエルは最初から、反転者を倒した後に訪れる真の災厄の存在を見越して動いていたのだ。
「姿形も物言いも、何もかも違うというのに――――たとえ穴埋めの存在でも、結局はその場所に因果は収束するということか。ロコが二人に増えたようなものだったな」
「それならそれで好都合。私も、私があと十人くらい居れば良いのにと思うことは良くある。貴方も十人に増やせば私たち同士で取り合いになることも無くて皆平和」
「うむ…………そうか。話を次に進めるぞ」
表情一つ変えずに真顔でそう言い放つロコに若干引き気味になりながらも、反転者は更にデータへと目を通していく。
そのデータには、ヴァーサスとリドル、そして黒姫。さらにはドレスやウォンといった名が並び、それぞれの現在の力量が事細かに数値化されていた。
「――――やはり、待つしかないな」
反転者はその中のリストの一つ、リドル・パーペチュアルカレンダーの項目をじっと見つめ、呟いた。
「どうした? なにか気になる点でもあるのか隊長!?」
「ああ――――ヴァーサスとリドル、二人の子の誕生を待ちたい」
突如としてらしくないことを言いだした反転者に、ロコだけで無くその場に居た他のメンバーも各々が驚きの表情を浮かべた。
「団長がそんなこと言うなんて、ついに頭がおかしくなったんですか!?」
「少々驚きましたが……誉れある決断です、マスター。このアルゴナート、どのような状況になろうと全身全霊で戦いましょう」
「良い判断だ隊長! 勇者たるもの、身重の女性を戦力に数えることなどあってはならない! それで少々不利になろうと、足りない分は勇気で補ってみせる!」
「――――それは優しさ? 以前私が因果律予測をした時には、妻子を守る際に発揮されるヴァーサスの力は、リドル一人分より遙かに大きいと出ていた。待つ必要性はあまりない」
不思議そうに首を傾げ、反転者にその黒い瞳を向けるロコ。反転者は暫し黙っていたが、やがてゆっくりとその口を開いた。
「――――特に理由は無い。だが、俺はかつてロコだけでも守ろうとしてしくじったのでな。子や妻を守る際の馬鹿力に頼るような状況は好きではない。それに、ロコもリドルと同じ立場なら、最後の戦いはなんとしても自分も力になりたいと思うのではないか? たとえ腹の中に子がいようとも、お前はそういう無茶をしでかしそうだ」
「それは否定できない。こうして貴方に気持ちを見透かされたのもなんだか悔しい」
言葉とは裏腹に、嬉しそうな表情を浮かべるロコ。反転者は鼻を鳴らし、その場に集まった仲間達を見回した後、僅かに頷いた。
「この戦い、僅かな因果の差でどちらにでも傾く戦いになるだろう。不安要素は出来る限り消しておきたい。奴が万全に近づくというのなら、俺たちも万全な状態で叩き潰す。 ――――ロコ、クロガネに連絡を。ヴァーサスと会談する」
「――――わかった。上手く行くと良いけど」
「何も問題はない――――あいつも俺だからな――――」
ロコと反転者は互いに笑みを浮かべて頷き合うと、迫り来る決戦の時へと思いを巡らせる。
かつて、確かに門の向こうへと続いていたはずの道。それは踏みにじられ、一度は門によって閉ざされた。
だが、彼らは間もなくその門の前に再び立つだろう。
今度こそ、その門の先に続く道程を仲間と共に歩むために――――。
『門番 VS ヴァーサス 門番○ ヴァーサス● 決まり手:ラスボスにされたが再戦予定』
読み終わったら、ポイントを付けましょう!