門番VS

あらゆる災厄から門を死守せよ!スーパー門番同棲ファンタジー!
ここのえ九護
ここのえ九護

破滅と対峙する門番

公開日時: 2021年3月19日(金) 07:31
文字数:4,017


 全ては終わった。


 この街を、そして文字通り世界を支配していた男、ギルバート・スミスはクロガネたちの力によって無様に敗北した。


 かつてクロガネが体験した時間軸では、この戦いでギルバートが無理矢理引き出した門の力が暴走。門は破壊されなかったものの、その溢れ出した膨大な力が次元を越えて拡散した。

 その溢れ出した力は当時次元喰い状態にあった万祖ラカルムを呼び寄せることになり、宇宙崩壊の主因となっていた。


「お前にとっちゃ不本意だったろうが、また同じ轍を踏むわけにはいかねぇんだ……」


 クロガネは気を失ったギルバートを抱え上げると、リドルに支えられるシトラリイの元へと歩み寄る。


 ヴァーサスたちとの連携により、ギルバートに全く何もさせずに完封したのも、ギルバートが追い詰められ、門の力をより引き出そうと足掻くのを防ぐためだった。結果としてその狙いは成功し、こうして今、この場所には完全な静寂と平穏が戻っていた。


「殺しちゃいない。後で反体制派のやつらに突き出すくらいで良いだろう」


「アツマさん……なぜそいつを殺さなかったんです……っ! そいつは計画など関係なく、大勢の人々の命を自身の手を汚さずに奪ってきました! 生きていていい人間では……っ!」


「まあな……反体制派が主体の裁判にでもかけられれば、確実に死刑だろうさ」


 普段の彼女には似つかわしくない必死の形相でクロガネに問うシトラリイ。クロガネは眉を顰め、担ぎ上げていたギルバートを適当に床に置くと、用意していた手錠をその両手首にかける。


「俺は探偵だ……人の生き死にを決める権利は探偵にはない。それに――――」


 ギルバートを捕縛したクロガネはそう言って再び立ち上がると、肩をすくめて誤魔化すように言った。


「――――惚れた女の親父を殺すのは後味が悪過ぎる。その役回りはどこか別の奴に任せることにするさ」


「アツマ……さん……」


「(うひゃあ……私たちってここに居てもいいんでしょうか? お邪魔じゃないでしょうか!?)」


「(うむ! 万事解決だな!)」


「(アツマさん……本当に嬉しそう! 良かったです……っ)」


「(うふふっ。お二人ともとても仲良しで素敵ですね。私もお力になれたみたいで嬉しいですわ)」


 見つめ合うクロガネとシトラリイ。そしてその二人を暖かく見守るヴァーサスたち。この街でのクエストは無事完了し、後はギルドに戻って報告すれば、ヴァーサスたちも元の世界へと戻ることが出来るだろう。


 リドルは自分とシトラリイを繋いでいたガムテープをスキルで取り出したハサミで切断すると、メニュー画面を開いてクエスト達成状況を確認する――――。


「あれ……? おかしいですね? まだクエスト進行の魔王を討伐するっていうところにチェックが付いてないですよ?」


「あらぁ? 私もですわ……やっぱり完全にこの方の息の根を止めないといけないのでしょうか? 困りましたねぇ……」


 リドルが開いたメニュー画面には、クエスト未達成の表示と共に『魔王を討伐する』という文字が不気味に点滅し続けていた。


 そして――――。


「ラリィっ!?」


 リドルと離れ、領域による影響もなくなって回復したはずのシトラリイが、鈍い音を立てて倒れる。すぐに駆け寄って助け起こしたクロガネだが、シトラリイの肌に触れたクロガネはそのあまりの冷たさに戦慄する。


「つ、冷たい……なんだ……これは一体、どうなってやがる!? ラリィ! しっかりしろ!」


 あまりの状況に冷静さを失い焦るクロガネ、ダストベリーがガーディアンのスキルであるリトルヒールを行使して回復を試みるが、なんとその効果はシトラリイに到達する前に霧散し、消滅した。


 突然の出来事に為す術もない一行。しかしそんな彼らに背後から声がかけられる。


「――――門に喰われている。クロガネよ、その女は私や白姫と同様、門の適合者だ」


「ラリィが……門の適合者……だと……ッ!?」


「黒姫さんっ!? それ、本当なんですかっ!?」


 声の主は黒姫だ。外での戦闘を終え悠々とこの場にやってきたのだろう。

 リドルの問いに黒姫はゆっくりと頷くと、片膝を突いてシトラリイの額に触れる。


「体温を感じないのはこの女が既に別領域に取り込まれているからであろう。実はこの黒姫も、先ほど門の力をこの場で発動させることに成功してな」


 黒姫はそう言うと、紛う事なき門の領域をシトラリイを覆うように展開させる。すると僅かにシトラリイの顔色が良くなり、呼吸も穏やかになっていく。


「ヴァーサス、そして白姫――――気を引き締めよ。この世界は決してゲームの中などでは無いぞ。どうやら、我らは反転者リバーサーにしてやられたようだ」


「ここがゲームの中じゃない……? VRじゃないってことですか?」


「そうだ。確かにここにある肉体は本来の肉体に似た別物かもしれないが、決してバーチャルリアリティなどという虚構の世界では無い。この世界は今この時、実際に存在する別の宇宙だ。もしここで命を落とせば、元の肉体諸共死に至るだろう」


「この世界が、実際に存在してる……だと……? なら……ラリィは……!?」


 クロガネは自身の腕の中で眠るシトラリイを見た。かつて失い、その腕の中から跡形も無く消えたはずの、最愛の相棒の横顔を見た。


「当然、その女も命ある実像だ。我々が元の世界へ戻ったとしても、その女やこの世界の時間はそのまま続いていく。続けられればの話だが、な――――」


「黒姫さん……? あなた、震えて……?」


 そう言って立ち上がる黒姫。その姿を見たリドルは思わず声を漏らした。

 黒姫は震えていた。その細く美しい肩口を僅かに震わせ、冷たい汗を額から流していた。


 黒姫が室内の天井に向かって手をかざすと、その先に存在していた壁面が一瞬で消失。吹き抜けとなったその場所に、真っ黒な夜空が飛び込んでくる。


 否――――。


 それは、その黒は、決して夜空などでは無かった。


「嘘……だろ……ッ!? ふざけるなよ……門は傷つけなかった! あの野郎にはなにもさせてねぇ! なんで、それなのになんでコイツが来るんだ!?」


 その空を見たクロガネが、震える声で絶望の叫びを発した。

 クロガネがこの黒い空を見たのは二度目だった。


 かつてギルバートを倒し、渦巻く門の力の中でシトラリイの亡骸を抱えるクロガネの前に、この黒い空は現れた。


「ラカルムだ……ッ! 全てを喰らう狭間の化け物! あの野郎、最初から俺たちに次元喰いをぶつけるつもりで……ッ!」

 

「ラカルム殿だと……!? まさか、これが……!?」


「嘘、ですよね……いくらなんでも……これは、ちょっと……」



 それは――――あまりにも大きく、あまりにも小さい。

 

 それは、空を覆う闇の中から現れた。


 醜悪で形容しがたく、冒涜的かつ美しい。


 見る者全てが自ら命を絶とうとするほどの絶対的恐怖。その恐怖から逃れようと人々は自らその偉大なる力によって殺して欲しいと懇願する。


『ラカルム――――私はラカルム』


 その声は、この宇宙に住む全ての物質に浸透する波だった。


 その光景を見ていた眼下の街の人々から、声が上がる。ラカルム、ラカルムと。


 ラカルム、ラカルム、ラカルム!


 ラカルム! ラカルム! ラカルム!


 絶望を、終末を、破滅の結末を。


 絶望を。終末を。破滅の結末を。 


 絶望を!

 

 終末を!


 破滅の結末を!


 ラカルム! 私はラカルム! 全てはラカルムとなる!


 その声はラカルムのものではない。ラカルムの波を受けた無数の人々の願いが音となって辺りに響いたのだ。


 ビルの周囲から人々の悲鳴にも似た声が木霊する。その声はたとえ耳を塞いでも届き、いつしか破滅こそがこの宇宙の総意であるかのように、宇宙を構成する要素がラカルムの元に一つになっていく。


 それは凄まじいレベルの精神汚染。凄絶なる侵蝕の領域。


 全てがラカルムの望むままに。全ての意識が、エントロピーがラカルムになっていく。この宇宙に存在する、過去・現在・未来に至る全ての情報が、ラカルムという存在によって凄まじい速度で上書きされていく。全てはラカルムになるのだ。


 それは、門の支配者であるリドルや黒姫ですら耐えきれずに片膝を突き、ミズハやダストベリー、クロガネといった領域を操る者ですら動くことすらできぬほどの圧倒的絶望とエントロピー汚染だった。このままでは、彼らも他の人々同様ラカルムに――――。




「ラカルム殿――――! 俺の声が聞こえるだろうか!」


 


 だがその時――――リドルは確かにその声を聞いた。


 その声は、リドルを上書きしようとする破滅の意志を打ち砕き、彼女を解放する。


 ラカルムの侵蝕から解放されたリドルは、ゆっくりと――――隣に立つ声の主を求めて視線を巡らせた。


「大丈夫か? リドル」


「ヴァーサス……っ。どうして、なんであなたは……っ?」


 そこには、リドルへと手をさしのべ、安心させるような笑みを浮かべるヴァーサスがいた。ヴァーサスはラカルムの汚染を受けていなかった。それどころか、その声はラカルムの汚染領域を後退させ、リドル以外の仲間たちの自由すら取り戻させていたのだ。


「ラカルム殿! 今の貴殿がどのような事情でここに現れたのかは俺にはわからない。だが、今のラカルム殿にこの世界を滅ぼす許可は下りていないと判断する!」


『私はラカルム――――貴様も、ラカルムとなる――――』


 瞬間、その音と同時に激烈な侵蝕がヴァーサスを襲った。並の人間でも、たとえ黒姫やリドルだったとしても決して耐えられないであろう、恐るべき力。だが――――!


「俺はラカルムではない! 俺の名はヴァーサス。ヴァーサス・パーペチュアルカレンダー! 仲間を守り、この世界に生きる人々を守る門番だ! ラカルム殿! 貴殿が俺の警告を聞かず、人々へと攻撃を止めないというのなら――――!」


 ラカルムのその力を、ヴァーサスは周囲に展開した七枚の光――――全反射の盾オールリフレクターで全てはじき返した。同時に、その腕の中に輝く光槍――――全殺しの槍キルゼムオールが出現する。


「貴殿はここで――――! この俺が切り捨てるッ!」




 門番VS次元喰いラカルム――――開戦。



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