「ようこそ冒険者ギルドへ! みなさん駆け出し……じゃなさそうですね! 見ればわかりますよ。三年前の魔王との戦いを生き抜いた方達ですね? 面構えが違います!」
「……受付はお前かよ」
のどかな村に立つ一際大きな木造の建物。それがヴァーサスたちが向かった冒険者ギルドだった。
はきはきとした口調で冒険者ギルドの役割などを説明する、青く長い髪を一纏めにした糸目の青年。なぜかクロガネはその青年を見てげんなりした表情を見せていたが、理由はわからない。
「魔王との戦いとはどういうことだろう? 黒リドルが何かしたのだろうか?」
「三年前はまだここに来ておらんわっ! それに私はただの魔王ではない! 大魔王黒姫ッ! 魔王などと一緒にされて貰っては困るッ!」
「きっとそういう設定なんじゃないですかね? そういえばこのゲームには説明書がついてませんでしたので、どういう話の世界なのかとかも全然わかりませんね。なんともかんとも」
受付カウンターで冒険者登録を済ませたヴァーサス達。受付の青年はニコニコとした笑みを浮かべたまま登録用紙を受け取ると、つらつらと説明を行っていく。
「はい、これで皆さんは晴れて冒険者です! 冒険者として復活した魔王を倒すために頑張ってください! クエストはこのカウンターで受注できます。お金を稼いだり、必要なアイテムを探したり、ギルドを設立したりするのもここです! 便利ですね!」
「俺が普段こなしている傭兵稼業と変わらないな」
「うむ。俺も門番となる前は各地で依頼をこなしていた。なにやら懐かしいな!」
一通り説明を受けたヴァーサスたちは、至極真っ当なその内容に納得したように頷いた。元々門番となる前は皆傭兵や冒険者として活動していたため、特に現実世界で体験していた内容と大きく違う点は存在しなかったのだ。だが、目の前の青年が最後に付け加えた内容はそうではなかった――――。
「――――説明は以上です! それと、最後になりますがこの世界は一度入ると魔王を倒すまで外に出られません! なので頑張って魔王を倒してくださいね!」
● ● ●
「――――いやはや、困りましたねぇ」
「まさか魔王を倒すまで外に出られないとは……外は大丈夫だろうか?」
その日の夜――――冒険者ギルドでの用事をあらかた済ませたヴァーサスたちは、宿で複数の部屋を借り今後のことについて話し合った。
外に出られないとはいっても、万が一のことを考え現実世界の肉体はレゴスとドレスに任せてある、そちらは問題ないだろう。しかし反転者の仕掛けた罠と言えばまさしくその通りではあるので、クロガネは即座にダストベリーによって吊された。とはいえ、クロガネも一度入れば魔王を倒すまで出られないなどとは思いもしなかったらしく、すぐにミズハやヴァーサスによって救出されたが――――。
「でも皆さんなんだかんだ結構楽しんでますし、魔王を倒せば外には出られるみたいですから、ちょっとした旅行みたいなものだと思って楽しみましょう!」
「うむ、そうだな! しかしリドルは随分とこの世界にやってきてから機嫌も体調も良いようだ。なにかあったのか?」
ランプの明かりに照らされた個室の中、リドルとヴァーサスは夫婦と言うことで同室になっていた。他のメンバーはシオンとクロガネが同室。黒姫とミズハ、そしてダストベリーが同室で計三部屋に分かれていることになる。
「いやはや……それがですね、ここ最近ヒーラーの方が仰ってた妊娠中の体調変化がなかなかにきつかったのですよ。ほら、昨晩ヴァーサスが作ってくれたニンニク風味のスープも食べられませんでしたし……」
「なるほど……たしかにあれには俺も驚いた。きっと喜んで食べてくれると思っていたのだが……つまり、今はそういった不調を感じないのか?」
「そうなんですよ! きっと現実の体とは別に、意識だけがこの世界に囚われているからでしょうね。さすがの私も少しばかり気が滅入っていたので、久しぶりの快調にとても気分が良いのです!」
そう言ってリドルは笑みを浮かべた。ヴァーサスは腕を組んでなるほどと頷き、リドルを見つめた。
「リドル……改めて言うが、何か俺に出来ることがあればなんでも言ってくれ。俺も君も、子供についてはお互い初めてでわからないことばかりだ。そしてだからこそ、俺に出来ることはなんでも力になりたいと思っている」
「ふふっ……ヴァーサスはいつもやってくれてますよ。子供が生まれる前からもう立派なお父さんです。むしろ私の方こそ、何も無いのにイライラしたり正常な判断ができなかったりする部分がありますので、申し訳ないです」
「それならいいのだが……やはり俺もリドルの体調や様子が普段と変われば不安にもなる。もしリドルがそういう状態になっていたら、遠慮せず俺に言ってくれ。何分、俺は面と向かって言われるまで気づけないところがあってな……もう少し気が利くようになりたいと思ってはいるのだが……」
難しい顔でうむむと眉間に皺を寄せるヴァーサス。リドルはそんなヴァーサスに笑みを浮かべると、向かい合うように座っていた自分のベッドから立ち上がり、ヴァーサスの隣に座った。
「はい! 今でも充分お言葉に甘えてるつもりなんですけど、これからはもっと早め早めでお話するようにしますね! で、それとはまた別の話なんですけど――――」
「うむ、なんだろうか?」
リドルはヴァーサスに寄りかかるようにして身を寄せると、そのままヴァーサスの胸に顔を埋め、満足そうな吐息を漏らした。
「むふふふ……というわけで今の私はとても体調がいいので、今日は久しぶりに一緒に寝ましょう! こんな時期ですし、このチャンスを逃す手はありませんよっ!」
「お、おおっ? なるほど!?」
「これなら、一度魔王を倒した後も気分転換にこの世界に来るのもいいかもしれませんね……? ではでは、ちょっと失礼して――――」
――――こうして、ヴァーサスたちのVRMMO世界初日の夜は更けていった。しかしこの時の彼らはまだ気づいていなかったのである。この世界がただ自分達の世界を模したものではないということに――――。
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