のどかな田園風景が彼方に広がり、申し訳程度の木製の柵によって区切られた田舎町。空には青空が広がり、白い雲が穏やかに浮かんでいる。
巨大な貿易都市であり城塞都市でもあるナーリッジとは相当に趣が異なるが、まあ、これといった見所もないありきたりな風景だ。
「はてさて……というわけで早速入ってみましたが、特に変わった感じはしませんね。お互い見た目と服装が少々違うくらいでしょうか?」
「うむ! せっかく強くしてくれるというのだ。どんな試練が待ち構えているのか楽しみだな!」
「皆さんと一緒にどこかにお出かけする機会って今まであまり無かったので、なんだか新鮮ですっ」
「ふむ……しかし確かに領域の展開などは出来んな。こうなるとそれなりに勝手の違う戦いを強いられるのではないか? まあ、たとえどのような世界であろうともこの黒姫が最強であることに変わりはあるまいがなッ!」
そしてその村の入り口近辺。各々普段とは違う見た目の服装に身を包んだヴァーサス達がいた。ここはクロガネが取り出したキューブの中……のはずである。少なくとも、あのキューブが創り出した世界にいることは間違いない。
ヴァーサス達をより強くするという反転者の目的は依然気になったが、ヴァーサスが『強くしてくれるというのならばその厚意は無駄に出来まいっ!』などとノリノリでキューブを起動させて一人で入ってしまったため、仕方なく残りのメンバーもその後に続いたのだ。
今回この場へやって来たのはヴァーサスと二人のリドル。そしてミズハとシオン、ダストベリー。さらには万が一罠だった時のことを考え、クロガネも同行している。
この世界に入る前、キューブから響いた音声案内で現実世界の肉体が無防備になるという説明を受けたヴァーサス達は、創造神レゴスに留守中の肉体の管理を依頼した。なにかあればドレスにも連絡が行くようになっているので問題ないだろう。
「――――ああ、なるほど。VRMMOってのはあれか、ゲームの世界か。さっきからここに文字が浮かんでるんだが、これがチュートリアルってわけだ」
「あらあらぁ……もし罠でしたら今すぐ潰して差し上げたのに、本当にクロガネさんもご存じなかったんですね……? うふふふ……っ」
「ゲーム……シミュレーターのようなものか。それならば俺も少しは役に立てそうだ」
片腕を掲げ、何も無い空間を眺めるクロガネ。周囲の人物には見えていないが、どうやらクロガネにだけはそこに何らかの画像が表示されているようだ。ちなみに、クロガネは普段のコートに帽子姿では無く、身軽な冒険者風の格好へと変わっている。
そのクロガネを監視するように背後で笑みを浮かべるダストベリー。彼女はあまり普段と変わった姿にはなっていないが、なぜか背中に身の丈の三倍ほどもある巨大な盾――――というか壁を平然と背負っている。
そのさらに横で、クロガネの言う画像を自身も確認するシオン。シオンは普段のクールなパイロットスーツではなく、どこか牧歌的なオーバーオール姿になっており、こちらも一体どうなっているのかよくわからない。
「えーっと? 皆さん入る前にキャラメイキングっていうのをやりましたよね? ゲームというのなら私もなんとなくわかるのですが、こういうのって最初に自分の好きな職業を選ぶ項目ありませんでしたっけ? この世界では必要ないのでしょうか?」
「うむ! 選べたのは服装だけだな! 本当は鎧があれば良かったのだが!」
首を傾げながら一同にキャラメイキングについて尋ねるリドル。リドルはかつて母と過ごした街でこういったゲームには慣れ親しんでいた。そのため、このゲームの初期設定に違和感を感じていたのだ。
しかしそれはそれとして、リドルと黒姫の服装はなぜか普段と同じだった。ちゃんと黒姫のトゲトゲもついている。ヴァーサスは鎧こそ着ていないものの、まさに戦士か騎士といった格好であった。
「いや待て。ちょうど俺の画面に書かれてるな。職業は適性に応じて自動的に割り振られる……ステータス画面で確認……ふむ。こうか?」
【クロガネ・アツマ】クラス:盗賊 LV:99。
クロガネがなにやら画像を操作すると、すぐに自身の職業とレベル。そしてその下にはつらつらとHPやMP、攻撃力や防御力といった項目が表示された。
「おお、出たぞ――――って、俺は盗賊かよ。まあ戦士って柄でもねえが」
「わあ! 凄いですアツマさん! えっと、私もこうして――――」
【ミズハ・スイレン】クラス:侍 LV:99
クロガネに習い、ミズハも自身のステータスを確認する。表示された項目は多岐にわたったが、どうやらこの世界での職業は現実世界の職業を反映したものになる傾向があるようだ。
「私は侍ですね。門番になる以前は長く侍でしたので、なんだか懐かしいですっ」
「なるほど、クロガネ殿はわからないが、ミズハは正にそのままというわけだな!」
「ふむふむ。では他の皆様もそんな感じでしょうか? 確認確認…………」
そのようにして次々と自身のステータスを確認していく一同。そしてその結果は――――。
【シオン・クロスレイジ】クラス:からくり師 LV:99
【フローレン・ダストベリー】クラス:ガーディアン LV:99
【リドル・パーペチュアルカレンダー】クラス:大魔王 LV:99
【リドル・パーペチュアルカレンダー】クラス:宅配業者 LV:99
【ヴァーサス・パーペチュアルカレンダー】クラス:門番 LV:99
――――以上。
「俺はからくり師か。どうやら既に搭乗兵器を呼び出して戦うことができるようだ」
「私はガーディアンですね。うふふ……この大きな壁で、必ず皆さんを守って見せますわ」
そう言って早速自身のスキルの効果を確認するシオンとダストベリー。ミズハやクロガネもそうだったが、ここにいる全員はなぜかレベルが既にカンストしている。それぞれの職業で使用可能なスキルも全てアンロックされているようだ。
恐らく、ダストベリーが背負っている巨大な壁もなんらかのスキルなのだろう。そして――――。
「クッハハハハハハッ! この黒姫を大魔王に選ぶとは、なかなかわかっているではないかッ! スキルにも【滅びの雷】だの【ダークメテオ】だの、血湧き肉躍る物が揃っておるわッ! 世界よ! この黒姫の力の前にひれ伏すが良いッ!」
「いやいやいや、なんでわざわざ大ってついてるんですか!? これって普通の魔王じゃ駄目だったんですかね? 魔王でも色々アレですけど」
自身に割り当てられたクラスに満足したのか、現実世界と変わらぬ禍々しいオーラを放出して笑う黒姫。すると先ほどまで晴れていた空に暗雲が立ちこめ、数秒と立たずに稲妻が鳴り響いた。おそらくこれも大魔王の固有スキルなのだろう。迷惑きわまりない。
「しかしリドルはここでも宅配業者だな! いつも変わらぬ君の宅配への熱い想い……本当に素晴らしい!」
「フッフッフ……まあ当然ですねっ! でもでも、この世界で宅配業者って何ができるんでしょう? 私のスキル欄を見ると、【しまう】とか【おくる】とかばかりで、どうも名前だけじゃスキルの効果がよくわからないんですよね」
「スキルの効果ならば、そこらをうろつくスライムにでも試せば良かろう。しかし白姫もそうだが、ヴァーサスもきっちり門番ではないか。さすが我が伴侶と褒めてやりたいところだ……クククッ」
「さすがです師匠! 私は侍だったので、やはりまだまだ修行が足りませんねっ!」
「ありがとう二人とも! 今だから言えるが、実は門番以外だったらどうしようかと思っていたのだ。この世界でも門番として働けて嬉しく思う!」
自身の持つ用途不明のスキルに首を傾げるリドルと、この世界でも門番だったことで安堵の笑みを浮かべるヴァーサス。
こうして互いのステータスを確認したヴァーサス達は、『こういう時はまず冒険者ギルドに行くものと相場が決まっている!』という黒姫の言葉に従い、村の中心部分へと連れだって向かうのであった――――。
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