門番VS

あらゆる災厄から門を死守せよ!スーパー門番同棲ファンタジー!
ここのえ九護
ここのえ九護

門番に挑む男

公開日時: 2021年3月23日(火) 18:20
更新日時: 2021年3月23日(火) 18:37
文字数:2,616


『俺の名はヴァーサス。この門を守る門番だ。残念だが、お前たち二人にこの門の通行は許可されていない――――』


 自分自身の声を外部から聞くと、その音は普段自分が受け取っている声とは若干違うイメージの音に聞えるという。

 自身の声を保存して聴くなどと言う習慣の無かったヴァーサスは、その高速回転する頭脳の中で、ふとそんなことを思い出していた――――。


「ま、待ってくれ! 許可だと!? どういうことだ!? その門の通行には許可がいるのか!? 俺たちはなんとかここまで逃げてきた。見ての通り傷だらけで……深淵も追ってきている! 頼む、その門を通してくれ!」


 ヴァーサスはそう言って目の前の自分と似た存在へと懇願した。もはや恥も外聞も、普段の余裕に満ちた態度も無かった。


 共に逃げ延びたロコもこのままでは死ぬだろう。何万光年の距離も深淵にとってはただ手を伸ばすようなもの。どちらにしろ目の前の門を越えなくては、自分達に未来は無かった。しかし――――。


『――――どうやら、ここから立ち去る気はないようだな』


 目の前の自分――――いや、門番はそう言うと、ゆっくりと腰の鞘から凄まじい領域を展開する長剣を抜き放った。ヴァーサスはその凄絶な殺気に恐怖した。足が震え、体が自然と後方へと下がる。


「た……頼む……っ! 俺たちを……俺たちをその門の先に行かせてくれ……ッ!」


「――――駄目だ。許可なき者を通すわけにはいかない。俺の警告にも関わらず、この場から立ち去らないというのなら、お前たち二人は今ここで――――」


 門番がその剣を構える。気づけば、いつの間にやらその剣を持つ手と反対側の手には、やはり凄絶な領域を放つ盾が掲げられていた。そのどちらもが、門の力を解放したロコに匹敵、もしくは上回るであろうエネルギーを感じさせた。


 ヴァーサスは我知らず、抱きかかえるロコに縋るようにして腕を回した。もはや武器は無い。策もない。用意したもの全てはラカルムとの対峙で使い果たしていた。


「――――この俺が切り捨てるッ!」


 門番が動く。ヴァーサスを殺すため、ロコにとどめを刺すために。


 その光景を映し出すヴァーサスの瞳がぶれ、虚ろに震えた。全ての時間が流れ落ちる泥のように軟化し、一瞬が何秒にも感じられた。



 ――――俺は、こんなところで。

 ――――あいつらに――――ロコになんと言えば。



 ヴァーサスの脳裏に、自分とロコをこの場へと到達させるために死んでいった仲間達の姿が浮かぶ。


 様々な宇宙を訪れ、ヴァーサスの意志に賛同してくれたその宇宙でも最強と名高い強者や、優れた頭脳を持つ者たち。


 アッシュ――クロガネ――アルゴナート――ゴッドライジン――R02。そしてヴァーサスとロコ――――。


 彼らは皆、この狭間の世界における究極のメンバーだった。


 本来ならば、ウォンもこのメンバーに迎え入れたかったのだが、ウォンは門の向こうへ行く代わりに自身の生まれた宇宙を見捨てるような行いに反発し、交渉は決裂した。


 いずれにしろ、もしウォンが仲間になっていたとしても、深淵ラカルムには歯が立たなかったであろうが――――。



 ロコ――――?


 だがその時。ヴァーサスは自分の腕の中で眠るロコのかすかな鼓動を感じた。ロコはまだ生きている。今までそうであったように、ヴァーサスを信じ、こんな宇宙の果てよりも遠い最果ての地まで彼女はついてきてくれたのだ。


 せめて――――。


 せめて、ロコだけでも――――!


 瞬間、ヴァーサスの時間感覚が通常の速度に戻る。人知を越えた速度で迫る門番に対し、ヴァーサスは傷ついたロコを咄嗟に抱き落とすと、なんの武器も装備も持たず、ただその全身を持って突っ込んだのだ。


『――――? 何の真似だ?』


「がッ……ク……ククッ……――――」


 ヴァーサスの体を、門番が持つ刃が大きく切り裂いた。その刃はヴァーサスが身につけていた最新鋭の防護服によって大幅に威力を減じられたが、それでもヴァーサスの体は両断される寸前まで深く切り裂かれていた。間違いなく致命傷である。


「最悪……だな。結局、何もかも、思い通りにならなかった――――俺を信じてついてきた星のやつらも、仲間も、俺自身も守れなかった――――自由とは、なんと得難いものか――――」


『ぬ――――っ!? 貴様!?』


 門番が困惑の声を上げた。


 ヴァーサスの肉体に食い込んだ刃が固定され、自身も動くことが出来ない。見れば、自身とヴァーサスの周囲には領域ごと押さえ込む強靱な結界が展開され、ただ一本だけ残った最後の全殺しの槍キルゼムオールが、その結界の支柱として上空に浮遊していた。


「万が一のことを考えて、延命用に用意しておいた時空間凍結領域だ。いかな貴様でも、破るには解析が必要だろう――――そして」


 ヴァーサスが自身に食い込んだ刃を震える手で握りしめる。しかしその傷口からは血の一滴すら溢れ出ることは無かった。刃が振るわれた瞬間に飛び散った鮮血が空中で固定され、静止している。


 そしてそれと同時、ヴァーサスとロコが乗ってきた小型船が再稼働する。見れば、先ほどヴァーサスが取り落としたはずのロコは既にその場にいなかった。


「なにも――――思い通りにならなかった俺だが……ロコだけは、あいつだけは、せめて――――ッ!」


 そう言って腕に力を込めるヴァーサス。刃を握る手に嵌められていた指輪が輝きを放つ。その指輪に備わる転移装置によって、すでにロコは船内の救命ポッド内へと移動させられていたのだ。


「門番よ、門は……通らせて貰うぞ――――! 通るのは俺ではないがなッ!」


『き、貴様ッ!』


 小型船のスラスターが一斉に点火する。同時に、小型船に備えられたレーザー砲が門の扉めがけて照射され、閉ざされた巨大な門を開放する。


 今まで、ヴァーサス達は何度となく門の開放と破壊を行ってきた。すでにどのような形で門を扱えば望ましい結果が得られるかは完全に把握していたのだ。


 時空間を凍結され、身動きの取れないヴァーサスと門番の上空を小型船が飛翔する。次第に薄れていく意識の中、ヴァーサスは小型船が門へと突入する光景を確かに見届けた――――。


「(ロコ――――お前だけでも、自由を――――)」


 それが、ヴァーサスがこの宇宙に残した最後の想いだった。



 ヴァーサスは死んだ。



 凍結した時空間が解除され、切り裂かれた傷口から大量の鮮血が浮き出す。


 倒れ伏したヴァーサスを見下ろした門番は、やがて解放された背後の門へと視線を向けると、じっと――――その先をただ見つめていた。


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