広大な砂丘にいくつもの連続した砂の隆起が巻き起こる。
無限とも思える青い空と黄金の大地の狭間で、二機の巨大な人型が交錯する。
「くっ……この男!」
『攻撃への反応速度……先読みの精度……共に異常値……貴様もドレスと同類か』
自らに向かって絶え間なく連射されるクロスボウの弾丸を弾き、躱し、ギリギリで捌ききるビッグヴァーサス。
しかしそれこそが今相対している青い魔導甲冑を駆る門番ランク7――クロスレイジの狙いだった。
弾かれ、逸らされた弾丸はその多くが地面へと着弾し、見上げるほどの砂塵の壁を作り出す。それによって塞がれる視界は、ヴァーサスの戦いの選択肢を確実に狭めていったのだ。
「ならば……!」
コックピット内部のヴァーサスが気勢を上げる。
ヴァーサスは小刻みにペダルを踏み込む力を調節し、ジグザグの軌道を描くようにしてビッグヴァーサスを上空へと飛翔させた。
『そうだ……お前に残された逃げ場はそこしかない。俺はそれを待っていた……』
しかしその瞬間をこそクロスレイジは待っていた。
クロスレイジは砂塵を巻き上げて空へと逃げたビッグヴァーサスに狙いを定めると、左腕のクロスボウに強大な魔力を一瞬で収束させ、巨大なドラゴンすら屠る一撃を放つ。だが――!
「待っていたのは俺の方だ! ビッグヴァーサス! ゴーーーー!」
ヴァーサスとビッグヴァーサス。その双方が大気を震わせる咆哮を上げた。
空中へと飛翔したビッグヴァーサスの背面がまるで翼を広げたように大きく展開し、そこに備えられた魔力スラスターから超高圧のジェットを放出。ゆっくりと浮遊した状態から突如としてクロスレイジめがけて急加速したのだ。
加速したビッグヴァーサスは右腕に装備した盾を前面に掲げ、クロスレイジの放った魔弾へと恐れず突き進んだ――。
――轟く爆音。
昼だというのに辺りを明るく照らす閃光。
もうもうと砂塵が立ちこめ、巨大な砂丘が原型すら留めず吹き飛ばされた。
『危機的状況での判断力、行動力、共に異常値……そして訂正する。どうやら貴様はドレス以上の化け物だ』
破壊された砂丘の中心。
クロスレイジの魔弾を盾と加速で逸らしきったビッグヴァーサスは、そのまま光速の槍さばきで大地ごとクロスレイジの魔導甲冑を破壊するはずだった。しかし――。
「ちっ! 逸らされたか……!」
『驚いた……。ドレスのような存在は二人といないと思っていたが……』
ビッグヴァーサスの槍は間違いなく先ほどまでクロスレイジがいた場所を貫通していた。しかしクロスレイジはビッグヴァーサスの光速の槍を見切り、右腕の長剣で見事に受け流していたのだ。
停滞は一瞬。
自らの攻撃が外れたと知ったヴァーサスは即座にスラスターを全開にして加速。
クロスレイジもまたつかず離れずの距離を維持したままヴァーサスの出方を伺った。
「さすがだなクロスレイジ殿! やはり門番はこうでなくては! ぜひ一度甲冑無しで手合わせ願いたいものだ!」
『魔導甲冑無しで……悪いがお断りだ』
「む……? それはなぜだ!?」
再びお互いの隙を伺う膠着状態となるヴァーサスとクロスレイジ。
使い勝手の良い遠距離武装はビッグヴァーサスにも装備されていたが、ヴァーサスはそもそも遠距離武器の使用を苦手としていた。
格下相手ならともかくとして、クロスレイジ程の使い手に対して苦手な武装を使うのはかえって隙を晒すことになるとヴァーサスは判断していたのだ。
『知らないのか……俺はこの大陸で唯一、魔導甲冑に乗って闘う門番だ。もし俺が生身でお前と闘えば、虫けらのように潰されて終わり……。それに……俺はこの魔導甲冑――アブソリュートに愛着がある……』
「そうだったのか! だからこそこの強さというわけなのだな! 無礼な申し出だった、謝罪する!」
『……変わった男だ』
ヴァーサスのその言葉に、アブソリュートのコックピットに座る年若い青髪の青年――クロスレイジが小さな笑みを漏らす。
「この祭りが終わったら俺の師匠になってくれないか! ビッグヴァーサスの扱いについては、俺にもまだまだ伸びしろがありそうだ!」
『……いいだろう』
「ありがたい!」
広大な砂塵の上、接近しては離れ、離れては接近してを繰り返す二機の魔導甲冑。
二機の戦いは徐々に熱を帯び、それ以上にその戦いを楽しむように、更に戦いのレベルを引き上げていった――。
● ● ●
「あららら……ヴァーサスったらまた門番同士で熱い友情結んじゃいましたよ!? すっかり戦いに夢中になってるみたいですけど、ちゃんと私たちの目的覚えてるんでしょうか?」
「あれほど激しく闘った敵の心をこうも容易く手なずけるとは……! 見事……美しいぞ、ヴァーサス……!」
「たはは……手なずけるっていうのはちょっと違うと思うんですけどねぇ……」
街の中に用意された特設会場。
ヴァーサスとクロスレイジの様子を眺めていたリドルがやれやれといった様子で首を振る。
黒リドルは黒リドルで二人のやりとりに謎の感動を呼び覚まされ、自らの拳を握り締めて瞳を潤ませながらぷるぷると震えていた。
しかしその時、そんな二人の座る机の前に別回線からの声が届いた。
『こちらミズハ・スイレンです! リドルさん、聞こえてますか? お探しのもの、見つけたかも知れません!』
「おおーっと!? これはこれはミズハさん! ほんとですか!」
『はい! ドレス陛下ももうすぐ来てくれるそうです! 実は、世界樹の麓から入れる洞窟の下が見たこともない工場になってて――』
少しだけノイズのかかった通信から聞こえてくる明るい声。
それはナーリッジのトップアイドル門番、ミズハ・スイレンの声だった――。
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