門番VS

あらゆる災厄から門を死守せよ!スーパー門番同棲ファンタジー!
ここのえ九護
ここのえ九護

戦いは続く門番

公開日時: 2021年3月9日(火) 17:56
更新日時: 2021年3月9日(火) 18:01
文字数:3,781


 クロガネ・アツマ。


 かつて愛した一人の女性のために世界全てを敵に回して戦い、勝利した男。


 彼の能力はベクトル支配。あらゆる有向量を操作できるだけでなく、完全に停止し、ベクトル量がゼロの物体に対しても自分の意志でベクトル量を付与することもできる。


 クロガネの力は超能力や霊といった概念存在、果ては時空間にまで及ぶ。先だってのミズハとの戦いでも、彼がもしその気になっていれば、あの場で真空崩壊を発生させ、宇宙そのものを跡形もなく消滅させることすら可能だった。


 しかし彼はそれを良しとしない。彼の信条に反するからだ。


 彼はずっとそうしてきた。


 この世で最も強いと思っていた支配者すらちっぽけな存在だったと思い知らされ、全てを賭けて守り抜いた女性も失った。数多くいた友も、馴染みの街並みも、なにもかも失って久しいが、それでも彼は彼で在り続けようと必死でもがき続けてきた。


 だが――――。


 だが今このとき、そんな彼の抵抗はついに終わりを迎えようとしていたのだ。



「――――待たせたな、装置の準備が完了した」


「シオンさん。ありがとうございますっ! ――――さあさあ、見て下さいあの機械を! これを見てもまだ素直に吐く気になりませんかっ?」


『くっ! 殺せ……っ! と、言ってはみたものの、こいつはマジでヤバいな……』



 夜。リドルとヴァーサスの家の前。


 簀巻きにされ、椅子に座らされたクロガネの前に、荷台に乗せられて運ばれてくる巨大な椅子状の機械。その機械では色とりどりのランプがせわしなく点滅し、丁度座った者の頭部を覆うように金属製のヘルメットが備え付けられている。


 一目見ただけでヤバイとわかる、かつての試験勉強の際、ヴァーサスとギガンテスを綺麗にした悪魔のマシンだ。



「まさか皇帝さんの領域に抵抗する力がまだ残っていたとは驚きましたが、これはそうもいきませんよ! なんたってこの機械にはヴァーサスですらロボにされたんですからね! 観念するといいですっ!」


「記憶領域だけとはいえ、皇帝領域エンペラードメインに抵抗したのは褒めてあげるよ。でも見た感じ、多分この機械より僕の方が優しかったと思うよ?」


「うっ! 未だにこれを見ると頭痛とめまいが……」



 シオンが運び出したその機械の周りでやんややんやと大騒ぎするリドルと黒姫。そしてこめかみを押さえてうずくまるヴァーサス。端から見ると完全に邪悪なサバトの舞である。


 実はクロガネはこの僅か前、ドレスの皇帝領域エンペラードメインによる全知に抵抗していた。抵抗したと言っても、それはクロガネの精神領域に対してのものであり、生殺与奪の権は完全にドレスが握っていた。


 しかしそれでも、クロガネは自分自身の精神と記憶へのドレスの侵入に抗った。これは、クロガネの持つ領域とその能力によるところが大きい。元からクロガネの命を奪うつもりのなかったドレスもまた、特に無理を通すこともなく大人しく引き下がった。



 ――――というわけで、必死に抗ったその結果がこのマシンである。これは酷い。



「ククク……ッ! 貴様のような強固なエゴを持つ者が哀れなロボに落ちぶれる様はさぞ私の趣向を満たすであろうなッ! 血湧き肉躍るとは正にこのことよッ!」


「ローボ! ローボ! さっさとローボ!」


 

 赤と青の謎コードを持ってはしゃぐ二人のリドル。これも母親から受け継いだマッドな血のせいであろうか。


 そしてそんな二人を見るクロガネの額から冷たい汗が流れる。


 既にクロガネにもわかっていた。この目の前の機械はヤバイ。クロガネの元いた世界でもよくあるお約束の奴だ。なんとか、なんとかしなくては――――。



「ふっふっふ……大丈夫ですよ。すぐになにも感じなくなりますからねぇ!」


「クックック……なぁに、案ずることはない。痛みは一瞬だ!」


『ま、待て! 落ち着け! 俺にも事情ってもんが……!』



 焦りまくる動けぬクロガネににじり寄ってくるリドルと黒姫。二人の赤い瞳が不気味に輝き、にっこりと笑みを浮かべるその様は、まさに次元の破壊者と門の支配者そのもの――――と言って良いのかはわからないが、とにかく怖かった。


 このままではまずい。


 追い詰められたクロガネの脳裏に、自死の選択肢がよぎる。クロガネが自ら命を断てば、ひとまずこの状況から逃れることは可能だった。痛みや苦しみは当然感じるが、もはやそれ以外の選択肢は――――。


 クロガネはゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めようとする。


 だが、その時――――。



「お願いです、アツマさん……! 私たちに協力してくれとは言いません。でも、私たちにとってもこの世界や他の皆さんは大切なんです。なにか、どんなことでもいいのでアツマさんの知っていることを教えて下さいませんか……っ?」


『き、君は……』



 椅子に座るクロガネの前に、その小さな手を握り締めるようにして胸の前に当てる少女――――ミズハが立った。


 ミズハはそのまだ幼さの残る表情に、必死の色を浮かべてクロガネに訴えた。祈るような銀色の瞳が、クロガネの目をまっすぐに見つめていた――――。



 ナーリッジ郊外での先ほどの戦闘。敗北したクロガネの命を救ったのはミズハだった。ミズハはクロガネへの目に見える斬撃を薄皮一枚に留め、身体の内部に衝撃を伝える特殊な方法でダメージを与えていた。


 クロガネの意志を断ったミズハにはわかっていた。クロガネが本当にミズハを最初から殺す気であれば、ミズハは覚醒をすることもなく、すでに何十回と殺されていただろう。


 領域を展開したミズハとの戦闘でも、すでにクロガネの能力で捕縛していたレゴスや、新たに街の人々を盾にして戦うこともクロガネは可能だったのだ。しかし彼はそれをしなかった。


 クロガネにはなんらかの戦う理由がある。そして本人も言っているとおり、その戦いは本来クロガネの本意では無いのではないだろうか。ミズハはそれらの思いをあの戦闘中に感じ取り、こうしてクロガネを捕縛するに留めたのだ――――。



『そういや……俺の命は君に助けられたんだったな。それに、つい昔の癖で抵抗しちまったが……今の俺には特にそうする理由がねぇ…………』


「アツマさん……! ならっ」


『ああ……俺のわかってる範囲でなら話してやる。だが期待するなよ? 言っておくが、俺は頭のデキが良い方じゃないんだ』


「は、はいっ! ありがとうございます、アツマさん!」



 ため息をつき、自由になっている首を力なく振ってミズハに同意するクロガネ。ミズハはそんなクロガネに満面の笑みを浮かべると、跳ねるようにしてリドルと黒姫の方へと振り向いた。



「リドルさん、黒姫さんっ。ということなので、もうその機械は…………って、あわわわ……っ」


「えっ!? そうなんですか? せっかくノリノリで準備してましたのに!」


「うぬぬ! この黒姫の楽しみを奪うとはッ! かくなる上はミズハよ、貴様が代わりにあの装置に座るのだッ!」



 ――――ミズハが振り向いた先、そこには赤と青のコードを持ったリドルと黒姫が二人の寸前まで迫っていた。


 ミズハの対応に心底がっかりしたという表情を浮かべる二人のリドルは、ぶーぶーとミズハに不満の声を上げる。さらに黒姫などはならば仕方ないとばかりにミズハへと標的を変えて追いかけ回し始めたのである。



「ひゃあああ! 助けて! 助けて下さい師匠ーーーーっ!」


「待つのだミズハよ! この捕虜を連れてきたのは貴様であろう!? ならば貴様が代わりに責任を取るのだーーーー!」


「この装置は使わないのか……? もし使わないのなら、俺が先に片付けておくぞ」

 

「く――――っ! 俺も師としてミズハを助けてやりたいが、なぜかこの機械が傍にあると体に力が入らんッ! なぜだっ!?」


「あらら……恐らくそれもロボ化の後遺症ですかね? 今日の夕食は何か優しい感じのにしましょうね」


「それなら、後で僕の皇帝領域エンペラードメインでヴァーサスを診てあげるよ。レゴスには治せなかったみたいだけど、僕なら完全に治してあげられるかもしれないからね」


「それはたしかに! ありがとうございます皇帝さんっ!」



 未だ捕縛されただけでその力も健在のクロガネをよそに、ミズハと黒姫は転移と高速機動を交えた追いかけっこを始め、シオンは黙って装置の片付けを始めた。ふらつくヴァーサスをリドルがよしよしと支え、ドレスは小屋のドアを率先して開けると暖かな光の漏れる室内へと二人を促した――――。

 


 そして一人、屋外に野晒しで縛られたまま放置されるクロガネ――――。



『…………まあ、あれだな。こっちもこっちで色々大変そうだな』


 

 クロガネの逃亡を防ぐべく展開されていた領域は既に消えていた。逃げようと思えば瞬時に逃げることすらも出来た。


 あまりにも不用心。未だ明確に敵であるクロガネが、再びその牙を剥く可能性を考えたりはしないのだろうか。だが――――。



『有給消化して南の島にバカンスに出かけます。探さないで下さい。クロガネ・アツマ……送信……っと』



 クロガネは静かにため息をつくと、なんらかのメッセージを自らの現在の雇用主へと送った。彼は少しの間ならば大人しく捕縛されておくのもいいかと思い、椅子に縛られたまま両足を投げ出し、星空輝く夜空を見つめた。



『――――昔は俺もこんな感じだった気がするんだが。いつからこうなっちまったのかね――――』



 クロガネは呟き、その夜空の向こう側に、かつての自分が居た光景を重ねるのであった――――。




 『門番 VS 反転者 門番○ 反転者● 決まり手:矛盾因果の一撃』




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