「ハッハッハ! 戻ったぞ!」
「ミズハ、ただ今戻りました!」
「ふぅ……悪い、助かった」
二人の反転者が門の前に現れたのとほぼ同時。
椅子に座ったまま輝く謎の棒を振って応援していたリドルの横にヴァーサスが、門のすぐ隣に次元の壁を切り裂いてミズハが、そして後から現れた方の反転者の横に、クロガネが現れた。
「ヴァーサス! お帰りなさい、お怪我はありませんでしたか?」
「ああ! 見ての通りだ! それに赤い俺とも熱い殴り合いの末に和解することができた! やはり俺同士、戦うなど無益なことだったのだ!」
帰還したヴァーサスを明るい笑みで迎えるリドル。ヴァーサスもまたそんなリドルに笑みを浮かべると、共に帰還した赤いケープの赤ヴァーサスと和解したことを告げた。
『すまない白い俺、そして白い俺の奥方よ。俺もこの世界に誕生したばかりで頭が回っていなかったとは言え、多大な迷惑をかけてしまった。申し訳ない!』
「あらら、そんな気にしなくて大丈夫ですよ。見たところ皆さんご無事のようですし、わかって頂けたならそれで」
ヴァーサスの隣に進み出た赤ヴァーサスはそう言ってリドルに謝罪し、深々と頭を下げた。無傷のヴァーサスと違って赤ヴァーサスはボコボコにやられているが、あまり気にしてはいないようだ。
「ミズハも無事で良かった! そちらの緑ヴァーサスとも和解できたのか?」
「はい師匠! やっぱり緑色でも師匠は師匠でしたっ! 全然悪い方じゃなかったです!」
『いや、それは違うぞミズハ殿。俺は確かに邪悪にそそのかされていた。そんな俺の曇った眼を晴れさせてくれたのは、間違いなく君の迷いなき心だった! 改めて、俺からも礼を言わせて欲しい!』
「そ、そんな! 私はただ、必死に戦っていただけで――――」
ミズハと共に現れた緑ヴァーサスもまた、すでに改心しているようだ。ミズハも緑ヴァーサスも共にボロボロに傷ついていたが、二人の表情は柔らかく笑みを浮かべている。やはりバトル脳同士は気が合うのだろう。
「それでアツマさん……貴方は大丈夫だったんですか?」
「全然駄目だ。リバ男に助けられてなかったらヤバかった」
「――――この世界のヴァーサスは、適度な刺激と負荷を与えることで恐るべき速度で成長する。クロガネのベクトル操作とは相性が悪すぎたな――――ところで、そのリバ男というのは俺のことか?」
ボロボロのコートをシトラリイに見せながらやれやれと首を振るクロガネ。反転者の言う通り、クロガネの能力はヴァーサスの特性とあまりにも相性が悪かった。
ヴァーサスは気合いで約三十分は無呼吸全力運動が可能な生物である。様々な物理的負荷を与えることに特化したクロガネの力は、ヴァーサスにとってまさに乗り越えて下さいと言うような適度な障害物だった。
『むう……どうやらこの無口な俺の言うとおり、他の俺は戦いを止めているのか?』
「そうだ。お前たちは自らの創造主によって偽りの記憶と意志を植え付けられているだけに過ぎん。本来であれば、互いに戦う理由はない」
『なるほど……』
反転者の横で拘束されていた黄ヴァーサスが、眉間に皺を寄せて頷く。どうやら赤ヴァーサスや緑ヴァーサスがそれぞれの対戦者と和解している様子を見て、思うところがあったようだ。
だがそれはそれとして、黄ヴァーサスは無傷な上、明らかに他のニセ・ヴァーサスよりも紅蓮の領域が強大化していた。完全にクロガネによるトレーニングの賜物である。
そして――――。
『チッ……使えん奴らだ。誰も仕留められぬとはな』
「それはお前のコピーも同様だろう」
「おい反転者よ! 貴様……いきなり現れて堂々と仲間面をしているが、我々は何も知らんのだぞ! 単刀直入に! ヴァーサスでも分かるように説明せよッ!」
それらの様子を上空から忌々しげに見つめる反転者に、クロガネの隣に立つ反転者が侮蔑の眼差しを向ける。
理解の追いつかない状況に苛立った黒姫が、クロガネを助けたという反転者に詰め寄る。反転者は黒姫の言葉に僅かな逡巡を見せた後、口を開いた。
「あそこに居る俺は敵で、俺はお前たちの味方だ。それ以上は後で説明する」
「なるほど! 分かった!」
「端的すぎませんかっ!? いいんですかそれでっ!? ヴァーサスはそういうのがいいんでしょうけどっ!」
「フン……その言葉、違えるでないぞッ!」
反転者のその言葉に、心底納得したという表情で力強く頷くヴァーサス。あまりにも説明不足なその言葉にリドルと黒姫は困惑するも、確かに今は長々と説明する時間はなかった。
『黒い俺よ! どうやら俺たちは騙されていたらしいぞ! もう彼らと戦う理由はなくなった!』
『そうだったのか……! 実は俺も何かおかしいと思っていたのだ! そういうことならば、俺も無益な戦いは止めるとしよう!』
赤ヴァーサスからの言葉を受け、ようやく理解したとばかりに頷く黒ヴァーサス。悪夢に苛まれる紫ヴァーサスと、黒姫によって仕留められた茶ヴァーサス以外の偽者達は、全員がその槍の穂先を収めた。だが――――。
『ク……ククク……ククククッ! そうはいかんぞ……! ラスボスとしての責務に、貴様らの意志など関係ないのだッ!』
「――ッ!? 行くぞヴァーサス! 奴の領域は今の私と貴様ならば即座に破壊出来る程度の力でしかない! 奴が何かする前に仕留めるのだッ!」
「承知した!」
この追い詰められた状況で不気味に笑う上空の反転者。このような前振りは確実になんらかの企みであると踏んだ黒姫が、ヴァーサスと共に攻撃を仕掛ける。しかし――――。
『ぐわああああ!』
『か、体が! 動かん!』
『な、なんだこれは!?』
「!? 大丈夫か俺たちよ!?」
突如としてニセ・ヴァーサス達が苦しみの声を上げた。リドルですら見たことがないような様子で苦しみ悶えるニセ・ヴァーサス達の姿に、ミズハもリドルもそれぞれの傍に倒れる偽者達にかけよって声をかけた。
「大丈夫ですか赤いヴァーサスさん!? ど、どうしてこんな……っ!」
「緑のヴァーサスさん! しっかりしてくださいっ!」
『す、すまない――――俺にも、もっと君たちと過ごす時間が――――』
『俺にもわかった――――俺たちは、身なりこそ白い俺と同じだったが、中身は何も知らぬ赤子同然だったのだ――――』
『む、無念だ――――』
だがリドルやミズハの必死の呼びかけも虚しく、確かにわかり合えたはずのニセ・ヴァーサス達は、なんの抵抗も叶わずに光の粒子となって霧散すると、そのまま上空で笑う反転者の元へと吸収され、完全に消滅する――――。
『クハハハハハ! 知性の欠片もないようなゴミ共だったが、その力だけは俺が有益に役立ててやろう――――真のラスボスとしてなッ!』
「貴様ッ! よくも……俺たちをっ!」
ニセ・ヴァーサス達のエントロピーを余さず吸収した反転者が高笑いを上げる。その光景に、ヴァーサスはぎりと奥歯を噛みしめて怒りを露わにした。
『さあ見るが良い! これが数多の並行世界に分かれた主人公とラスボス! その二つが融合した究極の存在! その誕生だ――――ッ!』
反転者が叫び、周囲を閃光が満たした。
ヴァーサスが持つ紅蓮の領域と、反転者の氷蒼の領域が交互に展開され、それはまるで拍動のように辺り一帯を震わせた。そしてその拍動の刻みは徐々に短くなり、やがて完全に重なるようにして同化する――――。
「なるほど――――奴の狙いは最初からこれか。やはり、いちいち俺の癪に障る」
『ククククッ! ハッハッハ! 力が漲る! これこそが本来の俺だったのだ!』
閃光が収まった先――――。
そこには灰褐色の外套に全身甲冑を纏った長髪のヴァーサスが居た。その存在は狂気すら感じさせる笑みを周囲の者達に向かって浮かべると、高らかに自身の誕生を宣言する。
『俺の名はリヴァーサス――――! 主人公にしてラスボス! あらゆる存在の中で最も強大なエントロピーを持つ者だッ!』
その声に呼応するように大気が震え、次元が震えた。
周囲の景色が完全に砕け散り、紅蓮と氷蒼――――二つの属性を持つ破滅の領域が、全てを飲み込んだ――――。
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