ヴァーサスと反転者の会談。
瞬く間にヴァーサス達の宇宙における主要な人物達に伝達されたその一報に、ある者は困惑し、ある者は疑惑の目を向け、ある者は激怒した。
しかし当のヴァーサスは――――。
「わかった。日程は任せる! 俺はいつでもどこでもいいぞ!」
「ちょ、ちょっとちょっとヴァーサス! いくらなんでもそれは余裕ぶっこき過ぎですから! 日程はともかく、場所はこっちで指定させてもらいますっ!」
「ああ。あいつらも場所はこっちで自由に決めろって言ってる。どこか当たりはあるのか?」
リドルとヴァーサスが住む家の前。間もなく冬だというのに薄着で建築作業を続けるヴァーサスと、既にお腹の膨らみが目立ち始めたリドルがクロガネ達を迎えた。
「うーん……そうですねぇ。実はそのような会談にうってつけの場所が一つあるのですが、そこを使わせて頂いて良いのかは確認をとってみないことには……多分大丈夫だと思うんですけども!」
「もしどこも使えないのでしたら、私からレイランド卿にお願いしてみましょうか? 丁度良さそうなお部屋ならいくつもありますし……」
「もうここに来て貰えば良いのではないか? 今回は彼らも俺を殺すつもりはないのだろう?」
うんうんと真剣な表情で思案するリドルとミズハをよそに、脳天気な発言をするヴァーサス。ヴァーサスにとっては反転者がかつて自分を殺そうとしたことについても既になんとも思っていないらしい。
「四人入ったらもう一杯一杯の我が家で何を話すんですかっ! 今だってこうしてヴァーサスに増築してもらってるのに」
「はっはっは! この調子ならすぐに終わりそうだぞ! 黒リドルも手伝ってくれているしな!」
「――――ヴァーサスよ、私も白姫と同意見だ。会談そのもについては行う価値があるだろうが、反転者はかつて私の父を操り、母を殺した張本人。いかに先日の戦いで我々が勝利したといっても、決して油断せず、こちらにとって完全に有利な状況で会談に臨むが良かろう!」
屋根の上で作業をするヴァーサスのすぐ横――――浮遊するソファーに身を委ねながら、次々と木材を自動的に組み立てて建築を完了していく黒姫。そんな黒姫もまた、リドルに同調した。
この宇宙のリドルよりも、更に直接的な反転者の策謀の被害者である黒姫であったが、今のところは冷静な判断が出来ているようである。
「まあ、あんたらの意見は至極真っ当なもんだ。向こうも場所はこっちに選ばせてくれるって言ってるわけだし、日程についても、まずは場所を確保してからだな」
「――――リドルさん、お体は大丈夫ですか?」
胸元から取り出した手帳になにやらメモを取るクロガネ。そんなクロガネをよそに、先ほどまで話の推移を見守っていたシトラリイが、リドルを案ずるように声をかけた。
「いやはや、お気遣い頂きありがとうございますシトラリイさん。少々動き辛い部分もありますが、体調も落ち着いて以前よりは楽になってきたんですよ」
「リドルさんがお母さんに………本当に凄いですっ!」
「最近はまたリドルも沢山食べてくれるようになって安心している。レゴス殿からは沢山食べるようにと言われていたが、つい先日まで食べられない事も多くてな」
そこに増築作業に一段落ついたヴァーサスが汗を拭きながらやってくる。
既に肌寒さすら感じる季節だというのに、ヴァーサスは自身の展開する領域の効果のせいか寒さが肉体まで到達せず、彼だけが真夏のような出で立ちである。真夏の暑さは問題なくヴァーサスの領域を透過してより一層暑いので、やはりヴァーサス自身の特性のようなものなのだろう。
「お料理は師匠が作ってらっしゃるんですか?」
「ああ! 今こそリドルに教えて貰った料理の腕を発揮する良い機会だと思ってな! 自分では特に学んだという実感はないのだが、こうしてリドルが大変なときに力になれて嬉しく思っている!」
「それが料理だけじゃないんですよ。普段私がやっているお花の手入れまでヴァーサスが全部やってくれていまして……やはり持つべきものは良き夫ですねぇ……およよよ……ヴァーサス、愛してます……っ!」
「り、リドルさん!? 大丈夫ですかっ?」
そう言うと、突如として冗談ではなく本当に涙を流し始めるリドル。なんでも妊娠初期の体調不良は治まったものの、最近は感情の浮き沈みが激しく、とにかく涙腺が緩いのだという。
「僕は実際に子供を持ったことはありませんが、リドルさんとヴァーサスさんのお二人の姿は、とても興味深く勉強させて貰っていますよ」
「シトラリイさんはクロガネさんとご結婚はされていなくても、恋人同士ではあるんですよね?」
「ええ。僕はそのつもりですよ。子供もそのうち授かるかも知れません。ねぇ――――アツマさん?」
「――――まあ、そりゃあな」
意味深な視線を離れた位置に立つクロガネに向けるシトラリイ。クロガネはその言葉に僅かに肩をすくめたが、特に否定することもなく頷いた。
「わぁ! 素敵です! 皆さんとっても仲が良くて、幸せそうで!」
「当たり前だ。リドルとヴァーサスはともかく、クロガネとシトラリイは人生二週目のようなもの。 ――――今の日々の貴重さは身にしみて分かっていよう」
そこに更にやってくる黒姫。いつの間にか、椅子に座るリドルを中心とした輪にはその場に居る全員が集まっていた。
「……やっぱり私、ここでこうして皆さんとお話しするの好きです。いつも暖かくて、楽しくて……私にとって、とても大事な場所だって凄く思うんです」
「そうか……あと三ヶ月もすればミズハと出会って一年になるのだな。時が経つのは早い。ミズハも見違えるように強くなった――――もう、俺が教えることも無いかも知れないな」
「えっ!? そ、そんなことないですっ! 私なんて、まだ師匠に比べれば全然っ!」
ヴァーサスが漏らしたその言葉に、焦ったように否定の言葉を発するミズハ。しかしそのやり取りを隣で聞くリドルも黒姫も、ヴァーサスの言葉の方がより正しいことは良くわかっていた。
それほどまでに、ミズハはこの一年で強くなっていたのだ。
「そうか――――ならば、次の稽古は実戦形式の試合をしてみるとしよう。ミズハはどうも謙遜しすぎるところがある。俺と本気で戦えば、今のミズハがどれだけ成長したのかもわかるはずだ」
「試合――――わかりました、師匠がそう言うのでしたらっ!」
例え自分の力がまだヴァーサスに及ばないと感じていても、ヴァーサスとの稽古や特訓の一環となれば話は別である。ヴァーサスの提案にミズハはすぐにその瞳を輝かせ、力強く頷いた。
「うむ! ならば、俺もその日までに――――」
だがその時である。ヴァーサスは自身の発した言葉を最後まで言い切ることなく、その表情から笑みを消した。
「――ヴァーサス? どうかしましたか?」
「リドル、俺から離れるな。どうやら何か来たようだ」
「――――ヴァーサスは白姫の傍についていろ。何が来ようと、この黒姫が消し炭にしてくれるわ」
「この気配……! 今まで感じたどの力とも違うっ!」
「アツマさん、わかりますか?」
「ああ。ラリィはリドルを頼む」
その場に居るリドル以外の全員が、迫り来る何者かに対して同時に身構えた。
身重のリドルは妊娠初期に比べ、ますます門の力を行使できなくなっている。今ではほとんど一般女性そのものであり、なにがあろうと戦闘に巻き込むわけにはいかなかった。
『――――うむ! どうやらここで間違いないようだ!』
『ハッハッハ! 問題なく辿り着けるか心配だったが、これで無事に使命を果たせるな!』
「なっ!? お、お前たちは!?」
「チッ……また悪趣味なことを! おいクロガネ! これも反転者の策謀か!?」
「知らん! こんなくそったれな状況聞いてねぇ!」
「そ、そんな! 師匠が――――いっぱいっ!」
身構えたヴァーサス達の前に現れた人影は一つではなかった。
ざっと見ただけでも六人ものヴァーサスが、目の前に突如として現れたのだ。
『俺たちの名はニセ・ヴァーサス! お前たちを倒す門番だ! お前たちにこの狭間の領域での存在は許可されていない! 立ち去ることも許可されていない! 故に、お前たちは今ここで――――!』
六人のヴァーサス。否、ニセ・ヴァーサス。
ニセ・ヴァーサス全員の手に全殺しの槍と全反射の盾が出現し、一糸乱れぬ動きで六人が同時に構える。
『――――この俺が切り捨てる!』
門番VS偽物――――開戦。
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