『光――――可能性――――ラカルムに――――全てをラカルムに』
「これが――――俺たち門番の力だ!」
光よりも速く膨張を続ける時空間の中、全てを埋め尽くす深淵の闇。
ヴァーサスの元に集った仲間達の光は、まるで黒で塗り潰された大地に落ちた一滴の白のように小さかった。だが、彼らは確かにそこにいた。塗り込められた極黒の世界でただ一つ、その一点だけが輝きを放っていた。
その輝きはただ一点――――深淵のさらに奥。虚空の窮極を目指して加速する。
立ち塞がる闇を退かせ、打ち砕き、時にはいなしながら。彼らは闇の中、死力を尽くしてラカルムという結末に抗った。
「ヴァーサス、そしてリドルよ! 先だって俺が貴様らに話したクルセイダスとエルシエルの話を覚えているな!?」
「ウォン殿!? もちろん覚えているぞ!」
「でもそれがどうしたんですか!?」
闇の深奥へと光速すら越えて突き進む中、ウォンが眼前の闇を払いながら叫ぶ。
「奴ら二人がエルシエルから門の分離とやらを行ったとき、その場に呼び寄せた相手がこのラカルムだ! 二人はこの化け物が可能性とかいう光に引き寄せられることを知っていた。そして、この化け物は一カ所に集まりきったときが最も弱く、最も理性的になることもな!」
「お母さんとお父さんが、ラカルムさんを――――だから門の分離なんていう無茶なことも出来たんですね。ラカルムさんの力が、門の力を完全に上回っていたから!」
「そうだ! 俺には小難しいことはわからん! だがクルセイダスとエルシエルの意志を継ぐ貴様ら二人ならば、やるべきことはわかるなッ!?」
「俺たちのやるべきこと……ラカルム殿……っ!」
――――全て貴方のお母様がしてくれたことです。あの時私の心の中に沸き上がった感情という新しい感覚は、貴方のお母様が私に教えてくれたこと。私は今も感謝し、感動し続けている――――
――――貴方の母のおかげで、私は私がずっと望んでいたもてなしを受けることができた。花は咲いた。水は満ちた。闇は闇のまま晴れることを知った。私はその恩を返したい――――
それは、かつてラカルムがヴァーサスとリドルに語った言葉――――。
当時のヴァーサスに、ラカルムのその言葉の意味は全く理解出来なかった。
しかし今は違う。多くの戦いを乗り越え、世界の理を、無数の偶然と奇跡と絶望に打ちのめされながらも必死に生きる人々の生き様を知った。
今のヴァーサスには、彼がよく知る万祖ラカルムが、自我という存在にどれほどの喜びを感じていたかが手に取るようにわかった――――。
「そうだ……ラカルム殿はいつもリドルの母上に感謝していた。自分が自分で居られることを喜んでいた――――!」
「少々ズレているせいで危うく死にかけたりもしましたが……それでもラカルムさんは、いつも私たちの幸せを願い、見守ってくれてました――――っ!」
ヴァーサスは胸を打たれたようにその瞳に雷光の放射を描いた。リドルは自分もよく知るラカルムの言葉を想い、願うように瞳を閉じた。
「俺たちの目の前に広がるこの姿と行いは、決してラカルム殿の本意ではない! 俺たちのやるべきこと……それは彼女を目覚めさせることだ!」
「ラカルムさんが可能性の光に惹かれて集まることで無力化できるなら、とくとご覧に入れましょう! 私たち全員の可能性の光を!」
ヴァーサスとリドル。二人の声にその場にいる全員が応えた。同時に門番達の放つ輝きの領域が増し、周囲の闇を切り裂いて狭間の世界を光で照らす。
「可能性の光――――希望の歌――――私がリドルさんとヴァーサスさんから教えて貰った大事なことっ! どこまでも届けてみせるっ!」
メルトがその歌による絶対不可侵の領域を広げる。メルトの歌は仲間達を包み、その力を際限なく引き上げていく。
――――広がる闇。深い絶望。私はここに来た。あなたを連れ出すために――――
メルトの歌が闇の中に響き渡る。それは仲間達を励まし、支えると同時に、自身と敵対するラカルムに対しても想いを届けようとする希望の歌だった。
「ヴァッハハハ! 久しぶりに聴いたがやはり良い歌だ! ならば、俺も出し惜しみはすまい! 我が乾坤の一撃、受けてみるが良いッ!」
目の前に広がる絶望の結末めがけ、ウォンがその絶対領域をただ一つの拳へと集約。渾身の力を持って振り抜かれた拳が、その射線上にある全ての闇を打ち砕きながら宇宙を区切る壁面すら貫通。狭間の領域にすら届く一撃で反撃の狼煙を上げる。
「実は僕もまだ皇帝領域の力を全て攻撃に向けたことは無いんだ。楽しみだよ――――どういうことになるのかねッ!」
ウォンの切り開いた闇にドレスが進み出る。ドレスという存在があらゆる領域から切り離され、ドレスが全てを支配する領域――――皇帝領域が出現する。
「僕たちの夢はこんなところで終わりはしない! 全殺しの剣よ! 覚醒したその力をここに示せ!」
瞬間、ドレスの黄金の領域が次元を覆った。
ドレスの持つ、全ての人々を守るという絶対的エゴ。その時、確かにドレスの皇帝領域は次元喰いラカルムという存在を掌握した。
全ての闇が消滅し、黒に塗り込められていた視界が晴れる。ラカルムの放つ絶望その他一切がこの次元から消え失せ、宇宙が光を取り戻す。
ドレスの皇帝領域による全知全能が、ラカルムの持つ情報量を上回ったのだ。だが――――!
『破滅を――――』
「くっ――――!」
『終末を――――ラカルムという結末を――――』
「ぬおおおおっ!?」
まるで空間そのものから滲み出すように、再び視界は闇で満ちた。ウォンの絶対領域が闇に飲まれ、ドレスの皇帝領域が粉々に砕け散る。
「やれるか? ――――いや、やってみせる」
「合わせますわクロガネさん。 ――――私は今まで勘違いをしていました。何かを守るということは決して誰かとの勝負ではありません。相手のことを理解し、自分自身を理解する。その上で全てを守ることこそが私の願い――――ラカルムさん、私は必ずあなたも守って見せます」
ウォンとドレスを飲み込み、彼らを構成する因果を上書きしようとしていた闇が、ダストベリーの虹色の領域を伴ったクロガネの力によって穏やかに包囲され、湾曲する。
ダストベリーの障壁は今までとは完全にその性質を異にしていた。弾くのでは無く、打ち消すでもない。寄り添い、包み、抱き留める。それはどこまでも暖かな慈愛のヴェールだった。
「ふぅ――――ありがとう、助かったよ二人とも。 ――――ところでウォン、君はこの期に及んでもまだその大剣を抜かないのかい? 正直、これから先にこれ以上の危機なんてないと思うんだけどね?」
「ヴァッハッハ! こいつはとっておきよ。この場で貴様ら全員が無様に敗れ去り、消し炭になったら使ってやる。これは、そういう物だ」
『光――――眩しい光――――これこそラカルムに――――ラカルムを――――』
次元そのものから際限なく湧き出るラカルムという情報は、絶え間なく自身を増殖させ続けている。たとえその殆どを掌握されようとも、たとえその存在の99%を抹消されようとも――――人々が生きるその場が存在し続ける限り、ラカルムもまたそこに在り続ける。
だがそれはヴァーサスたちも同じ。一度は態勢を崩されたかに見えたウォンとドレスもすぐに戦闘に復帰し、再び迫り来る深淵へと対峙する。
「オラオラオラッ! 揃って情けねえ奴らだ! メルトの歌があるってぇのによぉ! 俺は好きにやらせて貰うぜッ!」
「待って下さいヘルズガルドさん! ミズハ・スイレン――――助太刀します!」
『アリス――――俺たちはこの化け物を構成するダークエネルギーの集積を試みる。いけるか?』
『貴方の狙いは正しい。ミッションターゲットを変更。使用兵装、オメガエンドファイナル。間を置かずディメンジョンウェブの展開を推奨』
一度は拮抗した闇と光。しかし広大な次元の中において、やはりその光はあまりにも小さい。圧倒的絶望のエントロピーの前に、再び闇に押し戻される光。しかしそんな光の中から、次の波が飛び出した。
「睡蓮双花流――――終の太刀! 月華睡蓮ッ!」
「メルトには指一本触れさせねえ! メルトの歌を止めようとする奴は、俺が全員たたっ斬る!」
『アリス、ここで使う』
『了解。オメガエンドファイナル。ディメンジョンウェブ。装填――――』
メルトの歌を受け、領域とも魔法とも、ウォンの絶対領域とも違う凄絶な力を漲らせて闇へと斬り込むヘルズガルド。その光刃はラカルムの情報を霧散させ、放たれる魔力は全てを打ち砕く核融合級の破砕をもたらした。
そしてその後方から駆け抜ける一陣の風。
白銀の領域を再度収束させたミズハの刃が、剣風巻き起こるヘルズガルドに迫る闇を切り裂き、さらにはラカルムの破滅へと至ろうとする意志すら両断する。元より虚ろなラカルムの意志はミズハによって更に切り裂かれ、ただ光へと引き寄せられる本能的な存在へと堕していく。
『オメガエンドファイナル。レディ――――』
『オメガエンドファイナル――――発射』
そして二人の後方から巨大なスラスターを全開にしたネオ・アブソリュートが進み出る。片翼に装備された長大な砲身が次元そのものを削り取る壮絶なエネルギーを放ち、それと同時に後部ブースター部分が展開。全方位めがけて時空を跳躍する弾頭を撃ち放つ。
眼前に放たれたエネルギーの渦が拡散し、拡散したエネルギーが同時に放たれた弾頭によって乱反射する。それはまるで時空そのものを閉じ込める檻のようにその範囲を狭め、ラカルムという存在の行動範囲を確実に狭めていく。
だが――――だがしかし!
「チッ!」
「なんてしぶとい――――っ!」
『――――両翼損傷……っ。次元断層障壁、大破。Dブースター稼働率80%低下。次は耐えられない』
『Dブースターを切り離す。移動しろアリス』
それでも闇は衰えなかった。
ヘルズガルドを凄まじい勢いで弾き飛ばし、ミズハの輝きを打ち砕き、ネオ・アブソリュートの巨体を一瞬で押し潰す。
炸裂する無数の豪炎の火花。
拮抗する領域が閃光を発して闇に圧縮され、その範囲を狭めていく。やはり、いかにヴァーサスたちが強いとはいえ、その光はあまりにも小さかった。
たとえドレス達が加勢に来ようとも、先ほどと結果は変わらない。
そう見えた――――。
「――――いえいえ、さすが皆さんです。どうやら、ラカルムさんの寝ぼけた意識がはっきりしてきたみたいですよッ! ヴァーサス! 白姫!」
「合点承知ですよ! 黒姫さんっ!」
「ああ! 俺たち三人の力――――見ていてくれ、ラカルム殿!」
見れば、辺りの闇と絶望は確かにその濃密さを増し、より激しく、より狂暴にヴァーサスたちに襲いかかっていた。それはすなわち、ラカルムという意志がより彼らに執着していることを意味する。
黒姫の声に呼応して飛び出すヴァーサスとリドル。ヴァーサスを中心として黒と白。二つの門が開放され凄まじい門の共鳴現象を引き起こす。
それは集積を開始したラカルムの力と完全に拮抗し、さらにはラカルムの情報量増加すら完全に停止させた。
「この先の私たちにはとーっても輝く明日が待ってるんですよ! 特に私には非常に切実なんですっ! たとえラカルムさんでも、邪魔はさせませんよ!」
「ラカルムさん――――! あなたに気づかせて貰った私にとって一番大事なこと――――今度は私が、あなたに教えてあげます!」
「ラカルム殿! これが俺たちが育み、紡いできた物語だ! そしてその中には他でもない、貴殿と過ごした日々の記憶も存在している! 俺たちの世界には、ラカルム殿が必要なのだ!」
『ラカルム――――私が――――物語に――――? あなたの物語になる――――』
ヴァーサスの持つ全殺しの槍の周囲に七枚の結晶体が寄り添い、矛盾螺旋の因果を収束させていく。そしてそこに流れ込むの二つの門による無限のエントロピー。
極大を越え、無限すら越える領域に到達したエゴとエントロピーの特異点は、集積を開始したラカルムという存在めがけ、閃光そのものと化して一直線に突き進んだ。
「行って! ヴァーサスッ!」
「私たちの物語を――――っ!」
「――――今ここに示す!」
――――それは、全てを穿つ可能性の一撃だった。
次元そのものを飲み込んでいたラカルムという闇。その全体像に雷光と閃光が奔り、それはまるで雷に撃たれた人体のように激しく脈動した。
ラカルムは確かに、自身の中を駆け巡る可能性の光を見た。
可能性を喰らい続けることしか出来ない自分の中にすら、光が息づいていることを知った。
もやのような闇の中。
どこが中心かも深奥かも定かでは無かった虚空に、座標が出現する――――。
「これが……ラカルムさんのっ」
『――――ラカルムとは――――全て――――全ては虚ろ――――』
いつしか、闇は抜けていた――――。
死力を尽くしてただがむしゃらに突き進んだ闇の向こう――――そこには、目の前の空間全てを埋め尽くす巨大過ぎる瞳があった。
『私に――――全てを――――私は全てを――――見るために――――』
ついに辿り着いた深淵の根源――――虚空の窮極。
闇も光も存在しないその虚無の中、たった一つ――――ただ虚ろに漂うラカルム。
「ラカルム殿――――」
ヴァーサスはそっと呟くと、虚ろなる深淵の前に立った――――。
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