薄く淡いフィルターがかかったような濃密な空間。
通常の四次元空間で戦っていたならば、すでに宇宙そのものが何度も破砕されているであろう衝撃が、そのフィルター越しの高次元空間を大きく揺らす。
「さすが俺とヴァーサスの因果を取り込んだだけはある。頑丈な奴だ」
『クックック! その余裕、いつまで保つかな!? 俺は覚えているぞ、貴様が俺の前で無様に懇願したこともな!』
「そうだな、俺は目的を達するためならあらゆる手段を行使する。それを恥じるつもりもない」
高次空間を後方へと滑るように飛翔する反転者。その反転者を追って加速するリヴァーサスの周囲には赤と蒼、二つの色を持った七枚の結晶が乱れ飛ぶ。
リヴァーサスの持つ進化した全反射の盾の力はヴァーサスと同様の因果反射の力だ。なんらかの危害をリヴァーサスへと与えた瞬間、あらゆる災厄はその攻撃者へと跳ね返る。うかつなことはできない。
「俺には槍や盾の進化は促せないが、本来道具とは組み合わせて使うもの。このようにな――――」
反転者が自身を追撃するリヴァーサスめがけ、全反射の盾と全防御の盾、そして全殺しの剣と全殺しの槍。全ての因果律兵器を同時に召喚する。
『フッ! 何をするかと思えば、またそんな通常兵器でこの俺を――――』
「それはどうかな?」
反転者が手を掲げる。すると召喚した無数の因果律兵器はそれぞれが意志を持つかのように縦横無尽にリヴァーサスの周囲を駆け巡り、槍と剣がその因果破砕の一撃を盾へと放つ。
時には留まり、時には反射されて無数の乱反射とエネルギーの追加を受けたその攻撃は、さながら先ほどヴァーサスとリヴァーサスの間で起きた、無限反射の因果収束をその場に生み出した。
『なるほど――――ならばその因果が収束する前に全てを打ち砕いてくれるッ!』
「――――双璧の盾よ、俺の力に従え」
進化した全殺しの槍を構え、周囲の因果律兵器をなぎ払おうとするリヴァーサス。だがそれを阻むように、全反射の盾と全防御の盾が重ね合わされた状態でリヴァーサスを包囲する。
「そして――――ここだ!」
渾身の力で振るわれたリヴァーサスの一撃。それは、宇宙数個分はその一振りで軽く打ち砕ける威力。二つの盾の包囲はその威力を良く押しとどめたものの、それは僅かな時間に過ぎない。しかし反転者はその破砕の渦の中めがけ、先ほどから乱反射させ続けていた槍と剣、二つの因果律兵器の増大した破滅の力をリヴァーサスめがけて叩き込む。
『――――ぬううう!?』
衝撃――――そして眩いばかりの閃光。
本来であれば到達しないはずの四次元空間までをも震わせる凄絶な破砕の圧が次元の壁を突き抜けて伝播する。
全ての因果律兵器を掌中に収める反転者の精緻な一撃は、リヴァーサスの全反射の因果の影響を受けなかった。事前に行っていたエネルギー増幅の乱反射が、その災厄の発生源を曖昧な物としていたのだ。だが――――!
『ハッハッハ! 良い攻撃だ! さすが元ラスボスと言ったところか!』
「――――っ!」
リヴァーサスが閃光の中から黒煙の尾を引いて飛び出す。
反転者は瞬時に自身を守護する二つの盾を無数に並び立てるが、リヴァーサスの一撃はそれら因果反射、因果停止、双方の防護を容易く穿ち抜いて反転者へと迫る。
「やらせんっ!」
だが瞬間、飛翔するリヴァーサスの足首を下方から現れたヴァーサスが渾身の力で握り締めた。だがそれに対して全反射の盾による反射は発動しなかった。あまりにも強くなりすぎたリヴァーサスにとって、その程度の肉体的被害は被害とみなされなかったのだ。
『貴様! くだらん邪魔を!』
「はっはっは! 俺も普段から盾とはどこまで跳ね返すか相談して決めているのだ!」
「睡蓮双花流――――真・一の太刀!」
足下のヴァーサスに気を取られたリヴァーサスめがけ、自らを刃と化したミズハの銀閃が奔った。
「――――桜花天翔ッ!」
『――――なにッ!?』
一閃。ミズハの二刀一刃の斬撃が、進化した全反射の盾の間隙を切り裂く。瞬間であれば光速すら維持できるまでに成長したミズハの一刀が、リヴァーサスの肉体にダメージを与えた。
『馬鹿な――――この俺の絶対防御が!? なぜ貴様には反射の因果が到達しない!?』
直撃を受ける寸前に危険を察知して後方へと身を引いたリヴァーサスだったが、その胸元を切り裂かれて流れる鮮血に、驚愕と憤怒の表情を浮かべる。
切り抜けたミズハはすぐさま加速飛翔しつつ、流麗な太刀筋で再度次の構えへと移行する。
「――――見えるんです! 私には、私が斬るべき全ての物が! あなたの闇に染まった意志も、あなたを守る反撃の因果――――その僅かな隙間も、全て!」
『見えるだと――――!? なにをふざけたことをッ!』
「ふざけてなどいないっ! ミズハは俺が最も信頼する最高の弟子だ! ミズハがいてくれたからこそ、俺も共に成長を続けてきた! だからこそわかる! ミズハは俺では決して辿り着けない力を持っている! ミズハだけが持つ素晴らしい才能を!」
リヴァーサスの足首を掴んだままのヴァーサスが加速する。ヴァーサスはその加速の勢いを充分に乗せたままその場で超高速回転し、リヴァーサスをぐるぐると振り回した挙げ句、凄まじい膂力で次元の果てまでリヴァーサスを放り投げる。
「頼むぞミズハ!」
「はい! 師匠っ!」
紅蓮と白銀、二つの領域が吹き飛ばされたリヴァーサスに即座に追いつく。
リヴァーサスは即座に全反射の盾を展開。今度は隙間など与えぬとばかりに自身の力を盾へと注ぎ込み、激情を露わにして二人を迎撃する。
「師匠、私の後を! ――――真・四の太刀!」
「ならば俺も久しぶりに技名だ! 我流槍術、奥義!」
ミズハの流れるような構えに、ヴァーサスの燃え盛るような領域が重なる。それはミズハとヴァーサス。本来なら全くもって相反するはずの二人の領域が、完全に合致した瞬間だった。
「――――断陽鳳仙花!」
「――――太陽燦々楽しい突きッ!」
大きく花開くような軌道を描くミズハの白銀の太刀筋に、ヴァーサスの紅蓮の灼熱が追従する。
『ぬ、ぬあああああああッ!?』
静謐さと激しさを統合したその一撃は、正確かつ全てを打ち砕く力強さをもってリヴァーサスの持つ全反射の盾を、その七つの輝きごと跡形もなく粉砕した。
それは、まさしくミズハとヴァーサスが今日まで積み重ねた二人だけの因果。
この瞬間にはたとえリドルでも、黒姫でも、ドレスでも二人の間に踏み込むことはできない。
ヴァーサスがミズハを、ミズハがヴァーサスを、互いに大切な存在として想い、師弟として、また戦友としてお互いの期待に応えようとし続けた日々の帰結。それがこの今に繋がっていた。
「や、やった!? やりました師匠っ!」
「――――っ! まだだミズハ!」
『ッッッッッ! このゴミクズ共がああああああッ!』
だがリヴァーサスは未だ健在だった。後方へと切り抜け、残心はしていたが気が緩んでいたミズハを庇うようにヴァーサスが前に立つ。ヴァーサスには全反射の盾の守護がある。本来であれば今の彼に災厄は到達しないはず。しかし――――。
「――――ぐっ!」
「――――師匠っ!」
リヴァーサスの放った因果破砕の一撃は、恐るべき事に進化した全反射の盾の力を上回ったのだ。
ヴァーサスを守護する七つの輝きのうち三つまでが破砕され、ミズハを庇って前に立ったヴァーサスは、その全身に無数の傷を負ってミズハごと凄まじい勢いではね飛ばされる。
「師匠……私を庇って……っ」
鮮血の尾を引いて弾かれたヴァーサスの体を抱き、必死にその勢いを留めようとするミズハ。あまりの衝撃に刹那の間意識を失ったヴァーサスの肉体は、小さなミズハにとってあまりにも重く、熱かった。そして――――。
「――――起きろヴァーサス。弟子の前で無様を晒すな」
「くっ! 俺は――――っ!?」
「師匠……っ! それに、反転者さんも……」
なんとかヴァーサスの勢いを止めようとするミズハを支えたのは反転者だった。それと同時、ヴァーサスも意識を取り戻し、頭を振って状況を確認する。
「ミズハ・スイレン。先ほどの攻撃、実に見事だった。今のお前ならば、あの盾の因果に間隙があることを自覚さえすれば斬れるだろうと思っていた」
「ありがとうございますっ! 反転者さんが教えてくれたおかげですっ」
「反転者の言う通りだ。ミズハが居なければ俺たちには何の手立てもないところだった。あとは、油断せず先ほどの攻撃を――――」
ミズハへと全反射の盾の間隙を伝えたのは反転者だった。ヴァーサスにも、反転者にもその間隙を縫うような一撃を放つことは不可能だったが、反転者は今のミズハならば可能と考え、戦闘中にその事実を二人に伝えていたのだ。
『馬鹿が――ッ! あのようなふざけた攻撃をそう何度も許すと思うかッ!? このまま俺の全戦力を持って叩き潰してくれる!』
だがそこに再度現れるリヴァーサス。全反射の盾を完全に失ったリヴァーサスだが、その手には禍々しい進化を見せる全殺しの槍が握られていた。
『だが貴様らには感謝もしているぞ! こうして俺は貴様らのエントロピーを越える進化を果たした! やはり俺こそが真のラスボスであり、主人公なのだ!』
リヴァーサスがその強大な力を持った槍の穂先を三人へと向ける。
先ほど一方的にヴァーサスの進化した全反射の盾を破壊したその威力。もはや、次に受ければ消滅の運命からは逃れられないだろう。
自身の絶対的なプライドを踏みにじられたことで、リヴァーサスの強烈なエゴが覚醒したのだ。だが――――。
「――――いや、ここまでの戦いで良くわかった。お前は、主人公でもラスボスでもない」
『――――なっ!?』
反転者がその青く鋭い眼光をリヴァーサスへと向けた。その言葉に困惑するリヴァーサスに、さらにミズハとヴァーサスが声を上げる。
「たしかに……私も先ほど戦った緑ヴァーサスさんから感じた、火傷しそうなほどの熱さのようなものはあなたからは……」
「俺もだ! かつて反転者と戦った時の、底知れない不気味さや奥深さはお前からは感じない!」
『な、なんだと貴様ら……っ!? この俺の絶対的な力を、貴様らですら到達しなかった領域に至った俺を、愚弄するというのか!? 俺は、貴様らのようなただの主人公やラスボスではない! ましてや、そこの脇役の小娘になどッ!』
三人のその言葉に、あからさまに動揺を見せるリヴァーサス。
そしてそんなリヴァーサスの前に、三人は再び並び立った。
「俺の名はヴァーサス! ヴァーサス・パーペチュアルカレンダー! リヴァーサスよ、俺は主人公などという役職ではない! 俺は、仲間と家族を守る門番だ!」
「フッ……俺もラスボスなどというくだらん悪役に堕しているつもりはない。リヴァーサスとやら、ラスボスの名は喜んでお前にくれてやろう」
「私は――――私は自分が脇役だとか、主人公だとか、そういうのどうでもいいですっ! 私はミズハ・スイレン――――大好きな師匠と共に戦う門番です!」
ヴァーサスの紅蓮が、反転者の氷蒼が、そしてミズハの白銀の領域が高次空間を眩く照らす。
その三つの輝きは、三つ全てが自らを主人公と定める凄絶な意志の光だった。
「リヴァーサスよ! 貴様が何者であろうと俺たちには関係ない! 貴様が俺たちを害するというのなら、貴様は今ここで――――俺たちが斬り捨てるッ!」
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