門番VS

あらゆる災厄から門を死守せよ!スーパー門番同棲ファンタジー!
ここのえ九護
ここのえ九護

門番をやり抜く門番

公開日時: 2021年10月30日(土) 09:15
文字数:3,063


 それは一ヶ月と少し前。


 カーラやミズハとの交流を終えたルー一行が自分達の世界に帰還し、カーラがミズハに弟子入りした最初の日のこと。


「門番が守るもの……ッスか?」


「はい……。これは私も、師匠からの受け売りなんですけど……」


 レイランド卿の邸宅に設けられたトレーニングルームの中央。

 向かい合って立つカーラに、ミズハは真剣な面持ちで伝えた。


「私達門番は、ただ門だけを守っていれば良いのではない……門から見える全てを守り、門の前に立つ門番の姿を見た大勢の皆さんに、希望と安らぎを与えることこそが門番の責務だと……」


「希望と、安らぎ……」


「今はわからなくても、カーラさんならきっとすぐにその意味が分かると思います。そして、私もまだまだ修行中の身……これからは二人で一緒に、立派な門番を目指して頑張りましょうねっ!」


「は、はいッス! 了解ッス! なんだか燃えてきたッスーーーーーーっ!」



 ――――――

 ――――

 ――



「ミズハさんの言葉は、まだ自分にはよく分からないッス……! でも……!」


 ざわつく大勢の人混みに囲まれた大通りの外れ。

 眼前に立つ巨躯の男、ゴウマを鋭く見据えるカーラ。


「でも――――! ここでこの人達を放っておくのは、絶対に違うッス!」


 瞬間。カーラの闘気が爆ぜる。

 その踏み込み、そして加速はまるで猫科の肉食獣を思わせるしなやかさ。


 限界まで引き延ばされたゴム紐が解放されたように、色つきの風となってカーラはゴウマへと突撃する。


「山崩の型――――開花・散岩穿ッ!」


「ぬっ!?」


「たああああああ――――ッ!」


 拳打一閃。


 民家程度ならば一撃で木っ端微塵にするであろうカーラの刺突が、ゴウマの鳩尾部分を穿つ。その一撃は周囲を囲む人々を衝撃だけで転倒させ、ゴウマの背後にある木造の家を大きく震動させる。


 超級の魔物すら一撃で昏倒させるであろうカーラの拳に、思わず前のめりになるゴウマの巨体。しかしカーラの連撃は止むこと無く続く――――!


「三千花! 転鳳撃! 散花・破山掌ッ!」


「ぐぎゃあぁあああ――――!?」


 突き出されたゴウマの顎先を即座に掌底でかち上げて脳を揺らし、間断を置かずに顔面横から後ろ回し蹴り。あまりの威力にその場で風車の様にぐるぐると何十回転もする巨躯に、ダメ押しの心の臓への直接の抜き手を叩き込む。


 3メートルにも達しようかというゴウマの巨躯。それはゴム鞠のように軽々とはじき飛ばされ、人混みの垣根を越えて数十メートル離れた大通りの中央へと叩き付けられる。


「ふぅ――――! どうッスか!」


 徹底的かつ一切の容赦の無い急所への連撃。


 それはかつて、まだ冒険者だった頃のカーラが恩人であるルーから指南された、戦いとなれば自身の勝利が確定するまで決して容赦するなと言う教えと、巨大なモンスターと対峙する際の戦術指南の賜物だった。しかし――――!


「ハッハー……! その程度かよ?」


「えっ!?」


 その声は背後。カーラは反応できない。


 咄嗟に飛び退こうとしたカーラの動きよりも速く、彼女の小さな体はまるで巨大な鉄塊を叩き付けられたような衝撃を受けて遙か上空へと吹っ飛ばされる。


「がっ……あ……っ!」


「キヒヒ……! 門番如きが、テメェに比べればまだスイレンの奴らの方が潰し甲斐があったぜえええええ――――ッ!」


「は、やい……!?」


 トウゲンの街を眼下に見下ろす高さまで弾かれたカーラ。しかしカーラが地上へと目を向けたその時には、ゴウマの巨躯はすでにカーラの位置よりも高空へと瞬時に回り込んでいた。


「っ――――! 相撃の型――――だああああああああッ!」


「遅い遅い遅いッ! テメェの動きは、ノロ過ぎなんだよぉおおおおお!」


 最早カーラは考えない。


 空中で背後へと回られたと気付いた瞬間、カーラは相打ち覚悟の渾身の回転蹴りを捨て身で繰り出す。しかしゴウマはカーラのその一撃を易々と片手で受け止めると、そのまま彼女の肩口から鎖骨部分を砕くように巨岩のような拳を叩き付ける。


「ぐぎっ――――!」


 ゴウマの一撃を高空で受けたカーラの体が、一直線に地上へと落下。民家の屋根を貫通し、地面を陥没させた上、崩落した木材の下に粉塵と共に埋没する。


「ヘッ……門番だろうが所詮この程度よォ! 俺達リンドウに逆らえる奴らなんざ、この天下にゃ存在しねぇ!」


 その全身に漆黒の雷光を纏い、ゴウマの巨躯がまるで浮遊するようにしてゆっくりと崩れた瓦礫の前に降り立つ。


 ゴウマのその巨体と物言いからは想像もつかぬような圧倒的身のこなし。

 それは、駆け出しとはいえ巨竜すら屠るカーラを遙かに超えていた。


「どうよ!? おめぇらも見ただろうが!? おめぇらが縋るスイレンの生き残り、門番ランク2のミズハだろうが、俺達には敵わねぇ! たった今潰したこの雑魚門番みてぇに、粉々に――――!」


「だああああああああ――――ッ!」


 勝ち誇り、勝利の雄叫びを上げるゴウマ。だがその瞬間、粉塵の中から血まみれになったカーラが裂帛の気合いと共に飛び出す。


「て、テメェ……! しぶといガキが……!」


「はっ……はっ……! あ、諦めない……ッス……! 自分はともかく……門番と……師匠を、馬鹿にするのは、許さない……ッス!」


「ぐお……っ!」


 飛び出したカーラの狙い。それはゴウマの首。

 

 巨大なゴウマの肩口後方へと一瞬で絡みついたカーラは、その両足とまだ動く右手をゴウマの首に組み付かせると、残された全ての力を持ってゴウマの頸動脈を締めにかかる。


「ぐ……がはっ……がはは……なんだなんだぁ……? 大層立派な門番様ともあろうものが……最後は情けなく組みつきとはなぁ……? 誇りってもんはねぇのか……っっ?」


「うるさい……ッス! 倒せなきゃ……! 生き残れなきゃ、意味ない……ッス! 油断した、アンタが悪い……ッス!」


「ぐ、おお……っ!? こ、のガキ……!」


 まるで万力のような圧力でゴウマの首を締め上げるカーラ。

 ゴウマの顔が赤く染まり、その血流が確かに止められていることがわかる。


 対するカーラの体も既に限界を超えている。腫れ上がった片眼はもはや見えず、一撃を受けた左手はだらりと垂れ下がり、だらだらと血が流れ落ちていた。


 ゴウマの言う通り、それは確かに門番という世界最強を謳われるクラスの戦い方としてはあまりにも泥臭い姿だった。


 しかしカーラは既に知っている。

 

 ミズハと、ヴァーサスと、そしてルーと共に過ごした鍛錬と学びの日々。


 たとえ自分がどれだけ情けなく、泥臭く、周囲から馬鹿にされようとも。自らが決めた願いを必ず成し遂げるという決意に比べれば、それらは全て些細な事なのだと!


「ぜ……絶対に、離さない……っ! ……ッス!」


「ガキ……ッ! 甘く出てればつけあがりやがって……なら、死にな……ッ!」


 ついにゴウマの巨体がふらりとたたらを踏む。

 しかしここに至り、ゴウマはその全身に再び雷光を纏う。


 ここでゴウマがその領域を開放すれば、その圧力は今のカーラの体を散り散りに砕いてしまうだろう。しかしカーラにそんなことはわからない。今の彼女に領域やエゴといった概念は存在せず、ただがむしゃらに戦っているだけなのだ。しかし――――


手出し無用という話だったが――――どうやらここまでだな」


 ゴウマが自身の領域を展開しようとしたその時。

 並び立つようにして人混みの中から黒姫とリドルがその場に進み出る。


「おいそこのデカブツよ。それ以上やるというのなら、この黒姫と――――」


「――――私が貴方の相手をします」


 二人はそれぞれの背にゴウマのものなど比較にならぬ巨大な白と黒の門の領域を展開し、赤く透き通った瞳を輝かせてそう宣言した。




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