二人ともこんな光景を見たのは初めてだった。
どこまでも空虚な闇が広がり、その闇の中に無数の光が瞬いている。
普段当たり前のように感じている風や空気、匂いのようなものは一切ない。
熱いのかも寒いのかもわからず、わかるのはただ自分が今そういう場所にいる、ということだけだった。
リドルとヴァーサスは互いの肩を支え合うようにしてその闇の中に浮かんでいる。
突然起こった出来事に理解が追いつかず、二人は困惑の表情で辺りを見回す。
「ちょ、ちょっとラカルムさん! これはどういうことなんです!?」
「いきなり試すと言われても、俺に何をしろと言うのだ!?」
『――貴方の母のおかげで、私は私がずっと望んでいたもてなしを受けることができた。花は咲いた。水は満ちた。闇は闇のまま晴れることを知った。私はその恩を返したい』
無限に広がる闇と光の空間の遙か彼方。
光り輝く極大の銀河を背負ったラカルムが言葉を発する。
ラカルムの発した言葉は虚無の空間そのものを震わせて全宇宙に伝播した。
『リドル、貴方は私のただ一人の友が残したエントロピーの結晶。私は、貴方が最も望んでいることを叶えられるよう、助力します』
「私が……最も望んでいること……?」
「待て! それならなぜ俺とリドルを試す!? それとリドルの望むことと、なんの関係があるというのだ!」
『示しなさい。貴方たち二人の在り様を。そして、おめでとう――』
ラカルムはそう言って笑い、無数の星々をその手にかざした。
############
『虚空の窮極に座する者 ラカルム』
種族:万祖
レベル:∞
特徴:
宇宙誕生以前の完全な無の世界に出現した虚無の王。
多元宇宙が発生した後はその光に惹かれ、結果として無数の次元を食い潰した。
虚ろで散逸的であるほど力を増し、正気で集積しているほど弱体化する。
現在は門によって座標が固定されているため誕生以来最も力が弱い。
しかしそれでも宇宙一つを消し飛ばすことなど造作もない。
############
ラカルムがかざしたその手の中からいくつかの光がこぼれ落ちる。
それは赤と青、そして白く輝く三つの太陽。
遙か彼方の小さな点だったその光は、みるみるうちに二人へと迫る。
「問答無用というわけか……! リドル、俺から離れるなよ!」
「いやはや……こうなってしまっては仕方ありませんね……ヴァーサスの方こそ私から離れないで下さい。なにかあればすぐに私の力で飛びますから!」
「ああ、頼んだぞ!」
「頼みましたよ!」
二人は互いの目を見合わせて頷き合うと、迫り来る光と熱の塊めがけ加速した。
不思議と迷いはなかった。出来ると思ったから出来たのだ。
「全反射の盾よ! そのもてる全ての力で俺とリドルを守れ!」
「きますよ、もう目の前です!」
振り落とされないよう、リドルはヴァーサスの肩に手を回してしっかりと掴まる。
ヴァーサスの持つ銀色の盾が光り輝き、闇を照らす一筋の流星となって突き進む。
「はぁあああああ!」
無音の闇に閃光が奔る。
三つの巨大な恒星が塵よりも小さな存在によって押しとどめられ、弾け、まるでビリヤードの球のようにあらぬ方向めがけその軌道を変える。
ゆっくりと押し出されていく灼熱の恒星の狭間、光の矢となったヴァーサスとリドルがラカルムの影目指して突き抜けてくる。
『全反射の盾……ならば、次はこれです』
ラカルムは無表情で呟き、今度はもう片方の腕を静かにかざした。
そこに闇が生まれ、渦を巻き、周囲の塵やガスを吸い込んで光を発する。
先ほどヴァーサスが押し返した恒星など比較にならないほどの大きさの闇。
二人は知らないが、それはブラックホールと呼ばれるあまねく光を飲み込む重力の化身。その中でも最も巨大な超大質量ブラックホールとされるもの。
ラカルムが戯れに生み出したのその超大質量ブラックホールは、凄まじい速度を持って進行上の全てを消滅させながら二人へと迫った。
「よくわからないが、全反射の盾が言うにはアレを跳ね返すことはできないそうだ!」
「え!? その盾って喋れたんですか?」
「聞こえるのは俺だけだがな! 物知りで助かっている!」
「なるほどなるほど……ならばここは私の出番ですね! 飛びますよ!」
瞬間、辺りに瞬く星の光全てが線となり、ぐにゃりと湾曲して後方へと一気に流れ去る。
無数の光の線に囲まれた閃光のトンネルを抜けた先。
ブラックホールは既に遙か数万光年後方の彼方へと置き去りにしていた。
「おっととと、あまりにも距離感が掴めなかったので適当に飛びましたが、うまくいきましたね!」
「さすがだ! 助かった!」
「今のでなんとなくコツが掴めてきました! このまま行きましょう!」
そう言って笑みを浮かべる二人。
だがその二人の視界が突然巨大な、あまりにも巨大な黒い影によって遮られる。
それは質量と圧力の問題で自然界では決して発生しえない超巨大岩石惑星。
ヴァーサスたちが暮らす星の数十倍もの質量と巨大さを持つ、岩の塊であった。
『そこに来るのはわかっていました』
「やばっ! これはパスです!」
「全殺しの槍よ! 我が意志に応えよ!」
闇の中に浮かび上がる更に黒い巨大な影。
「うおおおおおお!」
ヴァーサスは叫び、自らの槍を迫り来る惑星の地面めがけて抜き放った。
超巨大岩石惑星の地面に閃光が奔り、消える。
静寂が訪れ、闇があたりを支配する。
だが、闇と静寂が空間を支配してから数十秒。
今度はその岩石惑星のちょうど反対側の地面から凄まじい閃光が現れたのだ。
「ひええ! 今のはなんですか!? なにしたんです!?」
「槍で地面を掘ってみた! 意外となんとかなるものだな!」
「私は死にそうでしたけど!?」
「すまない! 次は気をつける!」
「そうしてくださーい!」
ヴァーサスの肩口にしっかりと抱きついたリドルは口から砂をぺっぺと吐き出し、薄汚れてしまった自分の服を見て悲しみの表情を浮かべた。
『全殺しの槍と全反射の盾。決して同じ主を持たぬはずの狭間の武具。それを同時に使いこなす者が現れたのも、この次元の特異性――』
惑星を突き抜けてきた二人を見て、そこで初めてラカルムは薄く笑みを浮かべた。
『だとしても、そうだとしてもまだ足りない。この次元の限界を超えなさい。そうしなければ、到底この先を二人で生きることなどできないのだから――』
ラカルムの顔から笑みが消え、ほんの少しばかりの影が差す。
自らに向かってただまっすぐに突き進む二人の光。
ラカルムはその光を渦巻く深淵の瞳で見定めるように見つめていた――。
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