『――――私とクルスがこの世界から消えた後、私の想定通りに事が進めば、門番という存在はそれ自体が時空の特異点として超常の力を持つようになるでしょう。しかし覚えておいて下さい。この後に誕生する門番はその多くが特異点となり、門番という超常のエントロピーの力を得ますが、唯一貴方だけは――――』
『貴方だけは――――特異点ではない』
● ● ●
最後の時。ウォンは周囲に集まった仲間達をぐるりと見回した。ウォンの視線の先に映る仲間達は、誰一人として死ぬ気などない、素晴らしい戦士の顔をしていた。
しかし、ウォンにはわかっていた。
ウォンは先ほど拳を交えたことで、はっきりと理解していた。
――――ラカルムには勝てない。
ヴァーサスやリドルのように特別な因果を結んだわけでもなく、あらゆる宇宙が消え去り、すでにラカルムに示すことのできる可能性の集積すら望めないこの状況――――。
マーキナーによってその全ての枷を外され、クロガネの世界で相対した時を遙かに凌駕する力を持ったこの深淵に勝つことは不可能だ。たとえヴァーサスやリドル、黒姫やドレスがこの場に居たとしても結果は同じだっただろう。
それほどまでに、次元食いの力は絶対的だった。しかし――――。
「フッ…………それでこそ、俺の最後の相手に相応しい」
ウォンが自身の背へと回した手で太刀の柄を握る。三十年前、エルシエルから渡されて以来、一度も抜かれることのなかったその太刀が、ついに――――。
「――――貴様ら、巻き込まれるでないぞッ!」
ウォンがその背に回した腕に力を込め、太刀を封印していた鎖を引きちぎりながら刀身を引き抜く。
三十年前、ウォンが見たその太刀は確かにただの剣だった。業物ではあるが特に超常の力などない、何の変哲もない刃。しかし――――!
『な……っ!? なんて無茶なことを……! シオン、あの男からできる限り離れて。あれは――――危険すぎるっ!』
『どうやらそのようだ――――!』
ウォンは、その手の中に空を掴んでいた。
ウォンの太刀は、引き抜かれた瞬間跡形もなくウォンの持つ絶対領域の中に溶けて消えた。だがしかし、それは太刀の持つ力が消えた訳ではない。ウォンは今、この狭間の領域全てを自身のエゴの支配下に置いた。
ウォンを中心とした時空間が大きく歪み、無限に陥没する。
ウォンという存在が持つ圧倒的エネルギーの総量を空間が支えきれていない。その様子は、まるで極大のブラックホールを無数に重ね合わせたかのよう。
三十年間、たとえどのような強敵に対しても決して抜かれなかったその刃は、その間ただひたすらに絶対に抜かれることがないという因果を積み重ねていた。それは相対する敵が強大であればあるほど力を増す、二律背反の因果――――。
エルシエルの狙いは、門番という存在が特異点となった世界で、最強であるにも関わらず門番のエントロピーによる恩恵を受けることが出来ないウォンに、その太刀を抜いたときに限り、特異点としての力を授けることだった。
だがその狙いは、クロガネの世界で相対した深淵との戦いですら太刀が抜かれなかったことで、エルシエルの予想すら超えた力へと達した。深淵ですら太刀を抜く相手として不足とされる極大の因果が、その太刀には集積していたのだ。
ウォンの持つ究極のエゴが、太刀の持つ特異点のエントロピーと混ざり合って無限に拡大する。拡大し続けるウォンのエゴは、やがて狭間の世界全てに拡散する次元食いラカルムと完全に拮抗した。
ウォンは今正に、真の意味で次元喰いと完全に同一の次元にまで自身のエゴを到達させたのだ。だが――――。
『おかしい――――それは、その力は――――ラカルムに――――ラカルムにすることができない――――』
『今さら命乞いをしても遅いぞ深淵よ――――さあ、今度こそどちらが上か、決着をつけようぞ――――』
「ウォンが――――? ウォンはどこ行ったのっ!?」
気付けば、すでにウォンの姿は仲間達の目の前から消えていた。
周辺に存在するあらゆる空間からウォンの声が響き、まるで最後の戦いに挑む仲間達を鼓舞するように、暖かな熱が力強く寄り添った――――。
『――――後のことは、頼んだぞ――――』
「ウォンさんっ!?」
その言葉を最後に、仲間達はウォンの持つ領域の中心点が、この星から離れたのを感じた。それと同時に星を囲む深淵の闇が強烈な拍動を刻み、その闇の中で眩いばかりの閃光を発した。
「そうか……彼の者は、ついに向こう側へと至ったか――――。ならば、我ら残された者が成すべきことは一つ」
闇の中へと拡散していくウォンの意志を感じ取った創造神レゴスが、どこか寂しさを感じさせる声で呟いた。レゴスの隣に浮かぶクータンもまた、何かを察したように頭を垂れる。
「あの男に加勢するのだ! ウォン・ウーは今この時も戦っている! あの男と深淵の力は完全に五分――――ならば、勝敗を決めるのは我らの力次第となるであろう――――!」
「……昔、俺たちの中にもああなろうとした奴がいたけど、結局誰もなれなかった――――なんだか、色々思い出しますよ。レゴス、俺たちもいくッス!」
「――――うむ!」
創造神レゴスとクータンはその全身にそれぞれ違う紋様の後光を輝かせると、決意と共に真っ先に闇の中へと飛び込んだ。高次存在であるレゴスとクータンにはわかったのだ。ウォンが自分達に何を託し、そして、もう二度と戻ってこないことを――――。
「行きましょう、皆さんっ! 私もここで歌います――――! ウォンさんや、遠くに向かったヴァーサスさんに届くように!」
「チッ……あのクソジジイ……ッ!」
「やりましょう。今の私が持つ全ての力で、皆さんを――――そしてウォン様の力になってみせます!」
レゴスやクータンに遅れを取るまいと、メルトは即座に自身の歌声を周囲に響かせる。メルトの歌を受けたヘルズガルドが一条の光芒と化し、ダストベリーの障壁は七色の光と共に全てを守護した。
「よくわからないけど――――! 私たちもやりましょう、エア様! ジオ、那由多、アンタたちも!」
「わかった――――! 私も、このすてきな歌に、私の力を乗せる――――!」
「ウリィイイイイ! 宇宙空間は紫外線がキツイというのに! しかしいいだろう! この歌は実に心地よい! 最高にハイなジオを再び拝ませてくれるッ!」
「メルト君の歌が、再び我輩に力を! ならば我輩、今度こそメルト君の心を盗んでご覧にいれようっ!」
その双眸に決意を宿したカムイが周囲を漂うラカルムの力を吸った。以前のカムイならば耐えきれず侵蝕されていたであろうその力。しかし今、カムイは決して揺らがぬ強固な意志とメルトの歌、そして共に戦う仲間とウォンの領域の加護を受け、深淵の力を我が物とした。
「ぐっ……ああああああアアアアアアア――――ッ! わ、私はッ! 私は――――ドレスがいなくたって――――! ドレスの留守ハ、私ガ守ルッッッッ!」
あまりにも強大な深淵の力。その全てを振るうことはカムイにはできない。しかしカムイはその力をなんとか制御し、エアやジオ、那由多面相と共に闇へと挑んだ。
『俺たちも行くぞ。ここで全てを撃ち尽くす』
『用意はできてる――――行きましょう、シオン』
「うおおおおおお!? なんだこの歌は!? とんでもねえ力が漲ってくるぜ!?」
「僕も僕もー! 行こうぎっくん! 僕たちも頑張ろー! ゴーゴー!」
無数の光芒と化して深淵へと挑む仲間達に続き、全長三百メートルを誇る巨体が前に出る。その後方に備えられた巨大なスラスターが炎輪を形成し、長大なエネルギーの奔流と共に加速する。
ネオ・アブソリュートの全弾倉が展開され、数千を超えるミサイルが撃ち放たれる。熱線が辺りの闇を焼き切り、空間を穿つ弾丸が放射状に弾幕を張る。
そしてその暴風雨のような火花の中、本来の巨体へと戻ったギガンテスが自身の領域を展開して闇へと光速の拳を叩きつける。今やルルトアとの連携によって時空すら歪ませるほどとなったその拳は、一撃ごとに深淵を削り、ひるませる。
「やれやれ――――全員熱くなっちまってるな。俺たちでサポートするぞ、ラリィ」
「ええ。それは僕の得意分野です。メルトさんの歌もすでに拡散してますよ」
次々と闇へと飛び込んでいく仲間達を案ずるように呟くクロガネ。
クロガネは即座に自身の能力を全開にすると、シトラリイの門の力によって拡大した認識力で、深淵と戦う仲間達一人一人の周囲に斥力を発生させ、さらには彼らが放つ強力無比な攻撃をより正確に深淵へと叩きつける。
シトラリイはクロガネの横で自身の門を開放し、メルトの歌を仲間達だけでなく星に住む全ての人々に届けた。それは迫り来る闇に怯える人々の心と体を励まし、深淵に力を与える絶望の因果を大きく後退させた――――。
誰も、誰一人として諦めなかった。数え切れぬ程の光が瞬き、全てを焼き尽くす炎が深淵を焼いた。
ウォンとラカルムの戦いは続いていた。
闇と闇、究極のエゴとエントロピーが幾度となくぶつかり合い、知的生命体が認識可能な全ての領域を大きく揺らした――――。
そして――――。
気の遠くなるような苛烈な戦いの果て――――。
仲間達の持つ領域はその悉くが大きく削られ、ダストベリーの障壁が崩れる。
ネオ・アブソリュートが大破し、シオンとアリスを乗せたアブソリュート本体が黒煙を上げて惑星へと落下する。ギガンテスの拳がついに砕け、その体にしがみつくルルトアを庇うようにして、巨人は闇の中に消えた。
クロガネの身につけていた中折れ帽が闇に飲まれ、シトラリイの門が崩壊する。レゴスとクータンの領域はもはや見えない。メルトの歌も、ヘルズガルドの気勢もいつしか止んでいた。
埋め尽くすのは闇。
その闇の中、力を使い果たしたカムイは傷ついたエアやジオ、那由多面相を庇うようにして最後まで立っていた――――。
全ては闇。
希望も絶望も、全ては闇の中に消える――――。
だが、全てが闇に飲まれるかに見えたその時――――もはや目を開けることすら難しいほどに消耗したカムイは、自身を照らす暖かな光を見た。
「――――たい、よう?」
それは、彼らが見慣れた太陽の光。
闇に遮られ、闇に消えたはずの眩しいほどの輝き。
「ま、さか――――っ」
霞む視界の中、周囲に視線を巡らせるカムイ。
そこに闇はなかった。深淵の気配は、跡形もなく消えていた――――。
「もしかして――――勝ったの? 私たちが――――?」
闇の消えた世界。
カムイは闇の向こうに消えた仲間達が、皆傷つきながらも無事であることを認識する。
ギガンテスとルルトア。星に落下したシオンとアリスも。クロガネにシトラリイ、メルトとヘルズガルド。そしてもちろんレゴスとクータンも――――。
自分達を含む全員が息をし、その光の中で生きていた。
「やった……! やったんだ……っ! 私たち、皆でこの星を――――!」
――――
――――――――
『――――そうだ――――これが――――俺たち門番の力――――』
暖かな光の中。ボロボロの体で笑みを浮かべるカムイ。そして、傷つきながらも立派に戦い抜いた多くの仲間達――――。
ウォンは一人、そんな仲間達の姿を遠くから見守っていた――――。
『どうだクルセイダス――――俺は、お前との約束を全て果たしたぞ――――――』
ウォンは勝った。彼は自身の最強を証明した。
クルセイダス亡き後の星を守り、新たなる力を育て、導き――――そして今、その力をもって深淵を打倒し――――最強となった。
ウォンはこの瞬間、友に誓った約束――――その全てを果たしたのだ。
『さて――――久しぶりに二人で酒でも飲み交わすとしよう――――積もる話もある――――骨のある奴らの話が、山ほどな――――』
その姿は、もはや誰の目にも映ることはなかった。
だが確かにその瞬間、ウォンは穏やかな笑みを浮かべていたはずだ。
その証拠に、笑みを浮かべるカムイや傷ついた仲間達の傍を――――二度と戻ることのない熱く優しい領域が、静かに駆け抜けていった――――。
門番ウォン・ウー
VS
次元喰いラカルム
ウォン・ウー○ 次元喰いラカルム●
決まり手:約束を果たした
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