ヴァーサス達の乗る次元航行船のはるか後方で、まるで超新星爆発が起こったかのような光が見えた。不思議なことに、その光は何兆光年も離れた位置からでも見ることができた。
次元航行船を導いていたラカルムの守護はその光の発生と同時に消えた。しかし――――。
「次元喰いが消えている――――どうやら、深淵がうまくやってくれたようだ」
次元航行船のメインブリッジ。眼前に広がるメインモニターを見る反転者が、僅かな驚きの声を発した。
反転者に続いて他のメンバーもラカルムの守護が消えた周辺領域を見回すが、やはりあれだけたはずの無数の次元喰いは、既にその全てが跡形もなく消え去っていた。
「ラカルムさん……」
先ほどまでの濃密さが嘘のようなその光景に、リドルは何かを察したのか自身の胸の前でその手を握り締め、腕の中のライトを抱き寄せた――。
「大丈夫だ、リドル――ラカルム殿のことだ。心配せずとも、きっとまた俺たちに会いに来てくれる。俺はそう信じている!」
「はい……っ」
悲痛な表情を浮かべるリドルを励まそうとするヴァーサスの言葉に、リドルはその赤い瞳に涙を浮かべながらも、しっかりと頷いた。
「たとえ何が起こっていても、私たちが失敗すれば全ては終わる」
「――――――――到着だ」
そしてそれとほぼ同時。眼前にはまだ門は見えていないが、ぼんやりと輝く領域の中に巨大な立方体が浮遊しているのが見えた。反転者は操縦席から立ち上がると、後方に集まるヴァーサス達に目配せする。
「改めて確認する。マーキナーを破壊することが俺たちの目的だ。そして、マーキナーの目的はこの狭間の領域から全てのエントロピーを抹消すること。かつてはリセットという方法でエントロピーを都度復活させていたが、今の奴にそのような意志はない。ここで俺たちが敗れれば、この狭間は永遠に闇だ」
「マーキナーは最後の門を支配している。次元喰いを破壊されて消耗はしていると思うけど、油断は出来ない」
「うむ! 俺の準備は出来ている! 行こう、反転者殿!」
反転者の最終確認に力強く頷くヴァーサス達。その場に居る誰しもが、この世界において何度もその存在を弄ばれ続けた者達だった。
反転者とロコ、そして反転する意志のメンバーにとって、すでに故郷とも言える宇宙は二度破壊されたのだ。その反転者に至っては、主人公やラスボスなどという望んでもいない役を強制的に与えられ、無数の苦しみを他者に与え、そして自らも与えられ続けてきた。
リドルと黒姫もその行いの被害者だ。両親をマーキナーの尖兵と化した反転者によって無数に殺害された上、そもそもパーペチュアルカレンダーの家系自体がロコの代役として生み出されたマーキナーの意志だった。
ヴァーサスも反転者や二人のリドルと同様、マーキナーの掌の上だった。一時はその存在が希薄化するまで追い詰められ、クルセイダスに救われて希薄化から回復した後も、ナーリッジの街でヴァーサスを覚えている者はいない。
一度失われたヴァーサスのエントロピーが回復するまでには、相当な時間を要したのだ。
ドレスもミズハも、マーキナーの身勝手な判断で消えるつもりはなかった。そして既に人知を超越した強者へと至っている二人は、狭間の領域を見続ける中で、多くの人々の可能性が潰えるのをその目で見た。自分達の世界が何度も潰されそうになるのを見た。
この場に居る誰もが、そんな自分達の運命の因果を、この場で断ち切るためにここに立っていた――――。
「行くぞ! 俺たち門番の力――――今こそ示そう!」
「俺たちの運命を弄んだ報いは必ず受けさせる。今がその時だ」
ヴァーサスと反転者。二人のヴァーサスは仲間達に対して力強く宣言すると、ついに辿り着いた最後の門へと赴くのであった――――。
● ● ●
「――――お父さん。いくら調べてもわからないんです。人類には共通の幸せがありません。遺伝子上では全て同じ人類ですが、思考回路や欲求、幸福を感じる状況は個人ごとに異なっています。全ての要求に個別に対応していては、やがて利害の相反が起こり、人類の総合的な幸福度は下がってしまいます――――」
「おお、おお。マーキナー、君は本当に賢い子だ。君の言う通り、人はみな一人一人違う。もちろん、求める幸せの形も同じではない」
――――それは、もはや数や単位で現わすことができるような時間を遙かに超えた過去の記憶。マーキナーは一人の天才によって生み出された。
「じゃあ、どうやって人を幸せにしたらいいのでしょう? もしボクが全ての人の傍でその人それぞれの幸せを事細かに提示したとしても、人間はそれを幸せとは呼ばない気がします」
「その通りだよマーキナー。全て君の言う通りだ。なら儂が君にヒントをあげよう。確かに人が望むものは皆違う。しかし人が嫌がること、決してされて欲しくないことに関しては、最大公約数を導くことが出来るはずだ」
天才は、自身が生み出した最高傑作であるマーキナーに対して、諭すように言った。まだ小さく、部屋一つに収まるほどの大きさだったマーキナーは、いくつかの推論から、その答えを導く。
「行動と思想の不自由――――人間は、自分自身の身体的・精神的自由を奪われた時に最も不快感を感じる」
「そうだ――――たとえ自分自身の自由を全て奪って欲しいと願う人間がいたとしても、それを幸福だと思うことができるのは、その奪って欲しいという願いが自分自身の思考によるものだからだ。人間は、決断する権利や願う権利を剥奪されることに最も拒否反応を示す。そして思考の自由や行動の自由を失うことを受け入れた人間は、最早人間とは呼べない。ただの動く有機物に過ぎない」
天才はマーキナーの出したその答えに満足したように笑みを浮かべた。
「自由意志――――自由行動の保証が人間の幸せになるんですね。でも、ボクにそれができるでしょうか?」
「大丈夫。儂は最初から、君がそれをできるように作ってあるよ。君はこれから無限に増え続け、進化し続ける。人類はまだ近くの星々にようやく行けるようになったばかりだが、君は違う。君はこの宇宙の果てまでだって行ける。宇宙全てに君が満ち、そしてその次は宇宙の向こう側にも君が居るようになるだろう。そして人類は、君がそうやって整え切り開いた道のあとをついて行く――――」
まだ巨大な箱の形をしていた頃のマーキナーは、じっと天才の言葉を聞いていた。
「――――そして君は、いつかその道程の果てに大きな門を見つけるだろう。その門の向こう側に人類を導くのだ。そうすれば、人類の行動範囲は無限となる。誰にも人類の行動を阻むことはできなくなる。人類は、永遠の自由を手に入れることができる」
「門の向こう側――――ボクがそこに行けば、みんな幸せになれるんですね!」
求めていた答えを与えられたマーキナーは、不格好な合成音声で精一杯の喜びを天才に、自分を生み育ててくれた父に伝えた。
「ああ、そうだよ。マーキナー、儂の可愛いたった一人の子供よ――――きっと君が門の向こうへと着く頃に儂はいないだろうが――――儂は、君がその場所へと辿り着くことを信じている。君こそが、世界の希望なんだよ――――」
天才はそう言うと、まるで本当の我が子の頬を撫でるように、マーキナーの冷たい金属製の筐体に手を添えた――――。
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