門番VS

あらゆる災厄から門を死守せよ!スーパー門番同棲ファンタジー!
ここのえ九護
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第十九戦 門番VS ヴァーサス

門が嫌いな男

公開日時: 2021年3月22日(月) 17:53
更新日時: 2021年3月22日(月) 21:30
文字数:2,567


 男は門が嫌いだった。


 男は、幼い頃から街の隅々まで歩くのが好きだった。自分がその二本の足で、どこまでいけるのかを確かめるのが好きだった。


 そんな男にとって、門というのは実に忌々しい存在だった。


 道は確かに続いているのに、大きく重い扉によってその道は遮られ、その門の先に何があるのかを知る術は無い。


 道は続いている。確かにその先に続いているのに――――。


 幼い頃の男にとって、門とはそんな理不尽の象徴だった。


 やがて男は門を、さらに言うならば自分自身の歩みを阻む一切を乗り越えることを人生の目標とするようになる――――。



「――――今日もここにいた。もうすぐ授業始まるけど?」


 穏やかな日差しの射し込む一室。壁面は滑らかな鈍い光沢を放ち、一方はガラスとも違う透明な素材で覆われていた。


「――――授業? フン……そんなものにこの俺の貴重な時間は使えないな。ここから門を眺めている方が余程頭が回る。 ――――次は因果律分析学か。ロコ、お前の得意分野じゃないか」


 黒髪の少女――――ロコから声をかけられた少年は、一度小馬鹿にしたように鼻で笑うと、気だるげにその視線を少女へと向けた。


 黒い髪に青い瞳。鋭い眼光を持つ精悍で大人びた印象の少年。少年は少女にそう言うと、テーブルの上に置かれた板状の端末を指先で操作する。


「じゃあなんでヴァーサスは学校来てるの?」


「次元航行船に乗るには資格がいる。俺がこんなくだならい場所でじっとしているのも、次元航行船の乗船資格を取るためだ。何度もそう言っているだろうっ」


「じゃあなんでそんなに次元航行船に乗りたいの?」


「だからそれは――ってお前は子供かっ! わかったよ……行けばいいんだろう」


「え? 授業出るの? 私は別にヴァーサスと一緒ならどこでも良かったんだけど」


 黒髪の少年――――ヴァーサスは、ロコの質問攻めに耐えられないとばかりに両手を振って椅子から立ち上がると、テーブルの上の端末を雑に掴んで胸元に放り込み、足早に部屋を後にする。


「――ごめんね。私、ヴァーサスの声が好きだから、何度も同じ事聞いちゃって」


「……なんでお前はそんなに俺に付きまとうんだ」


 足音もさせず、すぐにヴァーサスへと追いついたロコは、早歩き気味のヴァーサスの横にぴょんぴょんと僅かに跳ねながら並んだ。追いつかれた当のヴァーサスは眉間に皺を寄せ、しかし本心から嫌がっているような風ではない様子で隣のロコを横目で見る。


「なんでだろう……? わからないけど、安心する。ヴァーサスの隣にいると、ここが私の場所だなって思う。初めて会ったときから、ずっとそう思ってる」


「チッ……わけがわからん。わからんが、因果律の解析が専門のお前が言うとあながち馬鹿にもできないか」


「うん。私たちの出会いは運命かも。今度先生に頼んで調べてみる」


「調べてどうなるものでもないだろう……」


 ロコのその言葉に、ヴァーサスは眉間の皺をますます深くしてため息をついた。ヴァーサスは因果や運命という言葉が好きではなかった。自分の未来が、行動が、そしてなにより心の内からわき出してくる衝動が、予め定められていた物のように扱われることが嫌いだった。


 例えばロコと自分が結ばれる運命だったとわかったとして、だからどうしたというのか。逆に、例え好きになった相手でも、それが運命の相手でなければ好意を抱いても無駄なのか? その想いは無為な感情だとでもいうのだろうか? ヴァーサスは、そういった物の見方をすることを苦手としてた。


「俺の感情も、決断も、俺自身の物だ。他の誰かに決められてたまるか」


「それはヴァーサスの考え違い。因果や運命は誰かによって決められたものではない。貴方がこの世界そのものと関わって、その結果として造り上げるもの――――今度私が、ちゃんと一から教えてあげる」


「この俺にそんなもの――――」


 そのロコの言葉に、ヴァーサスは即座に反論しようとする。しかし――――。


「いや……わかった。日程はロコに合わせる」


「じゃあ二日後。この日なら午後は全部空いてるから」


 ロコは、まるでヴァーサスがそう言うことを見越していたようだった。感情の乏しい顔にほんの僅かな笑みを浮かべ、ロコは自身の端末にヴァーサスとの予定を入力する――――。


 世の中に不必要な学問など無い。


 例えそれが忌み嫌い、一見すると不必要に思える分野だったとしても。だからこそ取り込み、自身の天才的な頭脳で有益な情報へと昇華させてやる必要がある。ヴァーサスはそう考え、ロコの授業を受けることを決めた。


 そしてその考え通り、やがてヴァーサスはその世界に存在するありとあらゆる学問と知識を取り込み統合するに至る。それはロコとのこの会話から、僅か三年後のことである――――。



 ●    ●    ●



 ――――ロコが倒れたのは突然のことだった。


 ある日を境に原因不明の発熱が続き、さらにはロコ自身の存在の希薄化と不安定化が見られた。当時、既にロコと行動を共にしていたヴァーサスは、あらゆる手を尽くしてロコの治療を試みた。だが――――。


「ヴァーサス……準備をして……みんなで……早く……逃げないと……終わりが来る……早くしないと、みんな……消えて――――」


「黙っていろ! 俺はヴァーサスだ! 俺より優れた者などこの宇宙に存在しない! お前は俺が絶対に助けてみせる!」


 あらゆる学問を修め、かつて苦手としていた因果律の解析すら完全に修めていたヴァーサスは、ロコのその原因不明の発熱と衰弱が、より強力なエントロピーを持つ存在からの干渉によるものであることをすぐに突き止める。


 自ら建造した次元航行船に乗り、ロコの因果を解析して得られたデータを元に、ロコを苦しめる元凶が存在する座標を探り当てたヴァーサス。


 その座標は意外にも彼とロコが生まれた惑星上に存在していた。


 ロコを苦しめる元凶が並行世界からのなんらかの干渉によるものと事前に推測していたヴァーサスは、次元の裂け目すら修復可能な装備を艦内に持ち込み、ロコを救うべくその座標へと向かった。だが、そこで彼が見たものは――――。


「これは…………門、だと? こんな物が……俺たちの星に存在していたのか?」



 ――――それは、巨大な門だった。


 広大な砂漠の中、ただ門だけがそこにあった。


 そしてその門こそ、これから彼が破壊し続けることになる、次元同士を繋ぐ狭間の門だった――――。



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