偽りの詐欺師は嘘の恋に沈む

駆威 命(元駆逐ライフ)
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第40話 皇位継承権

公開日時: 2020年10月31日(土) 20:06
文字数:3,635

 扉が開いた先には華やかだが醜悪な世界が待ち受けていた。


「ようこそいらしてくださいました、ダンテさま」


 アンジェリカは、シンプルで動きやすそうだが各所にあしらわれた金糸による刺繍で豪華さは失っていない流行のドレスで着飾っている。


 ダンテがブルームバーグ伯爵家主催の舞踏会を訪れたことがよほど嬉しいのだろう。


 ドレスに負けない華やかな笑顔でダンテを出迎えた。


「アンジェ、ありがとう。今日も一段と綺麗だね、似合ってる」


「まぁ……」


 ダンテは扉をくぐりながら軽く頭をさげ、客を出迎えるホストファミリーへと挨拶をする。


 満面の笑みを浮かべたアンジェリカの隣には、彼女の父親であるフェリド・マクシム・ブルームバーグ伯爵が、険しい表情を浮かべて立っていた。


「ブルームバーグ伯爵、お久しぶりにございます」


 アンジェリカの次に伯爵のフェリドへと挨拶をする。


 本来ならばあまりにも無礼極まる行いで、その場で帰れと痛罵されてもおかしくない行為だ。


 もちろんこれはダンテによるフェリドへの挑発で、どうするか決まったのかと、態度による問いかけだった。


 フェリドに代わって追い払おうとしたのか、ダンテを馬車へと案内した初老の男が一歩前へと踏み出したのだが、それをフェリド本人が押しとどめる。


「……私の言ったことが理解できなかったのか?」


 フェリドの碧眼は、相変わらずの切れ味でもってダンテの心胆しんたんを切り刻む。


 並の人間ならば、これだけで縮み上がり、フェリドの言いなりとなってしまうだろう。


「いいえ、理解しておりますよ。……正しく、ね」


 しかしダンテはいくつもの修羅場を潜り抜けている歴戦の詐欺師である。


 いつものように変わらぬ笑顔を張り付け、まるで風に舞う蝶のごとくフェリドの圧力を受け流してみせた。


「あまり長居をしますと他の方に迷惑がかかりますから」


 ダンテは飄々とした様子でそう言ってのけると、フェリドに一礼した後、アンジェリカの手を取って甲へと口づける。


「アンジェ、また」


「はいっ」


 フェリドの目の前でアンジェリカにダンスの約束を取り付けると、ダンテは舞踏会の行われる会場へと足を向けたのだった。






 舞踏会の会場となるダンスホールの壁や床は、高級な黒い木材で統一され、ところどころに金の燭台や彫刻がしつらえてある。


 また、室内と思えないほど広く、二階部分は吹き抜けになっており、その代わりかホールを囲むようにキャットウォークが設けられていた。


 しかもこのキャットウォークは特別製で、正面部分は見下ろしながら演説が出来るように大きくせり出している。


 自分の派閥に属する貴族たちを集め、指示を与えるにはもってこいの場所だった。


「うっへ~……こっわ」


 ダンテの後ろに控えていたアルが、ホールに入って早々ダンテだけに聞こえるよう小さな声で呟いた。


 ただダンテの陰に控えていたとはいえ、フェリドの圧迫を正面から受けたのだ。


 アルも相当肝を冷やしたに違いなかった。 


「まだ決めかねているみたいだな。流石にがくが額か」


 最後の一言は、周りにいる有象無象の貴族連中には聞こえない様、声を潜める。


「かもな。だが即座に断らなかったところを見ると……」


 ブルームバーグ伯爵家に出せない額ではない。


 フェリドが踏み出すためにはもう一押し必要なのだろう。


 ただ、気になることもあった。


「アル」


「ん?」


 ダンテの気配が変わったことに気づいたのか、アルの態度が真剣なものへと変わる。


「アイツが俺の本当の正体に気づいた可能性はあると思うか?」


 ダンテと初めて顔を合わせた時、フェリドは確かにダンテの顔を見てたじろいでいた。


 本人が命じて16年前に殺させた男と寸分違わない顔の持ち主が現れたら、普通は気づく。


 そして、調べるはずだ。


「とりあえず、当時のことを知ってる奴は、フェリドを除いたらもう親父しか残っちゃ居ねえ。あの証拠の事だって、親父と俺らしか知らないはずだ」


「そうか……」


 ダンテの生い立ちは、顔も名前も分からない相手の庶子だと、ダンテがさらわれた当初からそう吹聴されている。


 スラムへの聞き込み調査でダンテがジュナスであるとたどり着くことは不可能だろう。


 もしかして、はあるかもしれないが、確証を得ることは不可能なはずだった。


「ああ、あとはお前の想い人か。確かここに来てるんだろ?」


 ブルームバーグ伯爵家主催の舞踏会なのだから、ベアトリーチェも当然強制参加だろう。


 それどころか、ベアトリーチェの両親であるロナ夫妻も来ているはずだ。


 ブルームバーグ伯爵家はそれだけの力を持っていた。


「……黙れ」


 冗談交じりにからかって来たアルへ、ダンテは本気の殺気を向けて黙らせる。


 確かにベアトリーチェもダンテの正体をジュナスだと知っている人間のひとりであるが、それを口にすることは彼女にとって不利益しか生まない。


 漏れる心配はないだろう。


「一応、気づいた前提で動いといてくれよ」


「了解了解」


 敵の本丸に切り込むのだから、相応の準備は整えている。


 最悪、このままどこかへ拉致され、殺されそうになったとしても、脱出できるだけの備えは施してあった。


「いつも通り派手に頼むぜ、ダンテあいぼう


 ダンテが派手に動いて人目をひきつけ、その間にアルが仕掛ける。


 それが今まで負け知らずの必勝法だった。


「ああ。俺の命は預けた」


 ダンテは一瞬だけアルと視線を交じわせると、顔を引き締めた。






 招かれた貴族全員が来訪したことを確認したのか、ホールの扉が閉じられる。


 雰囲気が変わったことに気づき、多くの貴族たちが話すのを止め、正面の演説場へと目を向けた。


 演説場には明らかに偉そうな貴族の老人や女性と手を引かれている男児、舞踏会の主催者であるフェリドが立ち並ぶ。


 アンジェリカの姿が見えないのは、彼女がフェリドにとっての道具に過ぎないからだろう。


 会場全体が静まり返ったのを確認してからおもむろにフェリドが口を開く。


「……諸君。皇帝陛下の先が長くないのは知っての通りだ」


 もうすぐこの国では皇帝陛下の誕生月の祭典が開かれる。


 だというのにこの言いざまである。


 さすがの貴族たちも、あまりの不敬な発言に驚きを隠せなかった。


「静かに!」


 しかし、フェリドはざわつく会場を一喝して黙らせると話を続ける。


「この国の行く末を考えねばならない時が来ているのだ。その事実は受け止めねばならん」


「ああ、そういう話か」


 合点がいったダンテはひとり皮肉気な笑いを浮かべて演説場を眺める。


 フェリドは次の皇帝の話をしているのだ。


 そしてそれこそが、自分と血縁上の父親であるガルヴァスが殺された理由。


「どうした?」


「あの女が俺の従姉いとこらしい」


 皇帝の継承権はまず男系が先に数えられる。


 この場合はダンテの父であるガルヴァスが1位となり、2位はダンテだ。


 女児の子どもと思しき見た目3歳程度の男児は、継承権がダンテたちよりも劣る。


 そんな男児に皇位を継がせようとするならば、どうすればいいのか。


 継承権を放棄させるか、継承できなくさせてしまえばいい。


 しかしそれは容易な事ではないのだが、その容易でないことをフェリドは行ってしまった。


 それ故に、今こうしてダンテの従姉である女性と、その嫁ぎ先であるテレジア侯爵家に比肩するほど大きい顔をしていられるのだ。


「ってことはあのガキが従姉の子どもだから……」


従甥じゅうせいだ」


 アルのつぶやきにどうでもいい補足説明を入れてからフェリドの演説に耳を傾ける。


「今日、諸君らにして欲しいことは、立場を明確にすることだ。私は高貴なるテレジア家と皇帝陛下の血を受け継ぎしこの御子さまこそがより良い未来へと我々を導いてくださると確信している」


「3歳のガキになにが出来んのかね」


 アルの不満はもっともな話で、間違いなくこの男児は操り人形として使われるだけだろう。


 実権はフェリドやテレジア侯爵家が握り、この国を意のままにする、というわけだ。


 あまりにもありふれた、へたくそな喜劇だと揶揄したくなるような話であった。


「断じてシェザール家の御子に継がせてはならない!」


 喜劇には当然事態をかき乱す道化とかたき役が必要で、もちろんこの劇にも登場する。


「何故か! それは皇帝陛下の高貴なる血を半分賜りながらも、下賤な血が混じり、堕落してしまった存在、ルドルフめの操り人形に他ならないからだ!」


 ルドルフ・ギュンター・クロイツェフ。現皇帝が戯れに抱いた、名前も顔も分からない女性によって産み落とされた庶子の名だ。


 本来庶子は貴族になることなど出来ないのだが、ルドルフは持ち前の美貌と悪魔的な智計ちけいを用いて現皇帝へ取り入り、フェリドを脅かすほどの地位を手に入れていた。


「奴が権力を手にすれば、ガイザル帝国は地に落ちるだろう。そうならないためにも、諸君らには是非、テレジア侯爵家の御子さまを推してもらいたい」


「だとよ。第一皇位継承者さま」


「黙れ」


 既に周りを気にする必要はない。


 時代の趨勢すうせいを決めるフェリドの発言を前にして、ダンテのことなど気にしていられないのだろう。


 貴族たちはどうするべきかを知己の者たちと相談するのに忙しいようだった。

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