はっきり言おう。
衝撃の事実の連発もいい加減にしてほしい。
ぶっちゃけ、俺の精神が持たん。
混乱の極みにある俺。
魔族ラクラレンスの正体は人族でこの国の王の側近。
かと思いきや、実は俺と同じ日本人だという。
もう意味が分からない。
分からなすぎる。
つーか、シルシルはそんなこと言っていなかった。
あいつ、俺以外にもこの世界に日本人を召喚していたのか?
だとしたら、なぜ黙っていた?
フロルが言う。
「ショート様。
ひょっとしてラクラレンスさんはショート様と同じなんですか?」
俺と彼とが知らない言葉で会話をしていたからだろう。
どうやらフロルは俺とラクラレンスが同郷だと感づいたらしい。
『この世界には言語が一つしか無いからね。朱鳥くんが転移者だと知っていれば、そういう結論に達するのは可能かもしれないね』
と、これまた日本語で解説してくれるラクラレンス。
ライトとソフィネもなんとなく察したらしく。
「え、え? つまり、アンタも転移者?」
「話が複雑すぎ」
うん、複雑すぎるのは大いに同意だよ。
ちなみに、アレルはポカーン。
この子だけはよく分かっていないっぽい。
ラクラレンスは改めて、ニッコリ笑って俺たちに言う。
「そういうわけです。ショートさんと私は同郷の身。それ故に、2人だけで話をしたいということです」
――っていうか、お前、日本語とこの世界の言葉とで丁寧さが違いすぎね?
ともあれ、彼が日本人だというならば2人で話をする必要はあるだろう。
襲われる心配も無いだろうし。
俺はライトやフロルに言った。
「そういうことだからさ。ちょっと2人で話してくる」
フロルもちょっと困った顔を浮かべながらも。
「そうね……分かりました。そういうことなら、しかたないですね」
ライトもうなずく。
「了解。ここはまかせる」
と、まあ、そういうわけで。
俺はラクラレンスと共に1階へ。
アレル達は日本語が分からないんだから、場所を移動しないでもいいかなとも思ったが、分からない言葉で目の前で会話されるというのも気分が良くないだろう。
しかし、1階の食堂にも人は大勢。この世界に言語が一つしか無いなら、人前で日本語で会話するのも考え物だ。
もちろん、この世界の言葉で話して誰かに聞かれたらもっとまずいだろう。
さて、どうしたものか。
俺は宿の主人に尋ねる。
「ご主人、部屋って今日も空いていないですか?」
どうせなら、もう一部屋確保したい。
2人きりで話す場所作りというのもあるが、今晩寝るにしてもあの2人部屋に6人はいくらなんでも人口密度が高すぎだ。
「ああ、さっき一部屋空いたよ。そっちも使うかい?」
「ええ、さすがに6人で2人部屋は色々とあれなんで」
「了解。2階の6号室を使ってくれ」
俺は主人に宿泊料を渡して鍵を受け取った。
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『さてと、どこから話すかな』
借りたばかりの一室で、ラクラレンスは俺に言う。
『とりあえず、あなたの本名を聞きたいな』
いくらなんでもラクラレンスは本名ではないだろう。
日本人としても、この世界の人族としてもおかしな名前だ。
『そうだな。僕の本名は稔。海原稔という。今はこんな姿に化けているけど、本来は20代半ばだよ』
なるほど。
俺より年上なわけね。
だから、日本語では丁寧語ではないと。
『それは……俺が丁寧語で話すべきですかね』
『別に良いよ。面倒くさいから』
『そういっっていただけると嬉しいですね』
『さて、本題なんだけど……』
ラクラレンス――いや、稔は俺に言う。
『君はなぜこの世界にいる?』
いや、それを問いたいのは俺の方なんだがな。
『1年以上前に、勇者の保護者としてアイツに送り込まれた』
『アイツ?』
『シルシルに決まっているだろう』
俺は当然とばかりに言った。
どうせ、稔を送り込んだのもシルシルだろうと思ったからだ。
だが、稔は眉をひそめていう。
『シルシル? 何者だそれは?』
なんだと?
とぼけているのかと思ったが、どうもそういう様子ではない。
『俺を送り込んだ神だが……お前はアイツを知らないのか?』
『……わからないな。それに、1年前って……』
稔は考え込む。
『あなたは違うのか?』
『僕がこの世界にやってきたのは、6年と106日前のことだ』
まさか。
勇者と魔王の誕生日。
いや、違う。
この世界そのものが誕生した日だ。
『その顔は知っているようだね。その日が何を意味しているか』
『勇者と魔王の誕生日だろ』
俺は念のため、世界創造については言わないでおく。
が。
『それだけ? 君を送り込んだ神とやらは、この世界の成り立ちを説明していないのか?』
どうやら、稔も知っているらしい。
『この世界をゲームマスターが作ったのがその日だとも』
『ゲームマスター?』
『シルシルは神殺しの勇者とか言っていたな』
俺の言葉に、稔がうなずく。
『なるほど、神殺しの勇者でゲームマスターか。言い得て妙だね』
まさか。
『あなたをこの世界に送り込んだのはゲームマスターなのか?』
俺の中に再び警戒心が走る。
もし、彼がゲームマスターの味方だというならば、魔族以上に俺たちの敵かもしれない。
だが、稔は首を横に振った。
『それは違う。僕をこの世界に送り込んだのはもっと別の存在だ』
『?』
『朱鳥くんのさっきの話にも出てきただろう? 神殺しの勇者――ゲームマスターに殺された神様。
彼女こそが、僕をこの世界に送り込んだ張本人だ』
わけがわからない。
『いや、だってその神様は殺されたはずじゃ?』
『神様の命っていうのがどういうものなのかは僕にも分からない。が、死ぬ間際なのか、あるいは死んだ後の残留思念的なものなのか、いずれにせよ彼女が僕をこの世界に送り込んだのは確かだよ』
稔はさらに続ける。
『僕を送り込んだ神様の目的は、この世界の人々を救うこと。あの神様は根本的に優しいんだろうね。自分が殺されたことで不幸な世界が生まれることをよしとしなかったらしい』
そこは、シルシルと同じか。
『だから、僕を送り込んだ。
記録も記憶も運命もゲームマスターによって操られてしまっているこの世界。
僕は、神様が死ぬ間際にこの世界に残した、いわばバグキャラなんだよ』
なるほど。
シルシルはこのことを知らなかったのかという疑問も浮かぶが……
いや、それは後で本人に聞いた方がいいか。
『それで、6年間、あなたは何をしていたんだ?』
『困ったことに、神様も死ぬ間際だったからね。
この世界の情報こそもらったものの、勇者の居場所も魔王の居場所も分からない。
戦争を止めろといわれたって、どうにもならない』
そりゃそうだ。
俺だって、シルシルに勇者の居場所を聞いていなければ、この世界に送り込まれたってただただ途方に暮れるしかできなかった。
『とはいえ、便利なスキルは色々もらっていたからね。ついでに、僕は日本では医者だしそういう知識チートも使って、この国の国王陛下に自分を売り込んだ。
ま、色々と苦労はしたけど、半年ほどでなんとか国王陛下直属の間者になれた。
完全に信頼されているかは分からないけど、使える人間だとは思われているだろうね』
なるほど。
『で、勇者はどこにいるやら分からないけど、魔王はどうやら魔族のトップが保護しているらしいと分かって、南大陸への潜入任務に名乗りを上げた。
ま、冒険者ギルドの力も借りたけど。南大陸まではレルス・フライマントって人が護衛してくれたっけ』
レルス!?
そういえば、彼も南大陸に潜入していたとか言っていたか。
同行者がいたとは聞いていないが……国王陛下直属の間者のことをむやみに俺たちに伝えるわけもないか。
『あとは、和平派のラクラレンスに取り入って……と、ここから先はさっき子供達にも説明したとおりかな』
なんともはや。
『俺が日本人だって言うのはどうやって知った?』
『それは、『ステータス鑑定』で分かったんだよ。何しろ、鑑定したときに、名前が日本語の漢字で見えたからね』
冒険者カードにはこの世界の文字で表示されているが……『ステータス鑑定』スキルではまた違うと言うことか。
『一緒にいるのが勇者だっていうのもすぐわかったし。本当はもっと早く接触したかったんだけどねぇ。
リラレルンスはもちろん、国王陛下の目もあるし。
王都の外ならもう少しなんとかなるかと思ったんだよ。君たちを王都に入れたくなかったのはそれも理由かな。もちろん、魔族の過激派の件もうそじゃないけどね。
リラレルンスに君たちと共に旅をする利点を説明して説得するのは苦労したよ』
なるほど。
経緯は分かった。
もちろん、すべてが本当かは分からない。
彼が日本人だとしても、絶対に俺達の味方とは限らない。
だが、必要以上に警戒するのもばかばかしい。
少なくとも、国王直属というのは事実だろう。
そんな、確かめればすぐ分かる嘘をつくわけもないし。
俺は稔に尋ねた。
『それで、これからどうするつもりだ? あなたの目的は?』
『そうだね。まずはこの世界を平和にすることかな』
『ほう』
『何しろ、神様の遺言だからねぇ』
『随分と、人が良いんだな』
『まあ、この世界ですでに6年以上暮らしているからね。君が勇者達に感じている程度には、この世界の人々に感情移入しているつもりだよ』
ふむ。
『それに、ゲームマスターはちょっと許せないからねぇ』
『それはなぜ?』
『それは、まあ、個人的な因縁ってやつかな』
なんだそれは。
『そこは説明しても長くなるだけだからやめておくよ』
おい。
『もちろん、最終的な目的は日本に帰ることだ。なにしろ6年前、僕は新婚だったんだぜ。婿入りしておきながら、3ヶ月で妻も実母もおいてこの世界に召喚されちゃってさ。しかも妻は妊娠していたのにね。
神様っていうのは、本当に勝手だねぇ』
『あなたは死にかけたわけじゃないのか』
『特にそういうわけではないね。ひょっとして、君は日本で死にかけて、この世界に?』
『交通事故でな。勇者の育成が終わったら、瀕死の俺の肉体を日本で蘇生させてもらう約束だ』
『なるほど。なら、医者として朱鳥くんの命を救うためにも協力しないとだね』
ふむ。
彼の笑顔に、悪意はなさそうに思う。
俺はもう一つ尋ねることにした。
『結局、魔王には会えたのか?』
その問いに、稔は『ああ』とうなずく。
『魔王はどんなヤツなんだ?』
『それは……』
そして、稔は魔王について語り始めるのだった。
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