テーブルに突っ伏してしまったゴル。
ほとんど半泣きである。
正直、本気で哀れになってきた。
確かに彼に対してあまり良い感情は持っていない。
それこそ出会い頭に双子に対して大人げない対応をとられたわけで。
とはいえ、最初の時のことはフロルの毒舌にも問題があったのも事実だ。
何も知らないベテランレベル0ともいえる当時の彼からすれば、幼児連れで冒険者登録をしにやってきたなどと聞けば、ひとこと言ってやりたくなるのもわかる。
あくまでも、今思えばだが。
そして、バーツ達3人以上に、アレルやライトの天才性にたたきのめされたのもゴルなのだろう。
訓練を積んだ大人が、初めて木刀を持つ5歳児に剣術で負けたのだ。普通に考えればありえない。赤っ恥もいいところだ。
エンパレのギルドから逃げるように去ったのも無理はない。
1年ちょっとでレベル0からレベル2になったというのも、彼なりに努力した結果のはずだ。
少なくとも、冒険者としての夢を諦めずに王都にやってきて再起を図って、結果を出したのだろう。
そのタイミングでこれは、さすがに嘆くのも無理はない。
正直、ちょっと罪悪感すら覚えてしまう。
「いや、ゴルさん。そんなにがっかりしないで。俺なんてゴルさんと1対1で戦ったら絶対負けますよ」
これは本心。
おそらく間違いない。
魔法使い単独では戦士に勝てない。
少なくとも、正面対決では。
俺とゴルが戦えば思念モニターへ入力する前に、たたきのめされるだろう。
むろん、俺の付け焼き刃の剣術なんて役にも立たない。
「魔法使いにそう言われたって慰めにもならねーよ!」
まあ、そうかもしれないが。
そんなゴルにアレルがきょとん顔で尋ねる。
「ねえねえ、ゴルはなんで泣いているの?」
ガチでわかっていない顔だ。
俺とライトは困った顔をする。
ゴルが嘆く理由をアレルに説明するのは、そのままゴルにさらなる屈辱を与えることになりかねない。
さすがにそれは……
などと思っていたのだが、そんな気遣いをぶっ壊してくれたのが、毒舌幼女のフロルである。
「要するに、馬鹿にしていたお子様に何度も負けて再起不能になりかけているってことよ」
心底ゴルを馬鹿にした口調。
彼女は本当にゴルが嫌いらしい。
出会ったときのいきさつを考えればわからんでもないが。
「おい、フロル!」
さすがに俺も彼女を注意する。
いくらなんでも言い過ぎだ。
アレルは少し首をひねって。
それから。
「あのね、ゴル。アレルはね、勇者なんだって」
おい、アレル。
いきなりなに重大事項を暴露しているんだ!?
「だからね、ゴルがアレルに勝てなくてもしょうがないの。がっかりすることないよ」
アレルなりに励ましているのはわかるんだけどさ。
それはそれでトドメというか……
「勇者?」
さすがにその単語は聞き逃せなかったのか、ゴルが顔を上げる。
「うん。アレルは勇者なの」
「このガキ……正気か?」
ゴルだけでなく、他の冒険者達もアレルに注目し始める。
まずいな、これ。
ダルネスも言っていた、
勇者のことは誰彼言うなと。
アレルやフロルの身の安全のためというのもあるが、なにより勇者の生誕はそれすなわち魔王の生誕も意味する。
王都は半日前にモンスターに襲われたばかり。
未だ、不安が根強く残っている状況下で、これ以上の混乱は避けるべきだ。
「はははっ、アレル何を言っているんだ」
俺はアレルを抱きかかえる。
「えー、でもアレルは……」
言いつのろうとするアレルに俺はささやく。
「勇者のことは秘密って何度も言っただろ」
「うぅ」
アレルはようやくそのことを思い出したのか、押し黙る。
ゴルはジト目で俺に尋ねる。
「勇者ってどういうことだよ」
「ほら、あれですよ。男の子はみんな勇者に憧れるでしょ。アレルも同じです」
ゴルは周囲を見回す。
そして納得したように俺に言った。
「……なるほどな、俺も子どもの頃はそういう時期があったよ」
なんとか納得してくれた……かな?
だが、ゴルは立ち上がると俺とアレルの耳元でささやく。
「この場では勇者のことは聞かなかったことにしてやる。後で詳しく話せ」
あ、やっぱりごまかせてないか。
そりゃそうだよな。
なにしろ、ゴルはこの世界で最初に勇者の力を喰らった人間といえるもんな。
他の冒険者達の目もある。
ここはうなずくしかないだろう。
「わかりました」
俺も小さく言った。
それからゴルは言う。
「俺はフクロウ亭って宿に泊まっている。お前らもそこに泊まるといい。主人が元冒険者ってこともあって、冒険者カードがあればかなりまけてくれるからな」
「そりゃどうも」
宿でしっかり話を聞かせろよと、ゴルの目が言っていた。
こりゃあ、どこまで話してどこからごまかすか考えないとなぁ。
そんなことを思っていると、たまりかねたようにソフィネが声を出した。
「あのさぁ」
「何?」
「その人、だれ?」
その問いに、俺とライトとフロルとアレルが同時に間抜けな声を上げた。
『あ』
そういや、ソフィネとゴルって初対面だったっけ。
「エンパレの街で知り合った冒険者だよ」
俺はかなりざっくりとした説明をしておく。
詳しい話をしようにも、俺もゴルの身の上なんて知らないし。
「ふーん」
元々、あまり興味もなかったのか、ソフィネはそれ以上尋ねてはこなかった。
などとやっていると。
「失礼します」
ギルドの入り口が開き、兵士が入ってきた。
この制服は……城で見たな。
衛兵ではなく近衛兵の制服だったはず。
「ショート・アカドリ様はおられますでしょうか?」
「俺ですけど?」
「よかった。急ぎ登城していただきたい」
「は?」
登城してほしいも何も、さっきまで国王に謁見して、ようやくギルドにやってきたところなのだが。
「どういう要件ですか?」
「申し訳ありません。ここでの説明は許可されていません。私はただそう伝えることしかできません」
むちゃくちゃな要求だな、おい。
「それは国王陛下からの正式な招集と考えて良いんですね?」
「はい。その通りです」
となると、逆らうこともできないか。
「登城は俺だけ? それともパーティ全員で?」
「……全員でお願いしたいとのことです」
ふむ。
しかたないか。
「わかりました。これから向かいます」
なぜ、再び城に呼び出されたのか。
俺たちがそれを知ったとき、この世界の未来を決める決断がなされることになるとは、そのときの俺はまだ知らなかった。
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