『魔王はどんなヤツなんだ?』
そう問うた俺に、稔は少し悩んでから答えた。
『まあ、普通の子かな?』
『普通の子……ね』
『レルスか、あるいはシルシルとかいう神様から聞いているかもだけど、魔王も双子だよ。
女の子の方は天才的な剣士、男の子の方は魔物の力を活性化させる力を持っているみたいだね』
それは『普通の子』なのか?
俺の疑問を見て取ったのか、稔が言う。
『もちろん、能力は普通じゃないよ。でも、心とか、感情とか、そういうのは6歳相応だったと思う。かわいい幼児としか思えなかったかな。
正直、魔王なんていう呼ばれ方をしているからもっと怖いのかなとおもったけど、拍子抜けしたくらいだよ』
『そこらへんは、アレルやフロルと同じってことか』
そう、俺は思ったのだが。
『え!?』
『なにか?』
『いや、勇者の2人は普通の幼児には見えないんだけど……』
そうかな?
アレルもフロルもお子様だと思うんだが。
『女の子……フロルちゃんはどうみても大人顔負けだし、アレルくんのさっきの王女様への啖呵も幼児のそれじゃないだろ』
そういわれれば、それはそうなんだが。
『それでも、あの2人は普通の子供だよ』
俺はそう断言した。
あの2人は普通の子供だ。
やさしい子達だ。
だが、稔は眉をしかめる。
『それは、朱鳥くんがそう思い込みたいだけじゃなくて?』
『なんだと?』
『少なくとも、僕は魔王よりも勇者の方が怖いと思ったよ。アレルくんの死生感は6歳児のそれじゃないし、フロルちゃんの頭の良さも油断したら簡単に足下をすくわれると感じる』
……反論できなかった。
2人の保護者として、仲間として、俺はアレルとフロルを信じている。
だが。
思い出してしまう。
アブランティアを残酷に殺そうとしたアレルの姿。
国王やラクラレンスと対等にやりあうフロルの姿。
確かに第三者から見れば、6歳児としては異常なのかもしれない。
2人を普通の子供だと俺が思っているのは、『そう思いたいから』なのかもしれない。
だが。
それでも。
『俺は勇者達を信じているから』
そう言った俺に、稔はなるほどとうなずく。
『朱鳥くんの考え方は分かったよ。僕もそれを尊重しよう。
ただし……』
稔は付け足す。
『根本的なことだけは忘れない方がいい』
『なんのことだ?』
『ゲームマスターはこの世界の戦乱を望んでいる。そして、勇者も魔王も、あるいはこの世界のすべての人々も、そのためにゲームマスターが配置したコマだ』
『それがどうした?』
『ある意味で、すべての人々はゲームマスターの操り人形だということだよ』
その言葉に、俺はカッとなる。
『それは違う! この世界のみんなは自分の意思で動いている!』
アレル達がただの操り人形だなんて、それだけは認められない。
『おちついて。だから『ある意味で』って言っただろう?
僕だって、その意見には賛成さ。でも、この世界の歴史も、記録も、記憶も、すべてはゲームマスターの創作なんだ。
勇者や魔王のスキルや魔法もそうだとするならば、勇者の胆力や魔王の優しさもまた同じ……そういう考え方もあるってことだ』
にわかにはうなずけない言葉。
だが、否定もできない。
たとえば、ソフィネの性格の根本には、父親と共に旅をした記憶がある。その経験がああいうムードメーカー的なキャラを作っているのだ。
だが、その記憶の大半がゲームマスターによる偽物だとするならば、ソフィネの性格もまた、ゲームマスターに作られたと言えなくもない。
『だが、勇者と魔王には偽の記憶は無いだろ?』
なにしろ、彼らの生誕日がこの世界ができた日なのだから。
それ以前の記憶など、勇者や魔王にあるわけもない。
『もちろんその通りだ。だが、勇者や魔王が置かれた状況そのものは、ゲームマスターが作り出したとも言える』
たしかに。
アレルやフロルが奴隷になったのは、ゲームマスターの意思が働いていたかもしれない。
『だからこそ、殺された神様も、シルシルとかいう神様も、僕や朱鳥くんという異分子をこの世界に送り込んだ。
ゲームマスターの作り上げたシナリオを破壊するバグとするためにね』
稔の言葉は理解できる。
今の状況を冷静に考えれば、確かにその通りかもしれない。
それでも。
俺の感情のどこかが激しく否定したがっている。
理屈とは別の部分で、受け入れがたい気持ちが先走ってしまうのだ。
『俺は……この世界のことはこの世界の人々が決めるべきだと信じている。俺にできるのは、少しでもよくなるようにする手助けくらいだとも』
『それはもちろんその通り。僕だってゲームマスターに成り代わってこの世界の運命を変えようなんて大それたことは思っていないよ』
ふむ。
『ただね。僕や朱鳥くんにしか警戒できないことがある』
『なんだ?』
『今後、ゲームマスターが何らかの介入をしてくる可能性だよ』
『なんだと!? そんなことができるのか?』
『わからない。が可能性は否定できない。だからこそ、飛鳥くんに頼みがある』
『頼み?』
『シルシルという神と面会させてくれ。君はシルシルと会話できるはずだ』
『なぜそれをしっている!?』
『王都に入ってからの君の行動は監視している。教会になんどか通って、礼拝堂に行く度に悩んだ顔をしていた。
日本人の君がこの世界の教会に足蹴く通うとしたら、神様と交信でもしているのかなと思ったんだよ。どうやら図星のようだね』
簡単な誘導尋問に引っかかったらしい。
元々隠すことでもないからいいけど。
『わかった、シルシルに聞いてみよう』
俺はうなずいたのだった。
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